大規模スポーツイベントにおける危機管理
~ ボストンマラソン&ロンドンマラソンの事例から ~

 

NEC株式会社
東京オリンピック・パラリンピック推進本部 パブリックセーフティ事業推進室 宇田川登紀氏

2001年9月11日の同時多発テロを経験した米国人と、日本人の危機意識を比較すると、その隔たりはかなり大きいと感じます。9.11以降、米国人の多くは大都市がどこでもテロの標的になり得るという意識を持っています。ボストンは、9.11後に全米で先駆けてエマージェンシー訓練のプロトコル(手順)を定めた先進的な市です。警察、消防、医療といった専門家たちとともに、一般の人々も一緒に参加するエマージェンシー訓練を毎年行っています。ボランティアや警備担当者は事前に行動トレーニングを受け、不審者への声掛
けや対処方法を学びます。これは9.11以降、空港のセキュリティスタッフが受けているトレーニングがベースになっています。

ボストンマラソンには、今年も3万人のランナーと9000人のボランティアスタッフが参加しました。マラソンを運営しているB.A.A(Boston Athletic Association)は、警備と医療対策の基準を定めたガイドラインをコースとなる各自治体に伝えて連携体制をつくりあげていますが、各自治体はB.A.A.基準をベースに独自の工夫を加えて、パブリックセーフティ対策をさらに強化しています。

危機管理の指揮権と責任はボストン市警にあります。周辺自治体や州警察、NY市警、交通警察、FBI、消防などから集まったスタッフはボストン市警のもとで連携しています。市外から派遣される警察官は、土地勘があり、地域に人脈を持つボストン出身者や、対テロ共同訓練などでボストン市警と関わった人が選ばれます。すでにお互いの顔を知っていることが、現場での円滑な協力体制、信頼関係の構築をたやすくさせます。

2013年におきたボストンマラソンでの爆弾テロは、ゴール付近で1度目の爆発が発生し、その12秒後にゴールから2ブロック手前で2度目の爆発が起きました。2度の爆発で、3人が死亡し260人以上が負傷しました。1度目の爆発が起きた時のレースタイムは「4時間9分43秒」。これは前回の2012年大会で最も多くのランナーがフィニッシュした時間でした。この時間を狙って、犯人は爆弾を爆発させたと言われています。使用されたのは、釘やベアリングボールを用いて殺傷能力を高めた圧力鍋爆弾(IED)でした。

2度の爆発があったにも関わらず、ほぼ即死の3人以外、負傷から死亡に至った被害者がゼロだったことや全体の被害が小さく抑えられたことは評価されています。これは、テロ直後の被害者の振り分けや搬送などの医療対応が訓練通りにうまく機能したためです。その一方、実際の現場では、爆弾がダーティボム(放射性物質や化学剤を含む爆弾)かどうか判明するまで時間を要し、混乱も発生していました。

一方で、ロンドンマラソンはお祭りモードでした。コースは東京マラソンのように名所ばかりを回ります。ゴールはバッキンガム宮殿。そのため、ゴールエリアのセキュリティは厳しいものでしたが、他のエリアは物々しさはなく、警察官も一緒になって楽しみながら警備をしている体制でした。

ロンドンには、Secured by Design(デザインによる安全確保)という考え方があります。建設段階から、防犯・テロ対策を考えて町をデザインします。たとえば地下鉄や空港、重要な施設などの周りには車の進入を防ぐためのボラード(地面から突き出した杭)が埋め込まれています。これは車載爆弾を警戒しています。すべてのリスクに対応することはできません。リスク評価により優先順位が決められ、適切な対策がとられているのです。

ボストンとロンドンに共通していることは、適切なリスク評価です。両市とも、完璧な安全確保には限界があることを理解した上で、有限のハードとソフトをどのリスクに割り振って対応すべきかを、しっかり考えているのです。