型を持って型を破る

僧侶であり、教育者としても知られた無着成恭の言葉として「型がある人間が型を破ると「型破り」、型がない人間が型を破ったら「形無し」である」というものがある。これは、落語家の立川談志や歌舞伎役者の中村勘三郎が弟子に伝えた言葉としても知られているが、緊急事態対応要員の心得としても重要なものといえる。

まず、型、つまり、緊急事態に対する標準対応を身に着けておくことは緊急事態対応要員として欠かせない備えである。マニュアルに頼らず、現場の状況に応じて柔軟な対応をするというのは、「瞬間的に注意が一点に集中し、周りを見ずに行動してしまう本能」として知られる場面行動本能などのヒューマンエラーを惹起しやすい環境に自らを置くことになる。このような対応は柔軟な対応ではなく、場当たり的な対応だと筆者は考えている。やはり、ミスの発生しにくい標準的な対応手順をあらかじめ定め、自らも身に着けておくことは緊急事態対応に欠かせない。

一方、マニュアル通りに取組んでもうまくいかないことは必ずと言っていいほど起こる。発生する緊急事態の内容とそれにより引き起こされる諸事象は毎回異なるからである。マニュアル通りに取組んでもうまくいかない場合に、マニュアル上の記述にない対応の要否を判断し、必要な対応を行うことも緊急事態対応要員には欠かせない。このことを「型を破る」と筆者は呼んでいる。型に習熟し、その背景にある理論や仕組みを熟知していなければ、型を破ることはできない。

予測に基づいて先手を打つ

企業の事業継続を困難にするのは、最終的に拠点か物流か調達の機能不全であることは、これまでの連載の中で一貫して取り扱ってきたテーマである。そして、機能不全への対応に必要なリソースの確保は、多くの場合早い者勝ちであることも何度か指摘してきた。

必要な資源の確保に早く手を付けるためには、集めてきた情報に基づいて判断しているだけではなく、事態の推移を予測し、事業の継続や再開を困難にする要素を切り出す作業が欠かせない。

そのためには、対策本部側から積極的に「このような情報を確認せよ」という情報要求を発信するとともに、対策本部内に情報要求に応じて収集された情報を蓄積し、分析していく仕組みを作るとよい。情報センター、あるいは情報班といった名前が適切だろう。

この情報センターの長には、社内の主要部門を経験し、自社の購買から最終消費者への納品までの各プロセスで価値を付与していく仕組み(バリューチェーン)について深く理解した幹部をあてることがこの情報活動を有効に機能させる上で重要である。

素材製造業のB社では、阪神・淡路大震災の際、当初総務部を中心とする対策本部総務班が所管していた情報収集機能を対策本部内で切り出し、製造、物流、販売の要職を経験し、当時は経営企画を担当していた役員を長とする情報集約班を設置した。この担当役員は、各部署のキーパーソンをよく把握しており、確認済みの確実な情報に加え、バリューチェーン上のボトルネックに関する各部署の見立てなどをスムーズに収集し、必要に応じて事実確認の上、意思決定者に伝達し、迅速な対策につなげることができた。その後、B社では、情報集約班を対策本部機構の中に必ず設置するようにしており、東日本大震災でも奏功したという。