2017/05/22
安心、それが最大の敵だ
内務技師・宮本武之輔の治山・治水論
戦前の内務省土木局(現・国土交通省)を代表する河川技師のひとり、宮本武之輔(1892~1941)は「治水策の検討」の中で、洪水の際の森林の保水能力に疑問を呈している。宮本は森林の洪水調節作用に眩惑(げんわく)されてはならないと主張した。
2.立木が無数押し流されるような大洪水ではかえって莫大なる被害を生じること、などを指摘した。洪水防御の観点からみれば、森林の保水機能は河道改良工事に対して従属的立場にあり、森林の効果を過信することの弊害を主張したのである。彼は治山には植林もさることながら、渓流砂防工事がはるかに重要であり、下流の河道改良工事と相俟(あいま)ってはじめて治水の完璧を期し得るとした。今日にも通ずる卓説である。
宮本が治水論を展開していた1936年(昭和11年)頃、岡山県南部での農業用ため池渇水問題をきっかけとして、森林はため池の水量を維持するために有益か無益(または有害)かとの論争が森林学者間で再燃した。論争は激論となったが、平行線のままで決着をみなかった。「緑のダム」論争の「走り」とも言える学術的な闘いであった。
戦後の「緑のダム」論争
ここで戦後の治山・治水と「緑のダム」論争の主な動きを示したい。
○1975年3月:日本林業同友会の雑誌「林業同友」に「水資源の確保に『緑のダム』作戦」掲載。「緑のダム」を題名にした最初の論文。「緑のダム」は水不足の解消策との認識。
○1988年6月:太田威「ブナの林は緑のダム」刊行。「緑のダム」を題名にした最初の図書。「緑のダム」はブナ林のみがもつ機能との認識。
○1995年3月:岡本芳美「緑のダム、人工のダム」刊行。「緑のダム」が科学的ではなく、情緒的に語られていることに対する反論。
○1997年3月:河川法改正。「環境重視」と「住民との対話」が新たに盛り込まれる。
○2000年11月:民主党(当時)鳩山代表の諮問機関「公共事業を国民の手に取り戻す委員会」が第一次答申「緑のダム構想」を答申。以降、「緑のダム」はコンクリートダムの機能を代替するものとして認識される。
○2000年12月:水資源公団(当時)「ミズレターno.11」において「ダムと森林」を特集。民主党構想に反論。民主党からの反論はなかった。
○2001年3月:国交省河川局ホームページに「オピニオン『緑のダム』が整備されればダムは不要か」掲載。民主党の「委員会」や「脱ダム論」の動きに反論。
○2001年5月:「吉野川第十堰の未来をつくるみんなの会」が委嘱した専門委員会「吉野川流域ビジョン21委員会」の発足。「緑のダム」と呼ばれる森林の洪水防止機能を科学的に検証することが研究テーマの一つ。
○2001年6月:民主党、「ダム事業の抜本的な見直し及び治水のための森林の整備の推進等のための緊急措置法案」(緑のダム法案)を第151国会へ提出。
○2001年11月:日本学術会議、農林水産大臣に「地球環境・人間生活に関わる農業及び森林の多面的な機能の評価について」を答申。
○2002年6月:広島大学中根周歩教授が「球磨川・川辺川流域における緑のダム構想」発表。「緑のダム」だけでは洪水は防御できないとの反論も出される。
○2003年3月:第3回世界水フォーラム、「水と森林委員会」主催の「水と森」分科会、林野庁主催の「水と森林円卓会議」が開催され、「水と森林に関する行動のための琵琶湖宣言」を採択。
(2010年以降は目立った論争や政治的動向は確認できない)
上記「2001年11月:日本学術会議、農林水産大臣に『地球環境・人間生活に関わる農業及び森林の多面的な機能の評価について』を答申」は画期的な答申であり重要部分を引用する。
○治水上問題となる大雨のときには、洪水のピークを迎える以前に流域は流出に関して飽和状態となり、降った雨のほとんどが河川に流出するような状況となることから、降雨量が大きくなると、低減する効果は大きくは期待できない。森林は中小洪水においては洪水緩和機能を発揮するが、大洪水においては顕著な効果は期待できない。
○あくまで森林の存在を前提にした上で治水・利水計画は策定されており、森林とダムの両方の機能が相まってはじめて目標とする治水・利水安全度が確保されることになる。
洪水対策として「緑のダム」効果に多くの期待はできない、との提言である。
参考文献:「洪水論」(高橋裕)、「緑のダム」(蔵治光一郎、保屋野初子編著)
(つづく)
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