「避難放棄者を出さない」黒潮町の防災思想

「町長から最初に言われたことは、新たな想定に対して『対策を練れ』ではなく『思想を創れ』でした」(黒潮町情報防災課長の松本敏郎氏)。

それまで黒潮町の防災計画の基礎となっていた津波高は2003年に県から発表された8m。それでも大変な高さだが、34.4mは桁が違う。おそらくそれまでの防災計画の手直しという「対策」レベルでは、限られた予算や人員の中、根本的な解決は不可能だ。町長の「対策を練るのではなく、思想を創る」という真意がここにある。

その思想を創るために、黒潮町役場では、町長はじめ防災情報課などの職員が気仙沼を中心に東北を視察し、現地のヒアリングを行った。被災地の惨状を目のあたりにして、黒潮町では圧倒的な優先度として「人命」を掲げることを改めて決意したという。そのために何を思想の中心にもってくるか。ヒアリングを通して得た結論は「あきらめない」「避難放棄者をださない」ことだった。大西氏は防災思想を創る上での本質を次のように話している。

「私は防災の本質は『自分の人生と向き合うこと』だと考えている。まず個々のより良い人生を実現するという本質があり、そこに災害が降りかかる。災害を自分の人生の中でどのくらいのボリュームで位置づけられるのか。自分が幸せになるためには、災害とどのように向きあっていかなければいけないのか。それを住民の皆さんに考えてほしいと思った」。

「避難をあきらめる」ことは「人生をあきらめる」ことに他ならない。人生をあきらめないこと。それは大西氏から住民への、防災以外の普段の暮らしも含めたメッセージだった。新たな想定の発表から1カ月あまり後の5月、黒潮町の地域防災計画は「避難放棄者を出さない」という基本理念をもって再構築することに決まった。「あきらめない。揺れたら逃げる。より早く、より安全なところへ」というフレーズを作り、犠牲者ゼロを目指す方針を策定した。