編集部注:「リスク対策.com」本誌2013年1月25日号(Vol.35)掲載の連載を、Web記事として再掲したものです。(2016年5月12日)

昨年9月、経済産業相の諮問機関である産業構造審議会流通部会は、「新たなライフラインとして、生活と文化を支え、地域に根付き、海外に伸びる流通業」と題する報告書を取りまとめた。この報告書は、東日本大震災で、多くの小売業者が、被災地の物資の提供者として大きな役割を担うこととなった教訓を踏まえ、流通業は「国民生活の生命線であり、生活者の命にかかわる重要産業である」との認識を示し、各社が「災害に強く、円滑な供給を確保できる流通」を目指す必要性を強調した。 

その小売業における事業継続計画(BCP)の策定状況はどうか。2011年11月の内閣府調査によれば、回答した小売業847社(うち大企業204社、中堅企業619社)のうち、BCPを「策定済み」「策定中」とした企業は、26.1%であった。全業種の平均数値は49.0%であることと比べ、小売業におけるBCPへの取り組みには課題が残っているといえる。 本稿では、優れた緊急事態対応がストアロイヤリティ(店舗への愛着度)を高めた事例を紹介し、小売業における緊急事態対応とBCPへの取り組みの重要性を示す。その上で、小売業の大規模災害における事業継続の対応策を紹介する。

■緊急事態対応は競争政策の重要な一部分
日々目まぐるしい市場の変化への対応に追われる小売業においては、リスク管理、緊急事態対応、BCPといったテーマはついつい後回しにされがちである。しかし、阪神淡路大震災、新潟県中越地震、新潟県中越沖地震、東日本大震災といった近年の大災害において、小売業各社が商品供給を継続したことが、多くの人々の生活を支えたことを思い起こしてほしい。小売業各社が掲げる「店はお客さまのためにある」というスローガンが災害時にも発揮されたことを、多くのお客さまは決して忘れない。 

東日本大震災において、食品スーパーA社は、多数の店舗が津波による被害を受けた。浸水被害を受けていない店舗でも、天井やスプリンクラーなど設備の被害や震災後の商品調達難の影響により、閉店を余儀なくされた店舗は多かった。このような難局の初動において、各店の店長は、お客さまやスタッフを守るため必死の努力をした。 

ある店舗は、津波の直撃を受け、500人の避難者と従約業員が孤立無援の状態となったが、店長の陣頭指揮のもと5日間を生き抜き、救援を受けることができた。別の店舗の店長は、津波の被害を受けていない商品を何とか運び出し、炊き出しを行った。 

その後、各店内は早急に商品供給を再開するための取り組みを進めた。店舗が営業困難であれば直ちに店頭販売を開始し、当座の在庫が売り切れれば、自店舗のスタッフを周辺店舗の応援に派遣した。本部側も迅速な復旧手配を進めた結果、被災後2カ月で約9割の店舗の営業再開にこぎつけた。営業休止店舗から営業中の店舗に向かうシャトルバスを手配するなどの対応も奏功し、お客さまのA社へのストアロイヤリティは高まり、被災地での厳しい状況にもかかわらず、既存店の売上高は前年同月比を超えているという(※1)。 

このような話をすると、「災害時の現場力が大事、発生してから素早く柔軟に対応すればよい」という反応を受けることがある。しかし、その現場力はどのように養われるのか。なんら教育も訓練もすることなく、災害時に現場の店長が状況にあわせて柔軟に対応することを期待することは難しく、結果的には場当たり的な対応になりがちである。柔軟な対応をするには、以下のような、入念な準備が必要となる。

①各部署や現場スタッフによる検討を進めた上で、標準となる対応計画を準備する。
②現場の店長や社員にその内容を事前に教育する。
③発災後は、店長が事態の推移にあわせて柔軟な対応をとることを推奨する。 

東日本大震災復興のための企業による活動や支援などについて、日経BPコンサルティングが実施した調査(※2)では、「好感を持った、魅力的に映った、高く評価した」のTOP40に小売業が8社入った。多数の店舗を展開する小売業の支援活動は、お客さまに強い印象を与え、ストアロイヤリティを高めることがここにも現われている。 

冒頭の報告書にもあるように、社会から小売業に寄せられる災害対応に関する期待は高まる一方である。このように考えると、小売業にとって、緊急事態対応への取り組みは、社会貢献のみならず、競争政策上も重要なテーマであるといえる。