戸別津波避難カルテづくりでは、地区の細分化によるさまざまな利点が見えてきたという。例えば近所の出席状況が明確なため、欠席がしづらいこと。大人数でないため、1部の住民が活動を怠るといった「社会的手抜き」が排除できること。班単位のワークショップによるコミュニティの活性化や、カルテに記入することによって、記憶に定着化することなどだ。

「取り組みを開始した当初は、お年寄りは津波が来ても“逃げない”ことを自慢するような町だった。少なくとも今は逃げないことがどれだけ家族に迷惑がかかるか、恥ずかしいことかが分かり、みんなが前を向いて防災に取り組んでくれるようになったと思う」(情報防災課長の松本氏)。

 

 

地区防災計画策定に向け、説明会を開始

「カルテ」を作成した黒潮町が、次に取り組むのが地区防災計画策定だ。2014年7月22日時点では5カ所に説明会を行い、4カ所から作成するという返事をもらっているという。

「住民も、やることをやらないと行政に期待することはできない。地区防災計画は、私たちの手でしっかり作っていきたい」。海沿いに面する田ノ浦地区での「第2回地区防災計画説明会」で、区長の濱口正海氏は地区防災計画策定に対する意気込みをそう語ってくれた。

黒潮町はこれまで、津波浸水危険区域を中心に津波避難計画を作ってきたが、この地区防災計画制度を期に山間部の土砂災害や河川の氾濫など、町内の全ての災害に対応できるような地域防災計画をまとめあげたいと考えている。

「61カ所すべての地区で地区防災計画を策定するには、おそらく最低でも2年くらいかかるでしょう。ワークショップも、少なくとも900回は実施されると予想している。専門のコンサルタントが入ればもしかすると10回くらいで終わるのかもしれないが、住民が自らの手で作ったというプロセスが大事だと思っている」(松本氏)。

 

最終的に黒潮町が目指すのは、地域コミュニティの活性化だ。昨年は町ではなく消防団が防災シンポジウムを主催し、国土強靭化担当大臣の古屋圭司氏や内閣官房参与で京都大学大学院教授の藤井聡氏が駆けつけたほか、安倍晋三総理からも激励のメッセージが届いたという。防災を24時間356日考え続けると住民も疲れてしまう。コミュニティを活性化させるためのイベントをこれからも企画していきたいとする。

「本当は防災のためには防波堤も欲しい。ただ、あの美しい長さ4kmの入野の砂浜の沖合一帯に高さ34mの防波堤を造ろうと考えたことはないし、住民からもそのような声は上がってこなかった。河川堤防をレベル1※の津波にしっかりと機能する堤防として補強するだけでも、避難時間を5分から10分稼ぐことができる。私たちは海とともに生きてきた。これからもこの海を自慢しながら生きていきたい」(大西町長)。

※レベル1…概ね数十年から百数十年に1回程度の頻度で発生する津波

(了)