ヨシオがとった秘策とは?(画像:Photo AC)

■BCPをどう作るかは"皮膚感覚"の問題だ!

「ムリに原則論通りのBCPに従うのではなく、自社にとって本当に必要と思えるところから手をつける。いわば皮膚感覚のBCPというわけか。なるほどね」。ヨシオも納得です。副工場長に電話を掛け、お礼方々いくつか細かな点を確認し合いました。

さて、BCP策定の方向性はひとまず決まりましたが、安心しているわけにはいきません。次はBCP策定会議の段取りを組み立てなくてはならないからです。

会議に集まるメンバーはほぼ決まっています。東日本大震災が起こったとき、どぎまぎしながら部屋の中や廊下を右往左往していた中間管理層の面々。それが会議メンバーの顔ぶれです。当時のヨシオはヒラ社員でしたが、「上司のわりに、なんか頼りないよなあ…」という感想を持ったことを覚えています。会社として災害を生き延びるBCPを作るからには、是非とも部長さん、課長さんたちに参加していただき、しっかりリーダーシップを発揮してもらわなくては。ヨシオはそう心に決めました。

で、次にどんな会議を開くのか。前回の失敗BCPから得た教訓。それは動機や必要性がはっきりしないまま、つまり自分でも納得できないまま受け売り的にBCPの手順をなぞってはいけないということ。それが大失敗のもとなのです。ヨシオは副工場長と相談して決めた"本当に必要と思える検討テーマ"を書き出しました(詳細は後述)。

最後はスケジュールです。社長はもとより中間管理層は多忙でありますから、あまり時間をかけるわけにはいかない。ガマンできるのはせいぜい2時間、それを月1回か2回ずつ会議やれば、数か月で完成させることができる。彼はこのように判断しました。

■"本当に必要と思える検討テーマ"とは

さて、BCP策定会議のテーマとしてヨシオが書き出した"本当に必要と思える検討テーマ"をちょっと覗いてみましょう。なにしろ自社の現状をふまえて心素直に導き出したテーマなので、素朴かつシンプルであります。

一つは「避難計画」。災害が起こったとき、身に危険が迫ったら何がともあれ逃げないとまずいのです。次に「安否確認」。無事かどうかお互いに確認しなくてはなりません。中にはドサクサに紛れて故意に身を隠したり音信不通を決め込む従業員もいますが、それではいけません。会社はあなたの命を預かっているんです。そして、もし電車やバスが運休して従業員が帰宅できなくなったら、会社の判断でひとまず安全な場所に一晩ぐらい留まってもらう。これも大切。ただしこのとき何も食うものがないと、翌日ヘロヘロで動けなくなってしまうから、何か腹の足しになるものを蓄えておく。

そして地震なら地震の、水害なら水害の対処方法と行動手順が必要です。これもいろいろ工夫の為所がありそうです。いずれもどのオフィスにも必携の初動対応の活動です。

とは言っても、これだけならBCPは従来の防災と何ら変わりはありません。「事業継続計画」などと呼ぶからには、それ相応の意義と目的があるはずです。ざっくり申せば、災害が起こった時にすぐに立ち直るためには、被害が少なくて済むように日頃から防災・減災対策をしっかりやっておくことが必要でしょう。これがまず第一。ところが災害は私たちが考えているほど甘くはない。どんなにしっかり対策を講じたつもりでも、想定を超えた被害を受ける可能性も否定できません。復旧が長引くことが分かった時に、どんな手立てがあるのかについても考えておかなくてはならない。ここにBCPのコアの目的があるのです。

■キックオフでキックされたい人、前に出なさい!

本日は晴天なりではありますが、どうもキックオフミーティングの集まりがよろしくありません。もう予定の時刻というのに、まだ半分ぐらいしか来ていない。ヨシオは少し気を揉みながら、各長にはやく会議室へ来るように部下に命じました。

やっと全員揃ったのは会議開始時間を10分過ぎてからのことです。このころには社長も席についていました。社長はまず、以前の会議で述べた趣旨を繰り返しました。BCP策定は県との協定の実効性を高める上で必要不可欠であること、そして何よりも災害が起こったときに、きちんとしたBCPがなければ、下手をすると会社自体が危機的状況に見舞われて、協定活動どころの話ではなくなるかもしれない。過去の震災では、ただ一度の被害を受けたためにそのまま倒産に至ったケースがあることなども述べ、最後にBCPを持つことがいかに大切であるかを強調して締めくくったのでした。

「さすがは社長、いろいろな情報をお持ちだから、事例も具体的で説得性あるよなあ。それに引き換え、にわか勉強でBCPの策定を進めようとしている僕なんかは…」。社長の話に感服しているうちに、ヨシオはふと、これはちょっとまずいぞという光景を目にしたのです。営業部長が会議テーブルの下に頭を突っ込んで、客先からかかってきたらしい携帯電話の相手とひそひそ声で話しています。考えるふりをして腕組みをし、目をつぶって寝ているのは企画課長です。他にもスマホに目が釘付けになっている人、ワケもなくそわそわしている人、さまざまな人が目につきます。

■とっておきの秘策でのっけから意識転換をはかる

「なんだかなあ…いいんだろうか、これで」。暗澹とした気持になりかかっていたヨシオでしたが、こういうこともあろうかと、以前、副工場長と相談してあらかじめ決めておいた戦略的な行動に出たのです。

ヨシオは、シートを全員に1枚ずつ配ってこう切り出しました。

「みなさんのお手元のシートには、大地震が起こった時点から5分、30分、3時間、24時間、2日、3日と経過時間を区切った表が印刷されています。この表のそれぞれの時間ごとに、みなさんが地震発生以降どんな行動をとっているか、想像力を働かせて書いてみてほしいと思います。メモ程度の簡単なもので構いません。えっ? もう少し具体的な想定がほしい、ですか。地震は震度7、みなさんが平日の一日を通して最も活動的に動いている時間帯と場所をイメージしてください。その他の想定はご自由に補っていただいてけっこうです」。

このように述べてから、「それでは書き始めてください。10分経ったら終わりです」と言いました。

10分経過しました。ヨシオは全員が手を止めたのを見届けてから、ランダムに数人の上長にどんなことを書いたのかを答えてもらいました。もちろん結果は推して知るべしです。誰も満足に答えられなかったのです。中には完全に白紙の人もいました。

「これが今の当社の現実です。頭ではなんとなく分かっているつもりでも、実際に自分の行動に当てはめてみると何一つ答えられません。これで明日にでも大地震が起こったら、みなさんテキパキと判断し、スムースに行動できるでしょうか」。会議室はシーンと静まりかえりました。社長は無言で聞いていましたが、その顔にはかすかに満足の表情が見てとれたようにヨシオには思えたのでした。

(続く)