(出所)C.S.Holling / Resilience and Stability of Ecological System

本連載ではこれまでに、レジリエンスに関する先行研究などに関する系統的な文献レビューの結果をいくつか紹介したが、これらを含めてレジリエンスの概念に関する多くの論文を読み漁る中で、多くの研究者から頻繁に参照されている論文がいくつかあることに気付いた。今回はその中の一つを紹介したいと思う。

1973年に「Annual Review of Ecology and Systematics」に掲載された論文「Resilience and Stability of Ecological System」(以下「本論文」と略記)は、生態学にレジリエンスの概念を導入した論文として知られている。生態学とは大雑把に言えば生物と環境との間の相互作用を扱う学問であるが、Hollingはそれまで平衡状態と安定性によって説明されてきたことに対する疑問から、レジリエンスの概念を導入したという。

例えばある環境に生物Xとその天敵Yが生息しているとする。XはYに捕食されることで個体数が減るが、減りすぎるとYの食料が不足するためYの個体数が減る。すると天敵が減ることによって今度はXの個体数が再び増えてくる、というような変遷をたどることが考えられる。その様子を模式的に表したのが本稿のトップに掲載した図である(「POPULATION」は個体数を意味する)。

Xの個体数が減ってからYの個体数が減るまでの間には若干の遅れがあるため、XとYとが交互に増減する波型になると考えられるが、上図では増減のサイクルを繰り返しながら一定の平衡状態に向かって収束していく様子が描かれている。この場合、XとYとの交点を左側の面にプロットするとその軌跡は渦巻状に回りながら中心点に向かっていくような軌跡を描く。

しかしながら実際の生態系では、必ずしも上図のように平衡状態に向かうとは限らない。図1は平衡状態にならない可能性を含めて、図の左側の面にどのような軌跡が現れうるか例示されたものである。これらのうちBは最も安定した状態であり、一定の範囲で増減を繰り返しながら平衡状態が続く様子を表している。

図1. 相互に関係のある生物の間での個体数の変遷の例(出所)C.S.Holling / Resilience and Stability of Ecological System

本論文ではこのようなモデルを示した上で、アメリカの五大湖において排水の影響でプランクトンや珪藻などの生態系が変化した例や、マスが乱獲によって絶滅寸前になった例や、カナダの森林での毛虫(spruce budworm)の異常発生など、実際の生態系における例をいくつか示し、外部から何らかの外乱(本論文では perturbation と表現されている)によって生態系がどのように変化したかが説明されている。

そして論文の後半では、生態系には安定性(stability)とレジリエンスという二種類の特性があることが示されている。安定性とは一時的な外乱を受けた後に平衡状態に戻る力のことであるが、これに対してレジリエンスは、変化や外乱を緩和し、個体数や状況を維持する粘り強さ(persistence)の尺度であるとされている。

また、安定した状況ではレジリエンスが低くなることがあり、逆に安定性が低い状況ではレジリエンスが高くなることがある、ということが示されている。例えば(大雑把に言うと)湖の環境は安定していたが人間の乱獲という外乱に対してはレジリエントではなかったということで、生態系で起こっていることを理解するには、安定性とレジリエンスを区別することが重要であると本論文では説かれている。

今回は生態学のレジリエンスに関する論文を紹介させていただいたが、安定した状況ではレジリエンスが低くなるというのは生態学に限らず見られる現象であるように思う。人間の組織に関しても、ある程度不安定な環境に置かれているために突発事象に対する対応力が高くなったという例があるし、安定的な環境に慣れていると不測の事態に対応できないという事も容易に考えられることである。もしかしたら生態学に興味の幅を広げていくことで、組織のレジリエンスに繋がる意外な学びが得られるかもしれない。

■ 本論文の入手先(PDF24ページ/約0.5MB)
https://www.jstor.org/stable/2096802

(了)