まずは参加することが第一歩。多世代が取り組む訓練で絆を深めます (画像提供:山本和子さん)

東京都23区内の各自治体は、災害への対策に対して各地域に即した体制で過去の経験を活かしながら取り組まれています。地形、災害経験などハード・ソフト面の特性は一つとして同じ地域はありません。それぞれの地域で予測されていること、予防計画、また、今後の取り組みなど現在の状況を各行政区の方々、地域で防災に関する活動をされている方々に伺い、お伝えしていきます。ご自身が住んでいるまちのことはもちろん隣町や連携する可能性があるまちのことを改めて知っていただける機会となるよう取材を続けていきます。

文京区は、人口22万9人(2018年9月1日現在)、大学などの教育機関や医療機関が数多くあるとともに、地下鉄網等も整備されている大変利便性が高いまち。また、江戸の文化を偲ばせる下町風情が残っている一方で、多くの方が賑わうレジャー施設があるなど、様々なまちの表情と落ち着いた雰囲気を併せ持つ住み心地の良いまちです。しかし、木造住宅の密集地も存在し、防災面における課題も挙がっています。約15年前の神田川氾濫以来、大きな水害被害の経験をしておらず、危機感醸成の必要性も高まっています。

このような文京区で活発に町会で防災に取り組んでいる表町(おもてまち)町会。どんな活動をされているのか、文房具店を営みながら、副会長を務められている山本和子さんにお話をお伺いしました。

日頃から活発な町会活動

2011年3月11日、次の日の防災訓練のための会議が行われる予定でした。そして12日は、年に2回行われている防災訓練の日。役員で協議し、会議と訓練は予定通り行うことが決定されました。次の日の訓練には多くの人が集まり、改めて災害への備えについて意識を高めました。

「訓練への参加は、毎回120〜130名、少ない時で100名くらい。まだ本当に少ないので、もっと多くの人に参加してほしい。『まさかここでは起きないだろう』と、なかなか自分ごとになっていない。一度参加してみないと実感が湧かないのでは」と、住民への啓蒙活動を日々行っている山本さんは語ります。

訓練時、子どもも楽しく参加できるように手を動かす機会を創られています(画像提供:山本和子さん)

表町町会は1350世帯が加入。マンションが約10棟、戸建ても広がる住宅街で、避難所となる文京区立礫川(れきせん)小学校、文化祭が毎年開催される徳川家康の菩提寺・傳通院の山内のお寺である見樹院、真珠院が並んでいます。健康ウォーキングやバスハイクと日頃から町会活動が活発な地域。でも実は、どの行事も防災と強いつながりを持っています。

健康ウォーキングは「遠いところにいても自分たちのまちに歩いて帰って来られるように、健康な身体でいよう!」と毎月、6キロのコースを歩きます。バスハイクでは、ハイクで訪れる場所のクイズと共に、防災系のクイズを出題し、常に意識向上の要素を散りばめられています。

「クイズをするとき、まずはスマホを片付けてもらう。表町に特化した問題だから、スマホでもわからない。『避難所の標高は?』など、訓練に参加しないとわからない問題を散りばめている」(山本さん)。

バスハイククイズ

正解と思うアルファベット(A.B.C.)に〇をつけてください。

第1問
これから向かう山梨県甲斐市の市長さんのお名前はなんというでしょう。
A.保坂 武  B.前川 清  C.清水 明

第2問
今日の午後のお楽しみ、桑の実摘み。では、「桑の実」が出てくる童謡は?
A.カラスの子   B.夕焼け小焼け   C.ふるさと

第3問
甲斐市の特産物、ヤハタイモは、どんな種類の芋でしょう。
A.長芋  B.里芋   C.サツマイモ
(中略)
第6問
避難所である礫川小学校には、約1000人分の食糧を備蓄しています。何日分あるでしょうか。
A.1日分   B.3日分   C.5日分

第7問
5月28日(日)に礫川小学校で避難所訓練をやりました。参加者は何人だったでしょう。
A.100人   B.130人   C.170人

第8問
5月28日(日)の避難所訓練でやった訓練はどれでしょう。
A.初期消火   B.起震車体験   C.ジャッキアップ

第9問
文京区発行の水害ハザードマップによると、礫川小学校の標高は何メートル?
A.10.8m   B.20.5m   C.24.0m

第10問
文京区内に、区が割り当てた避難所は何か所あるでしょうか。
A.7か所   B.27か所   C.32か所

年に2回の防災訓練。毎度、毎度工夫を凝らす

「2018年5月の訓練は、区が作成してくれている避難所運営キットを活用している。他人と一緒に日常を過ごすことになったときにどんな意識を持つのかを考えるため、初めて会った人たちにグループになってもらいながら進行する、ゲーム性のあるものにした。初めて会った人たちで心を合わせないといけないということがどういうことなのか、また、チームリーダーによっては全然テンポが違うことも短時間だったけど実感することができた」(山本さん)。体感してもらうことを大切にしながら、訓練を進められています。

また、体験だけではなく、展示品も。山本さんがご自宅でされている家族4名分の備蓄品を並べて、必要内容を提示します。

「水は、2リットル6本入りが30ケース、常に常備。賞味期限を見て、ローテーションするようにしている。最近、より大切にしているのは、排泄するもの。自分の家のものは自分たちで処分しようということを呼びかけている。猫砂や大人用紙おむつなどの備蓄を推奨したり、米袋も活用している。

米袋は、匂いも密閉されて、非常に使い勝手がいい。その袋に大人2名、3日分の排泄物と同じ重さのものを入れて、持ってもらう。どれだけ重たいか、そして、災害時は、回収も来られないので、その袋を自分たちで保管しておかないといけないということも伝えている」。

それでも、伝えることの難しさを実感することも多いといいます。

「『トイレなんて流せばいいのよね』と何も考えずに前を通る人はまだまだ多い。『結局は他人事。自分の家ではどうしよう。』って考えてほしい」と山本さんは話します。

山本さんたちは、10月には傳通院の近くの広場を使って、また違う訓練を計画中です。子どもに多く来てほしいと考えていることから、「防災ソンビ鬼ごっこ」を開催する予定。子どもたちは怖くなると立ちすくんで逃げることができなくなってしまう。そうならないような訓練だという。「子どもが参加することでお父さん、お母さんの参加も促せるようにしたい」と次の計画を話してくれました。今回の訓練の大きな目的は、参加人員を増やしながら継続参加率を高めていくこと。町会の皆さんは、きかっけづくりへの労力を惜しまず、より多くの方への防災への関心を高める努力を続けてられています。

きっかけは東日本大震災

10年前から町会に関わり、当初から防災意識が高かった現会長の森田晴輝さんと一緒に「3日分は備蓄しよう!」と呼びかけをされていた山本さん。

「東日本大震災が発生するまでは、正直そこまで考えていなかった。でもその後、東北への復興支援に関わるようになり、宮城の気仙沼に通うようになった。そこから意識は変わった」(山本さん)。

2011年4月、被災者のために奮闘する気仙沼信用金庫を報道で知り、「自分にも何かできないか」と直接電話。スクールバスの運行費用が必要だとわかり、知人に呼びかけられました。今では、国内外から約2000万円が集められ、現在も継続して募金活動をされています。この活動をきっかけに、被災の状況も知り、自分たちのまちでも備えなければならないと地域での防災活動もより活発に行われるようになりました。

また、町会員に向けて月に1回発行する『毎月ニュース』では、防災に関する情報を入れています。町会みんなが目を通す媒体のため、町で子どもが誕生したら、皆さん知らせてくれるそうです。

「お子さんをニュースに掲載するときに、メールアドレスをママたちと交換しておくことで、繋がりができていく。ほかにも約23年前に立ち上がった『礫川おやじの会』の活動が今でも活発で、防災部の副部長に2名、おやじの会から出てきてくれている。ここの方々の防災意識が非常に高く、刺激になる。会の人たちには一斉メールが送付できるようになっている」と多世代と積極的につながりを持ち、協力の輪を広げている山本さんの行動力は本当にパワフル。次世代をも巻き込んでいくコツも見習いたい要素がたくさんありますね。

訓練実施後の報告や備えの啓蒙など、防災の情報も発信される『毎月ニュース』。PDFはこちらからご覧になれます。(資料提供:山本和子さん)

「ハブになってきた」とご自身の町でのポジションを冷静に語る山本さん。「ご高齢者の方も若いママも小学生もここに寄ってくれて、みんな挨拶をしてくれる。そして知り合いになった人同士がつながっていって、どんどん広がっていく。たくさんの仲間ができた」と語る山本さんのお店には、訪問客と電話がひっきりなし。取材中も電話が鳴り響いていました。

「町の中で仲間ができて、みんなで計画した企画などが実現化していくと楽しくて仕方がない」と町と関わり、関係性を築いていくことにすごく前向きに取り組まれている山本さん。地域活動を継続するポイントがこの「楽しんで進める」というところに詰まっていると感じました。

関わらざるを得ない町会に…

山本さんに今後の展望をお伺いすると出てきた言葉が、「関わらざるを得ない町会」。誰かが運営している町会ではなく、住民一人ひとりが町会の一員だと思えるように、多くの方の意識を変えられればなと思っています。「自分が動くことによって町会が変わるんだ!」と住民の方みんなで一緒に創り上げていく町会を描かれています。山本さんは「一度参加してみたら、考えが変わる。まずは参加するハードルを工夫して下げないといけない」としています。日常での「どうも!」「こんにちは!」が、災害時の「大丈夫かな?」に繋がり、助け合いが生まれることを実感しました。

住民一人ひとりの参加で創られる町会を目指して、楽しみながら奮闘する山本さん。

行政がつくったキットでも、使うのは住民。実際に活用することで改善点が見つかり、より実践的に備えるためには、計画を作る側、実践する側の日頃からの会話が大切だと感じました。訓練のときだけでなく、日常でやり取りを続けることで信頼関係が築かれていく、日々の地道な積み重ねなのだなと山本さんの心強い言葉からパワーをいただきました。

活動を継続することに少し疲れてしまった時、山本さんがおっしゃった「楽しむこと」を考えるようにちょっと意識を変化させるのも一つの手かもしれません。

(了)