水に流してと言えない水の災害 (※画像はイメージです photo by photo AC)

予測可能でも油断できない水害の危険

営業マンのAさんは、車の屋根をたたきつける雨音が強くなってきたことに一抹の不安を覚えた。すでに道路は冠水しており、少しアクセルを踏むとモーターボートのように車の両脇から弓なりの水しぶきが上がる。フロントガラスは風雨でワイパーも役に立たず、呼気や湿気で曇ってよく見えない。

そう言えばこれから直撃するという今回の台風、大型でしかもスピードが遅いらしい。大雨と洪水に関する注意報が出ていたっけ。これから客先で会議だというのに、ツイてないな…。

そう思ったのも束の間、車が一気に川にでもダイブしたような鈍い衝撃と大きな水しぶきが起こった。雨で1メートル以上も冠水した線路下のアンダーパスに突っ込んでしまったのだ。急いでバックギアに入れるも車輪が空転して戻れない。水圧で出られなくなったら大変だ。Aさんは決死の覚悟でドアを押し開け、脱出を試みたのだった…。

台風や集中豪雨は地震などとは異なって、刻々と変化する気象の様子からどのくらい危機が差し迫っているかを前もって予想できる。あなたはこのように考えていませんか。しかしそんな油断をついて起こるのもこの手の災害の特徴です。あっという間に道路や線路が冠水する、あふれた水が滝のように地下室に流れ込む。急に風雨が強まって樹木や電柱をなぎ倒す、屋根がはがれる…。唯一の救いは頑丈な建物から外に出さえしなければ、数時間~半日ぐらいで危機のピークを超えられることぐらいでしょう。

一説によると、企業が水害の被害をこうむる確率は火災よりも高いと言われています。地球温暖化によって地球全体の大気や海洋の動きに異常が出ていることは、もはや説明を要しません。日本は国土の4分の3が山地です。今後はさらに、経験したことのないような集中豪雨があちこちで起こり、台風の大型化も進みます。山間部では土石流や鉄砲水が、平野部では広域的な浸水・冠水被害が頻発するでしょう。こうしたリスクに備えるために、以下では「水害対応ERP」(以下では台風を中心に解説を進めます)を作成するためのポイントについて説明します。

気象情報と警報のモニタリング(危機の察知と伝達)

気象予報は、自然災害の予測の中では最も進んだ信頼し得る技術の一つです。したがって水害対応ERPの「察知」は、気象予報をもとにした情報の入手ということになります。冒頭の例のように命の危険に直面して初めて危機を「察知」したのでは間に合わないのでご注意を。

危機管理担当者(一般企業では総務部のスタッフなど)は、ラジオやインターネット、行政の防災無線からのアナウンスなどを頼りに、気象情報や警報を、豪雨や台風の動きを監視してください。社外に出ている人はスマホ(SNSの情報も含む)やラジオで継続的に気象情報を得るように努めましょう。

次に危機の「伝達」。これにはどのような種類があるのでしょうか。緊急対策本部を設置するために中核メンバーに声をかけるのも「伝達」の一つですが、台風が接近中というだけでは、やや時期尚早とも言えます。たとえ一か所に集合しなくても、関係者がメールなどで対応を協議し、必要事項を全従業員に通知する態勢をとることが肝要でしょう。

従業員向けの伝達事項でまず必要なのは、「社内にいる不要不急の従業員を早めに帰宅させる」こと。「徒歩や営業車で外出中の従業員に対する帰社・帰宅(直帰)の指示」も忘れずに。これは会社→本人への連絡が一般的ですが、安否確認と同じく、本人から会社に自主的に帰社・帰宅する旨の連絡を入れるように日頃から周知しておきたいものです。

一方、従業員に対する活動自粛の要請とともに「内外の関係者との会議・打ち合わせの延期と関係者への事前通知」も行ってください。台風は出入りの運送業者にも影響を及ぼしますから、場合によっては「不要不急の商品・製品・書類等の受け渡しを延期する」ことも視野に入れてください。

人の安全を確保し、無事を確認するためのアクション

まずは命の危険が差し迫った場合に備える「緊急避難」です。前に述べた従業員の帰宅指示や不要不急の業務の延期などは、いわば余裕のある段階で行う「緩やかな避難」といってよいものです。内外のすべての従業員および訪問者が身の安全をはかれるようにメールや電話、口頭で通知し、主要な業者にも会社に出入りするのを控えるよう連絡をすることが前提となります。そのうえで、たとえば近くの河川の堤防決壊や氾濫の可能性、台風の勢力がよりいっそう強くなることが予想される場合、防災無線で避難が呼びかけられている場合は、ただちに避難行動に移らなければなりません。

避難に際しては、各従業員に「電気、電子機器の電源を切り、コンセントを抜いておく」「会社の固定電話については応答メッセージに切り替えておく(不在対応)」「エレベータを最上階に退避し、電源を切る」などの指示を出しておく必要があります。

一方、外出中の社員の安否を確認する手順は、台風でも地震でも同じです。そのために安否確認手段と社員名簿はすぐに手元に用意できるようにしましょう。また、水害における避難は外に限ったことではありません。暴風雨や冠水で道路や公共交通機関がマヒし、帰宅・帰社できない従業員や訪問者、あるいはお客様が発生することも考えられます。

このような場合に備えて帰宅困難者対応手順を整備しておくこと、そしてこの延長には非常時備蓄品の活用が控えています。「安否確認手順」「帰宅困難者対応規定」「非常時備蓄規定」。これらはERPと連携して使用する重要なツール(手段)であることはすでに述べた通りです。災害個別のERPの策定に先立って作っておきましょう。

事業資産を守るためのアクション

次は会社が台風の被害を受けないように、早めの「対処」を心がけなければなりません。具体的には会社の事業資産を守るための対処手順を実行に移すことを意味しますが、なかでも重要な情報資産(重要なデータや書類等)と機械装置などの業務資源を浸水被害から守る(水に濡らさない)ためのアクションを起こすことが肝要です。

次のようなケースが考えられるでしょう。

・重要な機器(ノートPCやサーバなど)、バックアップ、重要な書類等を上階に退避する
・倉庫の積み荷(製品や原材料など)などは、なるべく上段に退避する
・必要に応じて土のうを積む、防水シートを張る(主に工場や店舗系)


なお、「防水シート」「排水ポンプ+排水ホース」「土のう」などは、ERPを有効に機能させるための防災・減災対策の一環として予め用意しておくことは、言うまでもありません。

浸水被害のおそれのない高い所に、重要な事業資産(重要な書類・商品・移動可能な重要機器など)を退避することは、時間との戦いでもあります。あらかじめどこに何を退避するのか、スペースはどのくらいかといったことをチェックしておきましょう。

平屋建ての場合は退避に限界があります。必要最小限のアイテム(ノートPCやデータ、重要書類など)をリュック等に入れて持ち出し、安全な場所に避難するか、近隣のビルや倉庫があれば重要物資の緊急退避場所として活用させてもらえないか、前もって話し合っておくという手もあります。

以上では、「従業員や訪問者に早退や避難を呼びかける手順」と「事業資産を守る手順」を説明しましたが、2つのアクションのどちらを先に実行するかは、状況次第と見てください。いちはやく浸水被害から免れるべく全従業員に事業資産を守るためのアクションを先行させ、そのあとで帰宅や避難態勢に移るケースもあり得るし、一般従業員は先に帰宅させ、精鋭メンバーだけ残って重要資産の退避や土のうを積む作業に注力することも考えられるためです。

(了)