2015/01/27
防災・危機管理ニュース
国際政治学者 和田 大樹
2015年1月早々、フランスの新聞社シャルリーエブドがアルジェリア系移民の集団に襲撃され、多くの無実の人々が犠牲となってしまった。その事件の実行犯の兄弟は、以前にイエメンにあるアルカイダの拠点で軍事訓練を受け、アルカイダなどの国際テロ集団との関わりが指摘されている。そしてその事件直後にテロには屈しないとする国際社会の強い団結が示される中、今度は日本人2名がイスラム国(IS)に人質として獲られ、殺害予告を受ける事件が発生し、日本中を震撼させた。
この事件では“なぜISへの空爆に参加しない日本”、“日本との間に直接的な歴史対立がなく、これまで中東諸国と良好な関係にある日本”がなぜ標的となるのかといった議論が少なからずある。しかし日本人がイスラム系テロリストの標的になったのは、何も今回が初めてなことではない。下記のとおり、日本とイスラム過激派との歴史を振り返れば、日本人が標的とされた(もしくは巻き込まれた)事件は多くあり、欧米と違い日本はイスラム系テロリストの標的になることはないとする意識を持つことが危険なのである。
今日の国際情勢では、ISのようなイスラム系テロリストもグローバル化の影響で多大なる情報を入手しており、“日本は米国の同盟国であり、我々の世界から石油を奪取する者”と判断されることもある。下記図1から図3(筆者作成)はその歴史について表にしたものである。
図1:日本とアルカイダ系組織との関わり
1987年 | 後のアルカイダNo.3ハリド・シェイク・モハメドが静岡県などに3か月間滞在 |
1994年12月 | マニラ発成田行のフィリピン航空434便が沖縄の南大東島付近上空で爆発し、那覇空港へ緊急着陸、日本人男性1名が死亡。実行者はアルカイダのラムジュ・ユセフ |
2003年~2004年 | アルカイダとの関わりがあるアルジェリア系フランス人リオネル・デュモンが偽造パスポートで4回入国し、計9か月間日本に滞在 |
2003年10月 | アルカイダ幹部を名乗る人物が、インターネット上で日本も攻撃の対象になるとする声明を発表 |
2004年3月 | スペインマドリッド列車爆破テロ後、イギリスのアラビア語紙に届いたアルカイダの犯行声明の中で、欧米と共に日本が名指しされていた |
2008年4月 | 当時アルカイダのNo.2であったザワヒリが、“米国の同盟国である日本も攻撃対象”であるとする声明を発表 |
図2:9.11同時多発テロ以降発生した代表的な国際テロ事件
2002年10月 | バリ島爆破テロ事件 |
2003年 | ジャカルタ米国系ホテル爆破テロ |
2003年 | イスタンブール連続爆破テロ |
2004年3月 | マドリッド列車爆破テロ事件 |
2004年 | ベスラン学校占拠人質テロ事件 |
2005年7月 | ロンドン同時多発テロ事件 |
2005年 | アンマン米国系ホテル爆破テロ |
2007年 | アルジェ国連事務所爆破テロ |
2008年11月 | ムンバイ同時多発テロ |
2009年 | ジャカルタ米国系ホテル爆破テロ |
2010年7月 | カンパラ同時多発テロ |
2011年1月 | モスクワ国際空港爆破テロ |
2013年1月 | アルジェリア・イナメナス襲撃事件 |
2013年4月 | ボストンマラソン爆破テロ事件 |
2013年9月 | ナイロビショッピングモール襲撃事件 |
図3:日本人が死傷したテロ事件
1997年11月 | ルクソール事件(邦人 10名死亡) |
1998年8月 | 在ケニア・在タンザニア両米国大使館爆破事件(邦人1名負傷) |
2001年9月 | 米国同時多発テロ事件(邦人 24名死亡) |
2002年10月 | バリ島爆破テロ事件(邦人2名死亡 13人負傷) |
2003年11月 | イラク外交官射殺事件(邦人 2名死亡) |
2004年10月 | イラク日本人青年殺人事件(邦人1名死亡) |
2005年7月 | ロンドン地下鉄同時多発テロ事件(邦人1名負傷) |
2005年10月 | バリ島同時爆破テロ事件(邦人1人死亡) |
2008年11月 | ムンバイ同時多発テロ事件(邦人1名死亡 1人負傷) |
2013年1月 | アルジェリア・イナメナス襲撃事件(邦人10名死亡) |
簡単ではあるが、図1~図3を観ただけでも、日本がイスラム系テロリストの標的となる場合があることが分かる。単に巻き込まれた事案が多いのも事実ではあるが、イスラム系テロリスト集団も、“いつ自分が警察に捕まるか、殺されるか分からない”という非常に緊張感を持った中でいる以上、“日本人だからやめておこう”などと冷静に判断できるものか。
そしていくら日本が歴史的にも、宗教的にも欧米国家ではないとしても、彼らは昨今の国際情勢、国際政治を独自に解釈し、“日本は米国の同盟国であり欧米の手先である”と判断することもよくある。私たち日本は確かに中東諸国との独自の外交を展開し、良好な関係を築いてきた。それは日本人として誇るべきことであり、今後も最大限発展させていかなければならない。しかしこのような事件にあっては、相手もイスラム初期のカリフ国家の復興を目指す(サラフィージハーディスト)集団である以上、欧米の政治的価値観や経済体制を取り入れ、非常に世俗化が進んでいる現在日本が、彼らを十分に理解し、人質事件の際にうまく交渉が出来るとは考えにくい。
当然のことではあるが、一般のムスリムの方々も彼らのやり方を非難しており、そのような難しい考えを持つ集団の標的に日本人もなることがあることを、我々は今後も強く頭に入れておく必要がある。
和田大樹
(わだ・だいじゅ)
1982年4月生まれ。専門は国際政治学、国際安全保障論、国際テロリズム、中東・アフリカの安全保障など。清和大学と岐阜女子大学でそれぞれ講師や研究員を務める一方、東京財団やオオコシセキュリティコンサルタンツで研究、アドバイス業務に従事。2014年5月に主任研究員を務める日本安全保障・危機管理学会から奨励賞を受賞。“The Counter Terrorist Magazine”(SSI, 米フロリダ)や “Counter Terrorist Trends and Analysis”(ICPVTR,シンガポール)などの国際学術ジャーナルをはじめ、学会誌や専門誌などに論文を多数発表、また行政機関、大手メディアへのアドバイス、コメントも行う。所属学会は日本防衛学会、日本国際政治学会、国際安全保障学会、防衛法学会など。学歴 慶応義塾大学大学院博士後期課程。
- keyword
- 海外リスク
防災・危機管理ニュースの他の記事
おすすめ記事
-
-
リスク対策.com編集長が斬る!【2024年4月16日配信アーカイブ】
【4月16日配信で取り上げた話題】今週の注目ニュースざっとタイトル振り返り/特集:熊本地震におけるBCP
2024/04/16
-
調達先の分散化で製造停止を回避
2018年の西日本豪雨で甚大な被害を受けた岡山県倉敷市真備町。オフィス家具を製造するホリグチは真備町内でも高台に立地するため、工場と事務所は無事だった。しかし通信と物流がストップ。事業を続けるため工夫を重ねた。その後、被災経験から保険を見直し、調達先も分散化。おかげで2023年5月には調達先で事故が起き仕入れがストップするも、代替先からの仕入れで解決した。
2024/04/16
-
工場が吹き飛ぶ爆発被害からの再起動
2018年の西日本豪雨で隣接するアルミ工場が爆発し、施設の一部が吹き飛ぶなど壊滅的な被害を受けた川上鉄工所。新たな設備の調達に苦労するも、8カ月後に工場の再稼働を果たす。その後、BCPの策定に取り組んだ。事業継続で最大の障害は金属の加温設備。浸水したら工場はストップする。同社は対策に動き出している。
2024/04/15
-
動きやすい対策本部のディテールを随所に
1971年にから、、50年以上にわたり首都圏の流通を支えてきた東京流通センター。物流の要としての機能だけではなく、オフィスビルやイベントホールも備える。2017年、2023年には免震装置を導入した最新の物流ビルを竣工。同社は防災対策だけではなく、BCMにも力を入れている。
2024/04/12
-
民間企業の強みを発揮し3日でアプリ開発
1月7日、SAPジャパンに能登半島地震の災害支援の依頼が届いた。石川県庁が避難所の状況を把握するため、最前線で活動していた自衛隊やDMAT(災害派遣医療チーム)の持つ避難所データを統合する依頼だった。状況が切迫するなか、同社は3日でアプリケーションを開発した。
2024/04/11
-
-
組織ごとにバラバラなフォーマットを統一
1月3日、サイボウズの災害支援チームリーダーである柴田哲史氏のもとに、内閣府特命担当の自見英子大臣から連絡が入った。能登半島地震で被害を受けた石川県庁へのIT支援要請だった。同社は自衛隊が集めた孤立集落や避難所の情報を集約・整理し、効率的な物資輸送をサポートするシステムを提供。避難者を支援する介護支援者の管理にも力を貸した。
2024/04/10
-
リスク対策.com編集長が斬る!【2024年4月9日配信アーカイブ】
【4月9日配信で取り上げた話題】今週の注目ニュースざっとタイトル振り返り/特集:安全配慮義務
2024/04/09
-
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方