帰宅困難者対策条例に高い関心

企業担当者ら200人参加

本誌リスク対策.comは4月12日、「帰宅困難者対策」をテーマに都内でセミナーを開催した。東京都総合防災部課長の萩原功夫氏、丸の内総合法律事務所弁護士の中野明安氏、森ビル株式会社管理運営部長の佐野衆一氏の3人を講師に招き、都が4月から施行した東京都帰宅困難者対策条例の内容やねらい、法的な検討事項、先進的な取り組みなどを発表した。席の会場は満員となり、200帰宅困難者対策に対する企業の関心の高さがうかがえた。以下、全講演内容を紹介する。

帰宅困難者対策条例施行の背景

東京都総務局総合防災部事業調整担当課長


萩原功夫氏

92万人の行き場のない帰宅困難者が出る 
帰宅困難者対策は、東京都だけでなく千葉県、埼玉県、神奈川県、茨城県を含む首都圏全体での取り組みです。東京都は、関係省庁や上記の自治体、経済団体や交通機関等で構成する「首都直下地震帰宅困難者等対策協議会」において内閣府と共同で事務局を務め、年間の議論を経て平1成24年9月に最終報告を取りまとめました。 また、協議会の中間報告の内容に沿って、平成24年3月に「東京都帰宅困難者対策条例」を制定しました。 

つまり、条例の内容については、法制化しているのは都だけですが、首都圏全体で合意している内容ということです。 帰宅困難者問題が顕在化したのは東日本大震災においてですが、東日本大震災当日、首都圏では515万人、都内では352万人の帰宅困難者が発生しました。東京は、夜間人口1300万人に加え、平日の昼間は、千葉県、埼玉県、神奈川県など近隣県から毎日約300万人程度が都内に流入しており、首都直下地震等の大規模災害が発生した際には、多くの帰宅困難者の発生が見込まれます。 

昨年都が発表した首都直下地震の被害想定では、平日の時間帯に都内において発生する帰宅困難者は約517万人と想定しています。このうち、職場や学校など都内での滞在場所が無い帰宅困難者は、92万人と見込んでおり、約こうした人たちを受け入れる一時滞在施設の確保が急務となっています。加えて、建物の倒壊などにより、自力脱出困難となる人たちがおよそ5万6000人、避難所等に押しよせる避難者が338万人発生します。さらに、ゆれ液状化などによる建物全壊が11万棟、火災による被害は最大20万棟に及びます。

こうした被害想定数は、企業や行政が、何ら対策を講じなかった場合であり、東日本大震災以降の取り組みが徐々に広がり始めた現在とは、状況がやや異なるかもしれません。しかし、依然、何ら対策を講じていない企業が存在することも事実です。

一斉帰宅の抑制 
帰宅困難者対策における重要なポイントは、「安全な場所からむやみに移動しない」ことです。首都直下地震発生時、無理に歩いて帰ろうとすると、余震によりガラスや看板が落ちてくることで二次被害に遭う可能性があるため、安全な場所からむやみに移動するのは危険です。また、地震発生から72時間は警察・消防・自衛隊が救命救助活動に全力を挙げますが、徒歩帰宅者が車道に溢れ出ることは各車両のスムーズな移動を阻害し、救命・救助活動に支障を来します。動かないことが逆に支援に繋がる場合もあるということです。 

前述の通り、首都直下地震発生時に約517万人の帰宅困難者の発生が想定されていますが、企業の従業員や学校の生徒が安全な場所に待機すれば、その数は約92万人に減ります。まずは「安全な場所からむやみに移動しない」という一斉帰宅の抑制が社会全体で行われることが帰宅困難者対策において重要です。

一時滞在施設としての受け入れ対応 
待機できる安全な場所のない、行き場のない帰宅困難者については、一時滞在施設で受け入れます。都では今年4月1日に都の施設200施設、7万人分の一時滞在施設を確保しました。今後は民間施設の協力も求めながらさらに施設を拡充していく予定です。 

一時滞在施設の基準については、東日本大震災での教訓を生かし、昭和56年(1981年)の新耐震基準を満たしていることに加え、天井の落下や壁の崩壊などに対策を施すなど、一時滞在者が3日間安全に滞在できるよう、国の施設基準等を参考に「施設の安全点検のためのチェックリスト」を作成しました。また、ハード対策だけでなく、実際にスムーズな帰宅困難者への対応の実現を目的に、都庁や東京国際フォーラムなどの高層ビルや大規模施設で数千人規模の帰宅困難者の受け入れ訓練を、平成24年2月3日に1万2000人の参加者のもと実施しました。 

企業で帰宅困難者を受け入れていただく際に、企業の方の多くが特に気にされるのは一時滞在施設における事故等が発生した場合の免責に関してだと思います。帰宅困難者の方々が施設に立ち入る際に、共助の視点から好意で受け入れても、施設内の壁が崩れてきたり、調度品が倒れてきたなどといった際に、怪我をして訴えられないかといった心配事もあるかと思います。このような問題では法や制度を見直さなければならない部分がありますので、都は国に対し制度の見直しを要望しています。

帰宅困難者対策とは外出者対策でもある 
多くの事業者の方が気にされるもう1つの点が備蓄の問題かと思います。東京都帰宅困難者対策条例では、備蓄の目安として1人あたり水1日3ℓ、3日で計9ℓと示しています。この量は過剰なのではないかと感じられる方もいるかもしれません。しかし、大規模災害発生後、各企業が業務を立て直すためにはじっとしているわけにもいきません。こうしたことから、総務省消防庁の基準を準用し目安を示しましたが、例えば、体重が1kg当たり1日に必要な水の摂取量は50ccと試算するデータもあり、そこから成人の平均が60kgであると仮定すると、実際は3ℓ程度が適量だということになります。

次に、一斉帰宅の抑制についてです。健常者は10km程度歩くことができますが、東日本大震災当日の都内の状況を振り返りますと、街灯やビルの明かりがついていましたが、首都直下地震などの際には必ずしも明るい状況の中で帰れるとは限りません。電気の復旧には、最長7日間かかるとも言われます。さらに、水道とガスは最長で60日の日時を要することもあります。こうした最悪の状況を念頭に置き、家を出た瞬間から「救命救助活動に必要な発災から3日間は家に帰れず職場に留まる可能性がある」と準備をすることが必要です。 

災害時に会社から帰りたいと本気で考えるなら、日頃から安全靴、ゴーグル、ヘルメット、手袋、防護服まで常に持ち歩くということになりますが、実際そんなことまではできないと思います。そうしたことから、やはり安全な場所にいるならばむやみに移動を開始しないということが重要です。 

3日間前後、職場や学校、一時滞在施設に留まった後、多くの方は歩いて帰ることになります。一方で、徒歩による帰宅が難しい、いわゆる災害時要援護者の方は、高齢者、障がい者、妊婦の方など人口の15%と仮定しても相当な人数になります。こうした方に対しては、バスやタクシー、船舶等を活用して搬送することも今後、国や近隣自治体と連携し検討していきます。

都が発信する災害時の支援情報提供 
東京都では携帯電話やスマートフォンでも利用できる災害時伝言板や災害時伝言ダイヤルに加え、都の帰宅困難者ポータルサイトや防災TwitterといったSNSも活用して、防災情報を日頃から発信すると共に、大規模災害時は、被害状況や鉄道の運行情報なども提供していきたいと考えています。 都の帰宅困難者対策ポータルサイトでは、災害時に役立つ様々な情報を提供しています。災害時の避難所や拠点病院などが地図上で確認できます。また、首都圏で災害時にトイレや水道水の提供などで協力して頂ける店舗約2万カ所のうち、都内9000カ所が検索できます。 

ポータルサイトでは、防災に関する先駆的な取り組みを実施している企業の紹介もしています。より多くの取り組みをホームページで紹介していけば、社会全体の底上げを図ることに役立つと考えています。 

あわせて、首都直下地震帰宅困難者等対策協議会や都のホームページにおいて取り組み事例集を作成しようと考えています。「これくらいだったらうちの会社でもできる」、「この会社ではこんなところまでやっているのか」といったように、具体的な事例を共有していきたいということです。 

東京都総合防災部の防災Twitterは、4月12日現在で約3万人の方にフォローされています。このアカウント(@tokyo_bousai)をフォローしてくだされば、都の日頃の防災に関する取り組みなどが分かります。 

安否確認については、例えばJ-anpiという安否確認サイトもあります。名前か電話番号で安否確認ができるものです。もしご存じない方がいても避難所で名簿を集める際に、「このサイトにアップしてもいいですか。家族の方が確認できますよ」と同意を得て施設側で登録すれば、すぐ安否確認が可能となります。 

災害時には駅周辺の混乱防止のための情報も発信します。鉄道は一刻も早く復旧させなければならない部分ですので、駅の混乱は優先して防がなければならない課題です。 

最後に、東京都は一時滞在施設に対して、国と連携し備蓄品費用を補助する予定です。あわせて防災備蓄倉庫への固定資産税等の減免なども考えています。また発災時の損害賠償責任が事業者に及ばない制度設計を国に要求していくことなども行っていきます。首都直下地震帰宅困難者等対策協議会が作成した「事業所における帰宅困難者対策のガイドライン」がありますので、こちらも従業員に周知していってほしいと思います。


森ビルの震災対策

森ビル株式会社 管理運営部長


佐野衆一氏

災害時の組織体制づくり 
森ビルでは、東京都23区内で、震度5強以上の地震が発生すれば、震災対策本部をすぐに設置できる仕組みを整えています。会社のトップが「震災対策体制に移行せよ」と発令しなくても各々が能動的に事前に準備された非常時の対応をとれるよう規定を徹底しています。震災対策要綱という基本的な手順書に加え、レッドファイルと呼ぶ緊急時の手順書、グリーンファイルと呼ぶ平常時の手順書の2つに基づき、対応にあたります。 

震災対策組織は、フラットな組織体制です(図1)。本部の下は階層を省き、完全に横並びのため、本部と直接のやり取りができます。さらに部署ごとの災害時の役割分担が決まっています。 初動体制については、夜間休日の発災を計画のベースに置いています。社員の業務時間を1日8時間とすると、1日のおおよそ3分の2は社外にいることになります。休日も考慮すると、業務時間外に発災に遭遇する可能性がはるかに高いわけです。現に阪神・淡路大震災の時は平日の早朝5時、新潟中越地震も土曜日の夕方、東京湾北部千葉沖で震度5強が発生した時も日曜日と、業務時間外でした。 

当社は六本木ヒルズの近隣に社宅を設けまして、そこに住む150人から200人の社員に初動を指示してあります。さらに10km圏内に住んでいる社員を対策要員、それより外側に住んでいる社員を復旧要員と呼んで、役割を定めています。

情報通信・伝達システムについて 
当社の情報通信・伝達システムは様々な対策を用意しています。まず電話については、通常のNTTの専用回線に加え、衛星電話を確保しています。衛星電話はインマルサットという静止衛星を使用したものとイリジウムという移動衛星を使ったものの2種類です。さらに東日本大震災の際はPHSがつながりやすく、大変有効だった経験から、PHSも用意しています。バックアップの通信機能として重要な場所に配置しています。無線は、デジタル無線を導入しつつあるところです。無線については従来から輻輳するという問題がありますが、森ビルでは、輻輳しにくい独自のシステムを構築中ですので、ある程度利用できるようになるのではないかと思っています。 

次にインターネット上では、災害ポータルという情報収集システムを構築し、社内情報をリアルタイムで共有しています。また災害サポートWEBというものもあります。これは社外の一般の人たち向けに災害情報を発信するというシステムです。非常食の配布場所や、最寄り駅、たとえば六本木駅の状況などの情報がネット上で配信されます。 

六本木チャンネルというテレビ放送も行っています。ワンセグ・フルセグで災害情報を発信します。テレビの地デジ化が完了した時に整理された周波数が民間に開放されましたので、森ビルも応募しまして、テレビ事業者の免許を取得しました。ただ広域には放送できないので、六本木ヒルズのエリア内で、テレビ放送をしています。また六本木ヒルズ内にモニターを約300カ所、例えばエレベーター、通路上などに設置しています。平常時はイベント情報などを流していますが、緊急時には災害情報になります。

万全の対策を施し電源を確保 
次にBCPを意識したライフラインの確保についてです。主にハード的なものが中心になりますが六本木ヒルズの例では、重の安定性を持つ電源供給の仕組みを整えています。都市ガスと灯油による発電と、東京電力からの供給と、3種類のエネルギーの確保が可能です。通常は都市ガスによる発電ですべての電力を賄っています。

それから水です。発電のためには水が必要になるので、通常は上水を使いますが、上水が切れた場合は井戸水を利用します。これは飲料水にも使えます。さらに冷却塔に入れて、空調用にも活用します。井戸は森ビル全体で13カ所、行政の許可を得ながら設置しています。 

ヒルズ以外の大型ビルでも、従来の避難のための非常用自家発電ではなく、BCPに貢献できるよう、テナントのコンセントまで使える、あるいは空調も動かせる大型の発電機を導入しています。業務や生活への影響を最低限に抑え、ビル内に留まって頂けるように導入しました。これも灯油と、都市ガスの2つのエネルギーが使えます。  

都市ガスについては、産業用に使う中圧ガス管を引き込んでいます。これは災害にかなり強い。低圧ガス管を用いた家庭用の都市ガスは災害時にすぐ切れてしまいますが、例えば阪神・淡路大震災でも中圧ガス管からはガス供給できていました。東日本大震災では残念ながら切れてしまい、1カ月ほど復旧に時間を要したのですが、これは元のガスを供給するプラントが被災したためです。東京では中圧ガス管のネットワークがありますから、どこかのプラントが被災しても別のプラントから供給される体制ができています。また停電しても、ガスが生きていれば、電気が使えます。仮にガスも止まったとしても灯油での発電が可能です。そのため、灯油とガス両方の燃料が使える発電機を採用しています。 

ただ、せっかく電気が生きていても、空調が効かなくなり、防災センターと呼んでいるビルの心臓部のサーバーがダウンしてしまうと、帰宅困難者を受け入れるどころではなくなってしまいます。というのはサーバーの冷房に利用している冷水が止まるという可能性もゼロではないからです。そのため防災センターにはバックアップの空調を導入しました。さらに大型のビルにはエレベーターの制御室が複数あるので、そこにも同様の措置を施しました。またトイレにも非常用の電源を設置しています。冷水が止まるというのは意外に災害対策の盲点になっているかもしれません。

備蓄対策 
備蓄については、六本木ヒルズでは、帰宅困難者用に5000人の食料を3日分、約5万食備蓄をしています。このほかテナントや従業員、ホテルの宿泊客、マンションの居住者用の非常食を含めるとヒルズ全体で10万食、その他の森ビルが管理・運営するビルまで含めると全体で20万食以上になります。  

あわせて簡易トイレを12万枚ほど用意しています。六本木ヒルズの場合は独自の電源を備えているので、電気は生きていますし水の供給もある程度できるので、トイレは使えると想定していますが、万が一のことを考えています。 

それから毛布、紙おむつなどを用意しています。毛布は非常に場所をとるので、アルミのブランケットに切り替えました。8万枚あります。約折りたたんだ状態ではポケットティッシュとほぼ同じ大きさになりますから、携帯に便利で場所も取らず、なおかつコストも安い。そして最大の利点はそのまま差し上げられるということです。帰宅困難者の方は1つの一時滞在施設に3日間滞在しているのではなく入れ代わり立ち代わりになると予想していますので、もちろん原則としてあまり移動するべきではないのですが、その際は便利かと思います。 

他にも、基本的なことですが地元自治会との連携も必要不可欠だと考えています。震災対策の活動の根底にあるのはコミュニティとの連携、共助ですので、地域活動として普段から住民の方と清掃活動などを行っています。 

昨年、同社では企業様向けにアンケート調査を実施したところ、オフィスの移転動機として「耐震性能の優れたビルに移りたい」がトップになりました。これまでは賃料の安いところに移りたいというのが最も多い回答でしたが、今は耐震性が非常に重視されています。ifからwhenへ、目の前にある危機であると企業の方の意識が変化してきているのではないでしょうか。


帰宅困難者対策条例の法的課題と企業の努力義務

丸の内総合法律事務所弁護士


中野明安氏

企業に課される2つの義務 
帰宅困難者対策条例の施行により発生する、企業の法的義務や努力義務とはどのようなものでしょうか。多くの企業から「本当に対策しなければいけないか」「断ってもいいのか」と相談をいただきます。帰宅困難者対策条例と法律との関係ではまず、災害対策基本法7条があって、事業者の責務が定められています。その1項に「地方公共団体の区域内の公共的団体、防災上重要な施設の管理者その他法令の規定による防災に関する責務を有する者は、法令又は地域防災計画の定めるところにより、誠実にその責務を果たさなければならない」とあります。「法令」「地ではと域防災計画」とは、具体的に何を指すのでしょうか。

努力義務とは何か 
東京都の地域防災計画を見てみると、「努力を払わなければならない」「努めなければならない」とあります。これがいわゆる「努力義務」です。帰宅困難者対策条例もほぼ同じです。「努力するだけでいいのか。結局何もしなくていいのか」こんな声が聞かれますが、それは間違いです。 

まず判例を見ると、過去に争われた例があります。2007年の日本IBM事件の中で、裁判官が努力義務について述べています。要約すると「労働者の理解と協力を得るための措置がもし不履行で、会社分割の無効原因になることがあったとしても、それは努力を全く行わなかった場合と、実質的にこれに同視される場合に限られるべきであるので、会社(日本IBM)は労働者の理解と協力を得るよう努めたと評価できる」 

つまり日本IBMは違反ではなかったのですが、この判例から分かったことは、努力を全く行わなければ努力義務違反となって、会社分割の無効原因など法的に意味を有することもあり得る、ということです。「努力を怠っていると違反になって法的に不利益を被るかもしれない」ことは企業の方々には注意して頂く必要があります。

それだけではありません。おそらく企業の方は、今年4月までに今回の帰宅困難者対策条例について、消防計画の追加提出を求められていたと思います。そこで気を付けなければいけないのは、消防法です。消防法8条1項に、「防火管理者は消防計画の作成、その他防火管理上必要な業務を行わなければならない」と書いてあります。さらに同条4項には、消防計画が法令で求められた通りになっていなければ措置命令を出すともあります。そして第41条には、措置命令に違反した場合1年以下の懲役、または100万円以下の罰金と明文化されています。 

つまり、消防計画に帰宅困難者対策条例に沿って「従業員3日分の備蓄をします」「要援護者対策の備品を購入し対策します」と書いて提出した場合には、実践しなければ罰則を受けてしまう可能性がある、ということです。もちろん、直ちにこの措置命令がなされるわけではないと考えますが、念頭に置いて対応をすることが大切です。

従業員に留まってもらうことの法的留意点 
帰宅困難者問題において求められている事業者の責務の最大の特徴は、「公法上の義務」にあたる点です。公法上の義務の懈怠は、直ちに従業員や帰宅困難者から損害賠償を求められる、などということにはなりません。一方、帰宅困難者対策条例に基づく公法上の義務(すなわち努力義務)を履行しようとすると、企業と従業員・避難者の間では民法上の権利義務が発生します。例えば従業員の帰宅を3日間抑制しようとした際、帰宅しようとする従業員がいることも考えられます。その状況を考慮しながら公法上の義務を果たさなければならないのです。具体的にどのような法的留意点があるでしょうか。 

まずは一斉帰宅の抑制と従業員との関係です。「条例に沿った備蓄等の準備なしに従業員に帰宅抑制を指導できるか」と事業主の方から質問がありました。社内に留まれと言っても会社は備蓄等を準備してないじゃないか、と従業員から反発があることを心配しているわけです。 

法的には備蓄が進んでいなくても、従業員の帰宅を抑制するよう努力をする必要があります。企業が備蓄をすること、帰宅の抑制について従業員を指導することがそれぞれ「努力義務」として掲げられているからです。この場合、備蓄に関しては、会社が備蓄できるまで(あるいは会社備蓄と共に)従業員の方それぞれでも準備をしておいてほしいと事前に説明しておかなければならないと思います。

次に一斉帰宅抑制の指導にもかかわらず従業員が自ら帰宅することを選ぶケースです。企業はどのように対応しなければならないでしょうか。 

会社は帰宅することを制止するために強制を用いることはできず、最終的には従業員各々の判断に委ねられます。帰宅困難者対策条例によって、絶対に従業員を留めなければならないという義務が企業に発生しているわけではありません。なるべく会社に留まってもらうにはどうしたらいいか、従業員教育や啓発活動で一斉帰宅抑制の必要性、重要性について理解を深めてもらうしかありません。そのような活動こそが「努力義務」の履行なのです。

一時滞在施設での協力は義務か? 
企業が運営する一時滞在施設にはどんな法的義務が発生するのでしょうか。 

その前に、一時滞在施設という施設の災害救助法における位置づけを考えてみます。まず第一に考えられることは、災害救助法の第23条に「救助」の具体的な内容が示されていて、その1つに「収容施設の供与」があり、避難所、応急仮設住宅が該当し、ここにいう「一時滞在施設」もこの収容施設になります。また、同法第25条には「協力命令」があります。「都道府県知事は、救助を要する者及びその近隣のものを救助に関する業務に協力させることができる」という法律です。ところが、今回の一時滞在者施設の検討に際してはこの災害救助法第23条や第25条との関係が明確にされていなくて、あたかも新たに検討しなければならなくなった問題のように認識されていると思います。しかし、すでに用意されている災害救助法23条や同法25条をあてはめて「収容施設の供与」の範疇で考えることで法的にもクリアにできると考えています。 

というのは、企業の施設として、一時滞在者の受け入れをしてほしいというのが今回のスキームなのですが、それだとどうしても解決できない課題が出てきてしまうからです。これについては最後に詳しく説明します。 

一時滞在施設を運営する従業員の方が怪我をした場合にも、災害救助法をあてはめることができます。第29条に、「第24条又は第25条の規定により、救助に関する業務に従事し、又は協力する者が、これがため負傷し、疾病にかかり、又は死亡した場合においては、政令の定めるところにより扶助金を支給する」とあり、怪我をしたり、病気になったり、さらには亡くなられた場合には、政令によって一定の補償がなされるといったことが書いてあります。 

次に、家族が心配ですからここでお手伝いはできません、と労務提供を拒否する従業員に対して、企業は業務命令をすることができるのでしょうか。 

はっきりさせなければいけないのは、そもそも今回の一時滞在者施設の運営は会社の業務なのか、労務なのかということです。災害救助法に「協力命令」があると言いましたが、労働基準法から見る考え方もあります。労働基準法33条は、災害等による臨時の必要性が生じた際の法律です。例えば社内で火事が発生した、消火しないといけない、ところがちょうど5時で今日は誰も残業しない。

それに対して企業が従業員に対して消火を命令できますか、という問題です。労働基準法第33条には、「災害等による臨時の必要がある場合の時間外労働等を“その必要の限度において”認める」と書いてあります。 では「その必要の限度において」とはどういう意味でしょう。 

火事の例だと消火のために、「あなたはとにかく消火をしてください」と命令することができるでしょう。ではどこまで作業を求めることができるでしょうか。労働基準法第33条の定めた「必要の限度」とはどう考えればよいのでしょうか。弁護士の間でも議論になっています。火事の場合であれば、火が完全に消えたかどうか簡単には判断できないですから、片付けまでは「必要の限度」と考えられると思います。 ただ、一時滞在施設の運営は、火事の例のように範囲が分かりやすい問題ではありません。従業員の勤める社屋が直接被害を受けていない状況が前提ですので、根本的に労働契約の範囲外(すなわち業務命令が出せない)ではないかという意見もあります。したがって、この対応については企業は事前に従業員と協議をし、同意を得ておくべきでしょう。

一時滞在施設の提供に関する法的課題 
受け入れる帰宅困難者と企業の関係はどうなっているのでしょうか。帰宅困難者の受け入れに関する法的な位置づけは3つあります。 

1つ目としては、帰宅困難者と受け入れる企業の間では、民法697条と700条「事務管理」の法律関係である、ということです。条には697「義務なく他人のために事務の管理を始めた者は、その事務の性質に従い、最も本人の利益に適合する方法によって、その事務の管理をしなければならない」とあります。非常に分かりにくいですが、要は他人を善意で救助するため受け入れた場合は、最もその方々の利益に適合するよう対応しなさい、ということです。また700条では、自主的に帰れるようになるまで、放り出してはいけないということも規定されています。これを聞くと事業主の方は、一時滞在施設の運営は思ったよりも大変だ、とお考えになります。 

2つ目としては、怪我などで意識不明の方が運び込まれた場合、重症またはお亡くなりになってしまうようなことがあり、お断りしたいと思うかも知れませんが、これは、民法698条に定められた緊急事務管理という法律関係になります。この場合には「悪意または重過失がなければ生じた損害を賠償する責任を負わない」一定の責任を軽減すと、ることが明記されています。結果に対して重い責任を問われるのではないかとお考えになる方もあるかと思いますが、民法ではこのような規定で応援しているということです。 

3つ目に準委任契約という法律関係に立つ場合もあります。簡単に言えば、一時滞在施設に入る際に、帰宅困難者の方との間で一定の決め事(合意)をした上で入ってもらうということです。そんなことをやっている暇があるのかと疑問を持たれるかもしれませんが、住民の皆さんの避難所でも避難者カードの記入などをしてもらう予定です。避難者名簿も作ります。一時滞在施設でも同様に、避難者台帳のようなものを作る必要が出てくると思うので、その際に一時滞在施設の利用条件などについて同意を得ればいいと思います。また、そのための運営マニュアルも準備しておくべきです。 私はもう帰ります、という帰宅困難者の方が出てきた場合は法的にどうでしょうか。外はまだ危険なのでここにいるべきです、と要請できるのか。基本的には退去の判断はその方の自由です。企業には滞在させなければならない義務や責任はありません。  

逆に、交通機関が復旧するなど状況が改善されたにもかかわらず、いつまでも退去しない方に対しては、退去を要請することができます。本来の営業に悪影響が出ないように、救助と業務復旧のバランスを取って頂きたいと思います。 

備蓄食糧について、もしそれを食べてお腹を壊したら責任を負わないといけないのかと、心配されている事業主の方もいます。民法551条にありますが、無料で差し上げるものに対しては責任はないというのが原則です。ただし異常があることを知りながら渡した場合は、責任があります。 

それから悩ましい問題ですが、一時滞在施設が定員を超えてしまった場合、入れてほしいという帰宅困難者を断ってもいいのか。断って目の前の路上で怪我をされたら、責任はどうなるのか、との問題もあります。基本的には定員を超える場合にはさらなる受け入れを断ることができます。定員は受け入れた帰宅困難者の皆さんの安全を維持するための規制だからです。一方、本来保護すべき人を保護しないで遺棄させてしまった、という場面もあるかも知れません。そういう際には刑法第37条「緊急避難」が適応され、他の避難者の方々の安全を守るためやむを得ない場合は、責任を問われません。

企業の民法上の義務と今後の課題 
従業員や帰宅困難者が自社の建物の中に留まったために怪我をする、というケースが考えられます。これには解決できる問題と解決できない問題があると思います。例えば転倒防止措置を施しているかどうか。そういった措置をせずに棚が倒れてきて怪我をする人がいれば、企業は賠償責任を負う可能性があります。しかし、施せる最大限の安全配慮を超えて、怪我をされてしまった場合、会社の責任はない、と判断されると思います。従って今は可能な限り建物に対し安全措置を尽くして頂きたいと思います。 

一番厄介なのは、本震によって建物がダメージを受けて、大きなクラック(瑕疵)ができていたケースです。それに気づかず一時滞在施設として運営してしまい、建物が余震で倒れてしまった。仮にけが人が出た場合、難しい問題となります。「企業が安全上の配慮を尽くしていれば責任を負いません」という説明は半分正解で半分間違いです。

これは民法717条の課題です。「建物の設置または保存に瑕疵があることによって他人に損害を生じたときは、その工作物の占有者は、被害者に対してその損害を賠償する責任を負う」とあります。安全配慮を尽くしたかどうかでなく、「瑕疵」さえあればその責任を負うというものです。ただ、占有者の場合には、安全配慮上の義務を果たしていた場合には免責され、その場合には、当該責任は建物の所有者が負うことになります。 

心配なのは、このような規定があることにより、所有者がこの法律を懸念して、本震後にはテナントに一時滞在施設として使わないよう要請してしまうのではないか、ということです。その結果、一時滞在施設の運用が成り立たなくなってしまう。それでは元も子もありません。 

私の提案する解決方法の1つは、本震と余震を1つの地震として捉える方法です。本震前には建物が耐震基準を満たしていたにも関わらず、本震で建物構造部分に瑕疵ができた、それで余震で崩れた、という場合の企業を救済できないか。私は、本震と余震が時間的に近接しているのであれば、それは全体として1つの地震であると考えられるのであり、1つの長い時間の地震による負傷なのであれば、「瑕疵がある物件で負傷した」とは評価されない、ということになると考えています。いずれにせよ、このようなことで責任を問われるのでは、一時滞在施設への協力が全く進まなくなってしまいます。 

さらに企業の建物等を利用して一時滞在施設とする場合にも、災害救助法第23条第1項の「収容施設」1つでのあることを確認し、そして、市区町村が責任主体になって運営することを考えるべきではないでしょうか。市区町村としてはマンパワーが足りないと思いますが、マンパワーは企業の皆さんに運営を委託して実施してもらうことで対応できます。企業の皆さんにはマンパワーを負担しもらい、市区町村には、建物の瑕疵による被災「リスク」を負担していただく、ということです。一時滞在施設が余震により倒壊する「リスク」の負担は「公助」として扱われることが適切と思います。ぜひ、企業の皆さんが帰宅困難者対策に取り組みやすいように制度設計していただきたいと思います。そうすればこの条例への企業の協力がずっとスムーズに進むと思います。