このストーリーは、電装品メーカーS社の総務課長ヨシオが、あるきっかけでBCP(事業継続計画)の策定リーダーに命じられ、試行錯誤しながらBCPを完成させるまでを描いたフィクションです。会社にとって本当に役立つBCPとは何か、生きたBCPとは何かを理解するヒントになれば幸いです。
うちの会社のBCPってどうなんてるんだっけ?

■新参課長、ヨシオ張り切る

ここは神奈川県のA市。市内には幹線道路やJR、私鉄などが縦横に貫き、東西南北のアクセスには事欠かない利便性に優れた地域です。この街の一角にS社の本社はありました。S社の主力製品は電装品で、小型発電機の製造販売やレンタルサービスも手掛けています。生産は愛知県の工場で行い、販売やレンタルサービスは本社経由で行っています。

この物語の主人公は黒尾良夫、29歳。S社本社の新米総務課長です。名前を覚えやすいようにここからは「ヨシオ」と表記しましょう。辞令を受けたその日から、社内を回って各部署にあいさつをし、寸暇を惜しんで引継ぎ書類や業務のスキルを伸ばす本に目を通す毎日。やる気まんまんのヨシオですが、さっそく目の前に一つの大きな山が待ち構えていようとは、ヨシオ自身まだ気づいていません。さて、どんなことなのでしょうか。

その日、S社では本社部門の月例会議が行われました。ところが今回の会議には,急きょ愛知の工場から工場長と副工場長も駆けつけてきて、いつもとは少し違う顔ぶれになっています。何か重要な話でもあるのだろうか。ヨシオは少し気を引き締めました。

アジェンダに沿って各長が報告を行い、一通り会議の議題を済ませたあと、社長はこう切り出したのです。「みんな、以前締結した災害時応援協定のことなんだが…」。"災害時応援協定"とは、大規模な災害発生時に備えて、物資の調達や災害復旧活動をスムースに行うために、民間企業などが自社の強みを生かして自治体と締結する災害時支援の約束のことです。

■わが社は災害から市民を守る心強い味方!?

S社では、昨年2つの協定をA市と結んでいました。一つは帰宅困難者支援ステーションとして役割を担うこと。何しろS社は利便性のよい街道沿いにありますから、万一大地震でも起これば、市内はもとより、東京や横浜方面から歩いて帰宅しようとする膨大な数の通勤者たちが通りを埋め尽くす可能性があります。よってそうした人々に、一晩でも安全なスペースを提供するために、S社1階のショールームのフロアを支援ステーションとして開放することにしたのです。

そしてもう一つは同社の強みである「小型発電機」のレンタルです。大規模災害が起これば、インフラ寸断のために電気が使えなくなります。避難所や復旧現場その他で多数の発電機のニーズが発生することは想像に難くありません。したがって、A市から要請があれば、いつでも倉庫に確保してある小型発電機数十台を貸し出せるように協定を結んだのです。

先ほどの社長の言葉に戻りましょう。「"災害時応援協定"のことなんだが…」と一区切りつけてから、「協定活動の前提となるBCP、うちの会社にもあるね?」と、誰に尋ねるでもなく全体を見渡して言いました。会議室はシーンと静まり返ったままです。どうやらS社のBCPは、何らかの理由により途中で止まっているか、立ち消えてしまったようにも見えます。社長はイヤな予感が当たったなあという顔つきをしました。そして、なぜBCPのことを口にしたのか、事情を説明し始めました。

■一返事では受けかねるそのワケは…

先日のこと、社長と専務はある用事を済ませたあと、A市の危機管理課に立ち寄りました。せっかく協定を結んだからには、将来的なビジネスの可能性を模索するうえでも、顔を出してアピールしておこうというねらいです。アポなしでしたが、危機管理課の担当者は快く面会し、しばし歓談したあと、次のようなことを口にしました。

「実は半年後の防災週間に、協定を結んだ数社の方々と合同で机上訓練をしてみてはどうかと思いましてね。それぞれの企業さんにBCPを持ち寄っていただいて、災害時の行動手順をお互いに確認しておきたいのです。可能でしたら、S社さんにも机上訓練にご参加いただけないかものかと」。

市担当者の話を聞きながら、S社社長はおもむろに胸ポケットから手帳を取り出して確認し始めました。「防災週間ね…おっと…この時期はちょうど書き入れ時なんですわ、これが。しかし是非とも参加させてもらいますよ! 会社に戻ったらすぐにでも訓練に向けてBCPの見直しをさせ、防災週間中のスケジュールについても調整させます。正式なご返事はのちほどということで」。隣で見ていた専務は、社長の威勢のよいリップサービスとは裏腹に、手にした手帳が上下逆さまなのが相手にバレやしないかと気を揉んだことは言うまでもありません。

会社に戻る途中、社長と専務はダタールコーヒーに立ち寄って、先ほどの不測の事態についてどう対処すべきか、話し合いました。

社長:「うちの会社、BCP作ってあったよな?」
専務:「一度は総務で手がけたはずですが、その後どうなったのか、ちょっと報告が来ていません」
社長:「BCP策定プロジェクトのキックオフで、華々しく防災のあり方につい一席ぶった記憶があるんだが、その後完成したという報告は来ていないな。今度の会議でちょっと確認してみよう。出来ているといいんだが…」。

■ヨシオ、BCP策定プロジェクトのリーダーとなる

しかし残念ながら、今回の会議で社長の希望的観測は当たっていなかったことが分かったのです。この経緯を聞いていた会議席上からは、困惑とため息交じりの声が聞こえてきました。中にはオーバーに両手で頭を抱えている上長もいます。

A市と災害時応援協定を結んだのはよいけれど、肝心の社内の体制が災害に対してまったく無防備なら、締結した意味がありません。このままでは、市から緊急要請の連絡が来ても「対処できません。ごめんなさい」で終わってしまう公算が大です。約束を果たせなくても協定活動へのペナルティは一切ありませんが、災害時の貢献を通じて市との将来的なWIN-WINの関係を模索するという可能性も、そこで途絶えてしまうことになります。

社長は気を取り直して全員に呼びかけました。「BCPはまだ策定していないようだね。まあ、その理由は後で報告してもらうとして、今回ははっきりとBCP策定の目的が明確になったわけだから、早く完成させてもらいたい」。早く完成させるといっても、誰が中心となってどこから手をつけ、どのように進めたらよいのでしょうか。この忙しい時に自分に白羽の矢が立ったらいやだな…。みんな何となく社長と目を合わせないようにしています。しかし社長は最初から任命する相手を決めていました。「まず本社のBCP。これは黒尾君(ヨシオ)、キミ音頭をとってください。そして愛知工場のBCPも同時に作った方がいい。これは副工場長にお願いしよう」。

(次回へ続く)