世界にはさまざまな形態の里親施設がありますが、その中でも動物たちにとっても受刑者にとっても自治体にとってもメリットが大きいのが、1981年にワシントン州の女性刑務所がワシントン州立大学とタイアップしてはじめた下記のユニークな刑務所里親施設プログラムです。

■刑務所におけるペットパートナーシッププログラム
(THE PRISON PET PARTNERSHIP PROGRAM)
http://www.prisonpetpartnership.org/


Prison Inmates Caring for Shelter Pets(出典:YouTube)

そもそもなぜ、刑務所で里親施設を行うアイデアが生まれたのでしょうか。受刑者と里親施設に収容された動物が、同じような生い立ちや生活境遇にあることで、お互いに置かれた関係を理解し、それぞれの収監期間内の退屈な日々の環境を改善できないか?というコンセプトから、実際に試行期間を得て、現在に至っているということです。

最初は殺処分ゼロ対策として、刑務所の長期受刑者達に収監施設で同じくらいの寿命を持つペットを飼ってもらうことが行われていましたが、地域社会や動物愛護団体からのさまざまな意見により、里親施設として、双方の考えが融合されて今の形になったそうです。


"Jail Dogs In 1C" Webisode 1 Meet some incredible Dogs!(出典:Youtube)

1頭の殺処分のコストは日本円にして約5万円。地域で年間5000頭を殺処分していれば、毎年約2億5千万円が必要ですが、刑務所に里親施設を作ることにより、飼育費用はフード代くらいなため、大幅な予算の合理化に繋がったこと。

もちろんすべての受刑者が刑務所内での里親活動を行えるわけではなく、スクリーニングにより、下記の条件をクリアした受刑者だけが選択されています。

・過去の犯罪履歴を調べて、動物、人に危害を加えた犯罪歴のないこと。
・収監部屋内で2人1頭で飼育することに同意できること。
・動物行動学や心理学、基本的なしつけや健康管理を継続的に学ぶこと。
・定期的に専門家のカウンセリングやストレスチェック、インタビューを受けること。

※ただし、詳細は施設によっても異なる。


このシステムを構築するまでには、何度も市民広聴会(パブリックヒアリング)
が行われ、その中で「反省する目的で収容されている受刑者が、刑務所内で犬と一緒に楽しんで良いのか?」「受刑者が動物虐待をするのでは?」という趣旨の意見も多かったが、「出所後に再犯して戻って来るよりはいいのでは?」「犬たちにとっては殺されてしまうよりは幸せだと思う」など「過去の反省よりも未来の改善を!」という意見が強かったため実現に踏み切ったようす。もちろん簡単ではなかったようですが、結果的に最善の形となって安定した予算も付いて実現しています。

刑務所里親施設プログラムにおけるそれぞれのメリット

1、受刑者のメリット
①刑期中に里親活動を通じて、ペットシッターやしつけトレーナー、パピーウォーカー、施設犬訓練士、ペットカウンセラーなどのライセンスを得ることもでき、就職先の斡旋なども受けられるため、出所後に仕事を得られやすくなる。
②受刑者の心の養生になり、責任感、自信、愛、命や家族の大切さ、心のぬくもりや心のバランスの取り方を受刑者自らが動物たちから学ぶ。
③ 自分が担当だった動物を出所後に引き取ることができる。
④刑務所によっては、里親教育担当動物を必要に応じて人に慣らせることなどの目的で収監部屋で飼うことができる。
⑤世の中の役に立つことと正しいことを行うことの喜びと感動を知る。
⑥担当する動物の存在が受刑者の心の居場所となり、心のケアになる。



出典:County Jail's Animal Farm Gives Inmates a Second Chance - Crime Watch Daily

2、動物たちのメリット:
①里親動物収容計画に基づき、健康チェック、去勢、マイクロチップ装着、基本的なしつけを覚えるため、里親に迎えられやすくなる。
②担当以外の受刑者に触れる機会も多く、人になれやすい。
③食事・運動・メンタルなど心身の健康管理を里親に引き受けられるまで継続的に受けられる。
④犬の場合、広々としたドッグランで、毎日、思いっきり遊べる。
⑤殺処分を免れる。
3、動物管理局等行政側のメリット:
①受刑者が動物の健康管理を行うため、行政側担当者の人件費が掛からないなど予算の合理化ができる。 
②トイレ、呼び寄せ、お座り、待て、ヒールなどさまざまなしつけ済みのため、里親に受け入れられやすい。
③受刑者の情操教育にもなり、出所後に活かせる資格を取らせたり、インターンなどの機会を与え、就職も有利になるため、再犯率が減る。
④さまざまな動物ボランティア活動団体や個人が、限定された刑務所の地域内で里親活動を共同できる。
⑤動物管理センター側は殺処分コスト1頭約5万円x頭数の大幅な削減になる。刑務所側は受刑者の再犯率を下げることで、受刑者に掛かる年間コスト1人約300万円x受刑者数を減らすことができる。


受刑者がペットの担当者になるためには、収監理由などをチェックする前提条件があり、動物虐待などの可能性を予防するために受刑者のスクリーニングはもちろん、収監生活の態度や言動などの評価など厳しいルールがあります。

また、受刑者は自分の担当したペットの日報台帳(写真、保護場所、管理番号)に観察結果などを記入し、里親候補者の要望に応じて、健康状態やクセ、施設でのしつけ訓練履歴などをいつでも見せられるように維持管理しておく等の事務処理もあるが、これらの習慣も出所後に活かすことができます。

現在、アメリカを始め、数カ国で刑務所内に里親施設を設置し、上記の各メリットにあるような目的を果たすために実施され、先進国で増え続けています。

下記の2つのビデオでは、受刑者の心が動物によっていかに開かれ、社会に復帰して健康的な生活を送るという自信も芽生えているのがわかります。



"Jail Dogs In 1C" Webisode 2 Catching up with the Dogs(出典:YouTube)


Jail Dogs Winter Webisode 3 Happy and Safe Homes Wanted!(出典:YouTube)

いかがでしたか?

日本でも殺処分対策は各市町村で大きな課題となっていますが、結果的に民間の動物愛護団体のさまざまな負担が大きく、ペット共生環境の根本的な問題解決にならず、継続的に上手くいっていないところも多いと聞きます。

この刑務所での里親施設プログラムは、ある意味において日本の飼養施設や飼養環境、殺処分に関しての改善施策の1つの入り口になる気がいたします。

近年、以前に比べて、 飼育動物環境はかなり改善され、人とペットの生活も向上していると思いますが、やはり国に依存せず、地方自治体が自ら本気になって、取り組む必要があると強く感じます。

それでは、また。


THE PRISON PET PARTNERSHIP PROGRAMや刑務所の里親施設見学 に行かれたい方は、一般社団法人 日本防災教育訓練センター(http://irescue.jp)で事前アポイント、通訳、施設見学などのコーディネートと現地通訳、刑務所里親施設設立マニュアル等の翻訳も行っています。お気軽に03-6432-1171 または、info@irescue.jpまで、ご連絡ください。

(了)