多機関連携あるいは相互運用性

2015年11月にパリで発生した同時多発テロは、男子サッカーのフランス対ドイツ 戦が行われていたスタジアムが標的にされた。 Frank File/ Agence France-Presse-Getty Images

このようなオリンピックやワールドカップ、サミット等を含むHVEのセキュリテイを考える上で、必ず話題になるのが「連携」の問題である。

実は、これには水平方向と垂直方向がある。一般的に言われる消防、警察、自治体、海保、自衛隊等の多様なアクターの連携枠組みの整備はもちろん重要である。それに加えて、国と地方自治体(東京都)、総務省消防庁と東京消防庁、各消防署や警察庁と警視庁に見られるように上下も含めて考えておく必要がある。

特に東京オリンピックのCBRNテロ対応を考えると、現在でも国家レベルでの対応が主体になるのが当然とする考え方と、東京都が前面に出るべきとの考え方があり、オリンピック警備関係者の間でも境界が明確でないとの声がある。

羽田空港だけとっても、どこがCBRNテロ対処の主幹なのか明確な答えを聞いたことがない。米国で言えば、連邦政府と州政府、地方の郡等の自治体の関係になってくる。米国の場合には、CBRN事態の場合でも、どの時点で州や連邦のアクターが出てくるということが法律で明確に規定されており、それに従って計画策定や訓練もなされている。

JHAT…
統合ハザードアセスメントチーム

JHAT(イリノイ州州兵サイトより)

現場レベルでの多機関連携の複雑さやリスク評価における齟齬(そご)を避けるために、米国では10年以上前からJHAT(Joint Hazards Assessment Team)の形を導入している。

各国で、その形はまちまちではあるが、欧州を含む主要国でこのようなチームは一般的であり、ブラジルでのサッカーワールドカップでも、また今年夏のリオオリンピックでもJHATは出動態勢を整えていたであろう。

ブラジルでは、軍のCBRNチームに警察のEOD(Explosive Ordnance Disposal)、消防のハズマット専門家、原子力省庁関係者を加えた形であるが、構成員は各国まちまちである。ボストンマラソンの際には、K9(検知犬)も含めた構成になっている。

我が国でなぜこのようなJHATが導入されてこなかったのか。もともと、現場でも消防と警察、自衛隊等は別々に動いており、その目的も違うので、チームを組むという発想は出てこなかったのかもしれない。また、チームの長を誰にするのかといった指揮権の問題や、法律上の問題もあるかもしれない。

ただ、正体不明の不審物を判定する際に、色々な知見を持った専門家が同時に見る方が迅速かつ正確というメリットはあるかもしれない。だからこそ、世界でこの形が一般化しているとも言える。

地下鉄サリン事件の後、我が国では関係機関の現地連携モデルを打ち出し(2001年11月)、原因物質の特定においては警察が主体となることを明記した。消防には、簡易検知の一部や患者の症状等の情報提供が求められている。自衛隊(化学科部隊)の関与は、この時点では想定されていない。

このような切り分けが、地下鉄サリン事件の発生後の現場での反省をイメージして書かれたのは伝わってくる。しかし、オリンピックのようなHVEにおいて、この連携モデルをそのまま適用することが妥当かどうかは議論する余地があるだろう。また、よく国民保護訓練等で出てくる現地調整所も、CBRNテロが起こった後の話であり、オリンピックのメーン会場で不審物を調査する場面は想定していない。また、後述する偽物(Hoaxes)への対応に関しても想定外である。

偽物…Hoaxesへの対応

2020オリンピックで本物のCBRNテロは(幸運なら)ないかもしれない。しかし、偽物事案は起こる可能性が高い。そして、それが会場を混乱に陥れる可能性も否定できない。

実際に、洞爺湖サミットの最中にも、サリン紛いの通報はあったと聞く。また、2001年米国炭疽菌事件の後の白い粉事案で苦労した消防関係者も多いと思う。最近の同種事案としては、HIVや伝染病と書かれた液体容器、VIPに正体不明の液体をかける、異様な臭気の液体・気体の散布・拡散、微小な放射線源を置き去りにして警報を鳴らすなどなど、枚挙に暇がない(我が国には、設置型の放射線検知器がほとんどないので、警報も鳴らないかもしれないが…)。

その他に、IED(即席爆発装置)に化学物質を組み合わせた形を装ったもの(パイプ爆弾に毒物ポリタンクを抱き合わせたように見せかけたもの)や、ワンボックスカーに微小な放射線源を積んでRDD(ダーティーボム)を装ったものなどが考えられる。

これらは十中八九、偽物であろうが、それでも対応を誤れば、混乱やパニックを生起し、不要な時間と労力を強いられることになる。さらに、別の場所、時期に本物の事態が計画されているかもしれない。当局の能力を試すための企てであることも考えられる。犯人像も、退屈した若者からテログループまで、幅広く想定される。特に、強い意志を持ったテロリストながら、本物のCBRN手段を持ちえなかったケースさえ想定できる。

これらの偽物に何台ものパトカーや特殊車両、レベルA防護衣の消防隊員を大量投入した場合には、スタジアムに大きな混乱と当惑を招くかもしれない。これに対して、2015年のラグビーワールドカップやNATOサミットを経験した英国サウスウェールズの警察当局は隠密裏のリスク評価手法を確立し、大げさにせずに判断を下す知見を持つという。参考になるので別に紹介することにしたい。