グローバル展開する豊田通商のBCP構築
~国内外150事業を支援するップコンサルタントトの手法~


ニュートン・コンサルティング株式会社取締役副社長 勝俣良介氏
豊田通商株式会社総務部BCP推進室室長 山本浩幸氏

勝俣氏 まずは山本室長にBCPを策定するに至った背景をおうかがいします。

山本氏 当社は世界43カ国で、国内126社・海外498社の連結グループ会社と共にサプライチェーンを展開する総合商社です。東日本大震災およびタイ洪水の被災後、当社社長より「国内外の豊通グループ全体で自力運用が可能なBCP/BCMを2年間で構築せよ」とのミッションを受け、BCP推進室が立ち上がりました。当初「BCPって何?」といった状況からスタート。一方では国内外および多岐にわたる取扱商品分野を目の前に、どのようにBCPを構築したらよいか皆目見当も付かない状況でした。

勝俣氏 短期間、かつ自力運用できる体制構築という要望を実現するため、最初に重要視したのがフェーズアプローチです。当たり前だと思われるかもしれませんが、事業が大きく複雑であるからこそ、しっかりと段階を踏んでBCPを構築できるアプローチが必要と考え、①計画フェーズ、②パイロットフェーズ、③展開フェーズの3段階で提案しました。 

①計画フェーズでは、まず、BCP推進室のメンバーに自分たちのビジネスを理解(事業全体の把握)していただき、対象範囲をどこまでにするかという優先順位付けを行いました。その上で当社の方法論を豊田通商向けにカスタマイズし伝授しました。多岐にわたる事業を抱える同社の事業のうち、160の分野を優先的な事業継続の対象としましたが、それでも総合商社特有の事業の複雑さ、広範さがあり、それに加え、人員の入れ替わりも頻繁に行われるため、策定・導入したBCPが半年後にどうなっているかも考える必要性がありました。 

そこで、豊田通商にはスモールスタート(まずは小さくてもまわるBCP活動を導入し、徐々に範囲を拡大し、成熟度を上げていく)という方法を提案。各事業、各組織それぞれ小さなPDCAのサイクルを回すことで全体のBCPとする仕組みとし、これによって、組織の小さなところから簡単に、かつ効果的にBCPのエッセンスを導入できるようになりました。 

②パイロットフェーズでは、検証と、自力運用を実現するためにBCP推進室メンバー向けの専用の教育プログラムを作成し、徹底的に教育を行いました。 

教育プログラムは、(1)事前の仮説検証によるノウハウの取得、(2)OJTを通じた実践スキルの獲得、(3)BCP推進室のメンバーのスキルレベルを評価する仕組みの導入-の3つを中心に組み立て、BCP推進室のメンバーが1人で現場に行っても、PDCAを回せるようにしました。 

当社のコンサルティング手法や教育プログラムなど実際の現場ではどのように感じられていたのでしょうか。

山本氏 実際に我々がBCP策定のファシリテーションを行っている最中は教育の一環ということもあって、あまりアドバイスを頂けず正直苦労しました。しかし自力でBCP策定を進めなければいけないという切迫感と、毎回の反省会で指摘・指導を受けたおかげで、推進室メンバーは様々な事業形態に対応可能かつ、現場で発生する様々な問題に対処可能なレベルまでBCP策定のファシリテーション・スキルを身に付けられたと考えます。またBCP策定ツール(経営資源分析シート、事業継続対策シートなど)においては、推進室の意見や現場の使い勝手を踏まえて改善を重ねた結果、当社の事業特性に合ったBCP策定ツールが出来上がり、現在も気になる点は常に改善を行っています。

勝俣氏 スキルレベルの評価などは、限られた時間とリソースの中で効率的な策定を行えるように工夫したものです。大変と感じられる部分もあったかもしれません。 

その後はいよいよ③展開フェーズに入っていったわけですが、この段階には2つの目的があります。1つは文字通り、推進室のメンバーによる展開という意味のもの。隠れたもう1つの目的は、その段階になると1度目のPDCAサイクルを回し終えているグループも出てくるので、その後の継続的な運用と改善が自力でできているか、弊社で検証させて下さいという意味があります。 

この段階で特に気を付けたのは、現地に丸投げにならない支援をすることです。ガイドラインを現地のスタッフに丸投げして、拠点ごとにBCPを作成してくださいという方法もありますが、それもBCPを「作って終わり」という扱いをしているために出てきてしまう発想だと思います。現場に足を運んで思いを伝えるのが大事だと思います。

海外に拠点が多いためにBCP展開について不安があるというようなお話が冒頭ありましたが、やってみてどうでしたか。またその際の苦労はどういったものでしたか。

山本氏 大きな課題は現地のスタッフのモチベーションでした。海外拠点のそれぞれに起こりうる災害の種類が異なるため、地震が起こりえない地域に地震のリスクを話してもBCPの必要性は感じません。そのため地震は無くとも火事、台風、洪水、積雪、トルネード、暴動、テロ、ストライキなどの事例を引き合いとして、まずはBCPの必要性を実感させた上で、次の段階で様々な災害に対応するために原因事象で考えるのでは無く、「結果事象」にてBCP策定を進めることにしました。 

また、工場を持つグループ会社は、過去に停電や洪水によって顧客への納期を守るための厳しい対応を実際に経験しておりました。そういったグループ会社は蓄積してきた対処策を既に持っており、当該対処策を上手くBCP文書化に取り入れることで、過去から漠然と蓄積されてきた知識が、今回きちんと整理整頓されて社内ノウハウになったことへの納得感を得てもらいました。

勝俣氏 海外では一般的に3つのハードルがあります。言語、距離、そして体制です。言語と距離の問題は計画性を持たずに実施するとコスト増になりますし効率も良くないので、英語または現地語を扱えるBCP構築支援者が現地に2週間滞在。その間、2日間で1事業のBCPを策定するペースで徹底して教育を行い、演習と検証まで済ませてしまうといったことまでやっていただきました。

大規模なBCP構築プロジェクトを成功させるためには、体制の問題をクリアにし、それぞれの拠点で自力運用できるようにするのが不可欠なので、短期間に一気に構築するこの方法が有効だと思います。 

同様のビジネス環境にある方へ今回の経験を踏まえてアドバイスをいただけますか。

山本氏 私から3点あります。1つ目は、どんなに素晴らしいBCP文書を作っても、「BCPを運用するのは結局一人ひとりの人間である」という意識の現場スタッフへの浸透が重要と思います。BCPが一人ひとりの意識に定着して初めて有事の際の現場力が発揮され、災害に強い会社文化になっていくと考えます。 

2つ目は、各事業の経営資源(人、施設、設備、システム、取引先など)を分析し、BCP策定作業を地道に進めることができるBCP策定チームが必要と考えます。チームメンバー自らがBCP策定スキルを身に付け内製化することで、自社の事業特性に合った「実際に使えるBCP」の構築が可能になると思います。 

3つ目は、経営者によるBCPへの理解および支援が重要と考えます。当社社長より「いつ来るか分からない災害だからこそ、自分の任期中に後世のためにBCPを策定しておきたい」という強い思いをグループ内へ発信して頂きました。BCP推進室にとって経営者の思いは、国内外グループ会社へのBCP展開の大きなサポートとなっております。

勝俣氏 BCPというと、何かを作り上げるという印象が強いですが、そうではなく本来BCPとは「活動」そのものです。もっと言ってしまえば「業務」のひとつとしてBCPがあります。良いものを作ろうと苦労してBCPを策定すれば達成感はありますが、その後の運用が上手くいかない、弊社の手を離れた後の改善の仕組みが機能しないケースが経験上ありました。BCPを特別なものとするのではなく、日常的な業務あるいは活動の1つを導入すると考えるのもポイントと思います。