1社が止まれば全産業が止まる

中越沖地震後、照明や機械設備の耐震固定を行ったリケンの工場内。強く固定しすぎると逆に壊れやすくなる機器もあり、さまざまな方法が研究された

さて、話を2007年に戻しますと、この年は、能登半島地震と新潟県中越沖地震という大きな地震が起きました。

新潟県の地震といえば、2004年の中越地震の方が記憶に残っているという人が多いかもしれませんが、新潟県中越沖地震は、国内のBCPの発展においては非常に大きなインパクトをもたらした災害でした。柏崎市に主力工場を持つ自動車部品メーカー「リケン」が被災し、1週間ほど工場が停止し、その1週間で、トヨタ、日産、ホンダなど主要自動車メーカーすべてが生産をストップし、さらに、メーカーに部品を納めている全国各地の自動車部品を製造する業者、それらを運ぶ物流業者にまで影響が及びました。

「影響」という言葉は抽象的でイメージしにくいかもしれませんが、例えば普段通勤で混み合っている自動車工場への道が、朝も夕方もほとんど車が通らない、こんな状況が全国各地で起きたわけです。

いわゆるサプライチェーンを含めた事業継続体制は、東日本大震災でも、タイで起きた大洪水でも、そして今年の熊本地震でも課題となっていますが、世界中が物流網でつながっている今、いかにサプライチェーン全体のBCPを強化していけばいいのかということは、これから先も難しい問題だと思います。

取引先に力ずくでBCPに取り組ませるのではなく、サプライチェーン全体として目標を共有して、一緒に取り組んでいく、取り組めるようにしていくことが大切だということを、この災害から学ばせてもらいました。

企業単体のBCPについても、例えばBCPの策定では、会社の生命線として優先的に継続・復旧させなくてはいけない事業活動を特定する作業を行う必要がありますが、教科書的には、会社の売り上げや、社会・市場に対する影響、あるいは顧客との約束などを分析することによって事業活動を選定し、早期に再開できるよう対策を講じるわけです。

ところが、数千種類もの部品を製造しているような工場で、しかもすべての製品が市場の占有率が高く、顧客から早期納品を求められているような工場については、事業活動を特定したとしても、それを計画通りに達成させることは非常に難しいということを教えられました。

もう1つ、地域と企業の関係で言えば、被災したリケンの工場の復旧支援に、全国各地から自動車メーカーらのスタッフが駆け付けたのですが、彼らはリケンだけでなく、周辺の工場も支援し、病院や避難所にも足を運び、不足物資の調達を手伝いました。地域の復興なくして企業の復興はありえないことを、支援する側がしっかり理解していたのです。

もし仮に、リケンだけを支援して引き返していたら周辺地域の人はどう感じるでしょうか?この地域と企業の関係は、BCPが普及してきた今だからこそ、これまで以上に考えておかねばならない問題だと思います。自社のしていることが、顧客だけでなく、サプライヤーや地域に対してどのような影響を与えているのか“ 木を見て、同時に森も見る”目を持たなくてはなりません。

予測には限界がある

3.11の前で、もう1つ印象に残っている災害が2009年4月にパンデミック(世界流行)を引き起こした新型インフルエンザA 型H1N1です。このインフルエンザが発生する以前、先進的な企業・自治体では、かなり真剣に新型インフルエンザ対策に取り組んでいましたが、多くの組織が想定していたのは、H1N1とは違い、致死率が高い「強毒性」(高病原性)とされる鳥インフルエンザが変異したものでした。そのため、各社のBCPでは、WHO(世界保健機関)や厚生労働省の発表に合わせ、出張の自粛や、海外駐在員や家族の帰国、海外出張者の帰国後一定期間の出社の自粛など、さまざまな対策を講じていたものの、実際の対応は手探りで、柔軟性という点に課題が残りました。一方、アメリカでは、「シビアリティ・インデックス」と呼ばれる致死率の高さに応じた計画の策定を推奨していて、危機管理の考え方の違いに驚かされたことを覚えています。

ただ、当時(パンデミックの発生前)と比べると、今の方が、社会全体としてインフルエンザに対する危機感は薄らいでいるように感じています。首都直下地震や南海トラフ地震の対策に優先的に取り組まれたい気持ちは理解できますが、新型インフルエンザも過去の歴史を振り返れば10年~40年周期で確実にパンデミックが起きているわけです。2020年の五輪の直前に再流行しても何ら不思議はありません。

もう1つ、当時の取材で感じたことは、災害の姿をあらかじめ明確に予測することは難しいということです。毒性の強さ、感染のスピード、感染期間の長さなどを明確に予測することができるはずがありません。予測できないなら、新型インフルエンザが発生してから考えればいいというわけにはいきません。予測できないからこそ、予測には限界があることを認識し、被害が発生した際の対応の仕方までを考えておく必要があるということです。

ただし、計画はいくらでもきれいに書くことができます。これがBCPの落とし穴でもあります。「感染者が出たら、その事務所のスタッフをそっくり入れ替える」「別の事務所から業務を遂行する」「在宅から勤務をする」「欠勤者の業務を他のスタッフがカバーする」等々。どれ1つとっても簡単にできることではありませんし、ましてや、これらの対策を1つのシナリオと紐づけて「こういう状態になったらこういう方法を採る」と決めてみたところで、その通りになるはずも、できるはずもありません。ですから、平時から少しずつできる対策を増やし、感染状況や社会の状況、自社の状況を考慮した上で、最適な手法を選んで対策できるようにしておくことが重要だと思います。平時にやってないことが、緊急時に突然できるはずがないのですから。

地震でも、「〇〇工場が被災したら別の工場に社員を移して代替生産をする」とか「本社が使えなくなったら、〇〇支店で業務を行う」など、いずれも有効な方法だと思いますが、実際に実行することは、言うほど楽ではありません。果たして何人の社員が移れるのか、資機材は足りるのか、いくら余計に費用がかかるのか、何日間その状況が維持できるのか、社員が生活する場は確保できるのかなど、その計画が現時点でどのくらい実効性を伴っているのかを絶えず見直していくことが大切だと思います。