2014年に注視すべきスクリと企業に求められる対策

マーシュブローカージャパン株式会社代表取締役会長 平賀暁氏

世界経済フォーラム年次総会、通称ダボス会議に向けて発行される『グローバルリスク報告書』は今年で9年目を迎えた。2014年最大のリスクとして所得格差の悪化が挙げられ、異常気象、失業および財政危機がそれに続く。2008年版より日本語版を制作するマーシュブローカージャパンの代表取締役会長・平賀暁氏に企業の憂慮すべき最新のグローバルリスクとその対策について解説してもらった(本誌が2月21日に開催したセミナーより)。

5つの分野の31のリスク
世界経済フォーラム年次総会に合わせて披露されるグローバルリスク報告書(以下、報告書)は、今回で9回目を迎えました。報告書は、昨年まで51のリスクを取り上げていましたが、今年は内容を絞り込んで31のリスクに集約しています。今年は新しいリスクが出てくるというよりは、過去から引き継いできたリスクが肥大化、もしくは今後10年間で発生する可能性がより高くなったことを示唆しているのが特徴です。31のリスクは、グローバルリスク意識調査を通じて、政界、財界、学術界などの世界経済フォーラムのマルチステークホルダーからアンケート方式で700名以上の回答を得て、集約しました。リスクは「経済」「環境」「地政学」「社会」「テクノロジー」の5つの分野にほぼ均等に割り振られています(図1参照)。 

グローバルリスクの目安は被害額がおよそ100億ドル(円=100円換算で1兆円)以上で、2つの大陸以上にまたがる規模のものを指します。今回はそのリスクの中で「地政学的リスク」「若年の失業問題」「デジタル崩壊」についてかなりのページを割いてます。リスクの分野の中で、経済問題、環境問題は比較的皆さん分かりやすいと思いますが、地政学的リスクについてはなじみがないかと思います。日本は海に囲まれているため、侵略の危険や移民/人口流入問題が起こりにくいためですが、現在特に中近東とアフリカでこの問題は大きく取り上げられています。また、新興諸国では人口が爆発的に増加しており、食糧危機や医療危機を引き起こす可能性が高くなっています。サイバーリスクも企業にとってはゆゆしき問題ですが、日本でもSNSなどを通してプライバシー情報の保全・保管・保持に関して政治介入が指摘されています。これらの洗い出された31のグローバルリスクを、リスク発生の可能性(今後10年間の頻度)と影響の程度(深刻度)によって配置したのが、次の展望シートになります(図2参照)。これを見ると「失業と不完全雇用」「所得格差の悪化」がリスクの上位に位置し、所得格差の拡大が社会経済を停滞させるものと見られています。また、環境問題として「気候変動」「異常気象」「水の危機」が同じくリスクの上位にあがっています。「水の危機」とは「水が足りない」「淡水が足りない」という2つに分けられますが、古来から戦争が起きる理由の1つに水源争いがあります。特に中近東やアフリカは水の争いが絶えない地域でもあります。

「世界秩序の崩壊」「失われた世代」「デジタル崩壊」
今回の報告書では、今後10年間にグローバルな発展を阻害する3つのリスクについて検証しています。3つのリスクとは「多極化する世界における秩序の不安定(世界秩序の崩壊)」「失われた世代(若年層の失業、不完全雇用問題、所得格差の拡大)」「デジタル崩壊(サイバーテロ)です。」世界秩序の崩壊とは何でしょうか。元アメリカ政府職員で文民官として中近東の和平交渉にあたったこともあるユーラシア・グループ代表のイアン・ブレマーという人物が唱えた「G0(ゼロ)」という考え方です。よくG7とかG20とか言われていますが、要するに世界を牽引するような国はもうないという理論です。アメリカもすでにそうでなくなっていると言われています。その結果として起こるのは国家の「自己防衛主義」です。自国の利益を優先させて世界経済の繁栄は二の次という発想です。経済的な実用主義、国家の自己防衛主義や新興諸国の台頭は、国家間の摩擦を増大させ、グローバルガバナンスの空白を生む可能性があります。これらはさらに低次元の衝突を生み、世界経済を鈍化させると言われています。 

次の「失われた世代」問題は、結果として「人類および世界経済の成長を損ねるほどの大問題に発展する」としています。現在、特に中近東では若年層(15〜24歳)の失業率は25%以上と言われており、全世界の平均も12〜13%になっています。失業率が世界的に上がったのは2008年の世界金融危機で、特にヨーロッパがその余波がひどく、その後は2000年の水準まで戻っていません。若者が失業することによって、彼らの勤労意欲が下がり、経済・産業を支える次世代を担う若者がいなくなり、さらに経済が停滞することで国も思い切った政策が打てなくなり、所得格差もさらに増大していきます。一国の中でもそうですが、国と国の間でも格差は広がります。また、先進国で見られる高齢社会にも備えられなくなり、社会基盤そのものへの不安も増大していきます。

最後にデジタル崩壊があります。サイバーテロには「データを破壊する」「データを盗む」「データ改ざん」の3種類がありますが、例えばデータ改ざんでは何が起こったかさえ把握できない場合があります。このようなことを阻止するために政府の介入がインターネットやSNSに及び始め、監視や読み取りが始まっています。ネットの世界では防御よりも攻撃の方が簡単と言われていますし、より大がかりな破壊行為が起きる可能性も高くなっていることから「サイバーゲドン」という言葉が使われています。2年前の報告書では「企業・国家はよりシステムやセキュリティを強化しなくてはいけない」といった内容だったのですが、「今年は一つのボタンを押すだけで世界の中枢部分が破壊される可能性が出てきた」としています。しかし、明らかに世界を発展させているのはネット環境なので、むやみやたらと規制をかけて世界成長を損なわせるわけにもいきません。ここに関しては報告書でも明言は避けています。

推奨する施策
それではグローバルリスクに立ち向かうため、何をすればいいのでしょうか。以下がキーワードとして挙げられています。「信頼の再構築」「長期的視点の施行の奨励」「マルチステークホルダーの関わる頻度の助勢」「グローバルガバナンスの再活性化」です。とりわけ重要なのは国家の信頼の再構築だと考えていますが、1つ興味深いのは「長期的な思考の奨励」とあることです。もともと欧米人は短期的な結果を求める傾向にありがちなのですが、今回はあえて「長期的な」という言葉を入れており、これは珍しいことです。長期的視野に立って政治、経済、社会におけるマルチステークホルダーが対応策を共有し、グローバルガバナンスを活性化させる。それができるかできないかが今後の挑戦です。

講師プロフィール
平賀暁
(ひらが・あきら)
慶応義塾大学経済学部卒、アメリカン・グラデュエート・スクール・オブ・インターナショナル・マネジメントにてMBA(経営修士)取得、マーケティング・マネジメント専攻。1981年から第一勧業銀行において中小企業の融資案件に関わる財務アナリストとして従事。1990年にジョンソン・アンド・ヒギンズ社(現在マーシュジャパン株式会社)入社後、ドイツ支店、ニューヨーク本社勤務を経て2002年7月よりマーシュブローカージャパン株式会社代表取締役、2013年1月よりマーシュブローカージャパン株式会社代表取締役会長。著書に『明日のリスクが見えていますか?』(共著/文芸社)、第8回グローバルリスク報告書『2013年度版 日本語版』世界経済フォーラム(監訳)など。