はじめに

元陸上自衛隊化学学校 副校長 株式会社重松製作所 主任研究員 濵田昌彦氏

リオデジャネイロオリンピックが閉幕した。強盗や窃盗事件などの犯罪が相次いだほか、市内ではマフィアと警官隊の銃撃戦が行われるなど、治安の悪さは目立ったが、大きなテロ活動は、パラリンピック開催中の現時点(9月10日時点)では阻止できていると言っていいだろう。

ある対テロ専門家に言わせれば、テロリストは絵になる光景を好むという。例えば、富士山を背景に新幹線が爆破され脱線・転覆しているような、そんな事態は世界に大きくアピールできる。テロ集団にとっては「垂涎の的」かもしれない。

同様に、世界の注目が集まるオリンピックやワールドカップ、サミットの類は、ISを含むテロ集団の格好のターゲットとなりうる。幸いなことに、これまでこのような大規模イベントにおいて、CBRNテロが実行されたことはないし、その未遂事件も報告されていない。しかし、今まで問題がなかったからといって、これからもそうであるという保証はどこにもない。このHVE(HighVisibilityEvents:大規模イベント)に焦点をあてて、脅威、包含されるリスク、考慮事項、特に多機関連携の問題や計画策定の難しさ、全体のセキュリテイとの関係等について述べてみたい。

実体験なし

HVEにおけるCBRNテロ対処計画は、今一歩、信頼性に欠けるものになるかもしれない。それは、ある程度、推論の上に組み立てざるを得ないからである。もちろん、通常の警備計画でも多かれ少なかれ、そうした側面はあるのかもしれないが…。ただ、過去に爆破や銃撃、人質事案は存在した。それに比べれば、予想し難い側面があるのは事実である。

例えば、筆者が実際に耳にした事例として西日本で数万人規模での某世界大会が開催された際に、MERS(中東呼吸器症候群)の疑いのある患者が発生した。幸いにも、短時間で陰性と判明したから何とか運営は続けられたが、陽性だったらどう対処すべきだったのか。

もちろん、運営計画にはこのような事態は想定されていない。一方で、アジアのスポーツイベントを舞台として、このようなパンデミックが起こるという想定でのシンポジウムがWHOやASEAN、米軍を含む関係者で実施されているという現実もある。

避けなければならないのは、これまで何もなかったから、これからもないだろうという安易な思考停止である。「うちのおじいちゃんは、今まで何十年も元気だから、あとしばらくは元気で死ぬことないよ…」というのは能天気なうちのカミさんの言葉だが、某組織委員会にこのような考え方がないことを祈りたい。

ネット上での魔女狩り

もう20年以上が経過した松本サリン事件。あの時、まったく関係のない会社員の河野さんが犯人にされて、警察からもマスコミからも叩かれていたのを覚えている人々も少なくなっているだろう。

薬品会社にいて、自宅の床下にいくつかの薬品を保管していたというだけで犯人扱いされた河野氏の不運は救いがたい。しかも、奥様は重篤な症状が長年続いた上に意識が戻らないまま2008年に死去した。ご夫婦ともに被害者である。

実は、筆者を含む当時の専門家から見れば、河野さんの自宅にあった薬品の組み合わせではサリンのような神経剤は合成できないことは明らかだった。警察との情報交換ができていればと悔やまれる。

2013年のボストンマラソン爆破テロの後にも、同様の犯人探しが起こった。ネット上で、事件直前に失踪した大学生があたかも犯人のように扱われ、それがヒートアップしていった、いわゆるクラウドソース捜査である。HVEでのCBRNテロにおいても、同様の犠牲者が出てしまうかもしれない。

また、福島第一原発事故の後の風評被害を思い出すまでもなく、ダーティーボムがHVEで使われたようなケースでは、会場に居合わせた人々への差別や、風下農地での作物が売れなくなるといった影響から自殺者まで出かねない。有効な対策がすぐに出せるわけではないが、正しい情報を速やかに公表するといったことが第一歩であろう。もちろん、捜査・復旧等とのバランスは考慮しつつである。