2016/05/24
講演録
TIEMS日本支部第11回パブリックカンファレンス
身近に存在する生物兵器リスク
防衛医科大学校分子生体制御学講座教授
四ノ宮成祥氏
CBRNEとは、Chemical(化学)、Biological(生物)、Radiological(放射性物質)、Nuclear(核)、Explosive(爆発物)の頭文字を取ったものです。日本は一般的に平和だと認識されがちですが、唯一の被爆国であるほか、オウム真理教による地下鉄サリン事件や福島原発事故など、世界に類を見ないCBRNE事例をすべて経験している唯一の国なのです。私の個人的な感覚では、日本は今後2020年の東京オリンピックに向けて、爆発物検知/E事例の防止が非常に重要になると思われます。
CBRNE全般について、ざっと重要点を把握しておきましょう。まず1番目の化学兵器についてです。化学薬品は色々なところから入手が可能です。入手した量に依存してさまざまなものを作ることができます。特定の個人が薬品を多量に入手すれば怪しまれますが、購入量が少なければ警察にも察知されにくくなります。
2番目の生物兵器については後でもう少し詳しく話しますが、化学物質と違い、最初は微量でも培養して増やすことが可能です。素人では難しいと思いますが、知識を持った人であれば、細菌などは水分と栄養物さえあれば家庭のキッチンでも簡単に増やすことができます。大量に作ることはできなくても、脅し程度の目的には十分ですので非常に厄介です。
個人レベルで最も簡単に作れてテロに用いられているのが爆発物です。海外のテロ事例を見ても、爆発物によるものが圧倒的多数を占めています。私も、爆発物による脅威が最も高いと考えています。
さて、生物テロに使われる病原体を見ていきましょう。米国CDC(Centers for Disease Control and Prevention:疾病管理予防センター)によれば、生物テロに使われる可能性がある病原体は、病原性や社会的インパクトに応じてカテゴリーA~Cに分類されます。そして、カテゴリー別にそれぞれ具体的な病原体が指定されています。カテゴリーAに指定されている炭疽菌、ボツリヌス毒素、ペスト菌、天然痘ウイルス、野兎病菌、ウイルス性出血熱(エボラ出血熱など)は、すべて過去に生物兵器として開発が試みられていたものです。カテゴリーBについても、この中のいくつかは生物兵器として開発されていました。このような病原体がテログループの手に渡ると、テロに使用される可能性が出てきます。
2002年、ポリオウイルスの完全人工合成が報告されました。それまでは、ウイルスを使って研究したければ、患者や動物から分離して培養するか、他の研究室が保有しているものを分与してもらうしか方法がありませんでした。しかし、現在では合成生物学という手法により、一部のウイルスは遺伝情報さえあれば1から完全に人工的に合成できるようになりました。ポリオウイルスはウイルスのなかでも最も小さな部類に入るので、スライド1枚に書いてある塩基配列がウイルスゲノムの全情報になります。もちろん、非常に複雑な作業になりますが、DNA合成機で遺伝情報に当たるDNA断片を作成し、塩基配列を確認しながらつなぎ合わせていくと、このスライド1枚分のDNAを合成することが可能です。そして、それを蛋白質やRNAの合成系の中に入れれば、感染性のあるウイルス粒子を作成することができます。遺伝情報だけからウイルスを創ることができるのであれば、研究室に保存しているウイルスの管理を厳格にしても意味がないという話になります。あるいはウイルスの遺伝子を操作して、病原性を変えたウイルスを創ることが可能になったとも言えます。技術の進歩が、また新しい問題を生み出しているのです。
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