まずBCPの会議を開くことができたヨシオ。次にしなければいけないことは?

個々の社員の力を一つにまとめるために

ヨシオの機転で、ひとまず会議メンバーの危機意識を無理やり引き出すことに成功したわけですが、次に待っているのは、実際に危機が起こったときにどう彼らの意識を一つにまとめればよいのかという問題です。しかし、これはさほどむずかしいことではありません。一度は気が進まなくなって読むのを止めていたBCPの参考書を見直してみると、そこにとっておきのことが書いてあるではありませんか。そう、「災害対策本部」もしくは「緊急対策本部」と呼ばれる組織編成のことです。

参考書によると、こんなことが書いてありました。災害発生直後の初動段階では、一刻を争うことが多いから、いちいちアレをしなさいコレをしなさいと指図している暇はない。むしろ日頃の訓練などを通じていつでも自主的にテキパキ動けるようにしておくことが肝心である、と。しかし、危機のクライマックスを超えて一段落した後はどうか。会社が物的な被害を被り、出社や帰宅できない従業員があちこちにいて、インフラや交通網はズタズタ、納品を明日に控えた商品の多くが破損して引き渡せない…。こんな状況の中では社員一人ひとりの自主的な判断のレベルではもはやどうにもならないであろう。そこで必要となるのが、会社組織として合理的に危機を管理する能力、復旧に向け、全社一丸となって行動できるようにベクトルを合わせる力なのである。と。ヨシオは「なるほど!。避難計画や安否確認といった手順を決める前に、災害対策本部の組織メンバーを決めるのが先決だな」と納得し、次回の第1回目のBCP策定会議に臨むことになったのでした。

知識・経験不問。いつものあなたで良し!

さて第一回会議当日です。ヨシオが最初に会議メンバーに説明したのはその意義と目的です。「みなさん、災害が起こると、いろいろな人が集まって議論しながら指示や命令を出す様子をテレビや映画ご覧になったことがあるかと思います。"災害対策本部"と呼ばれている組織のことですが、今日はまず、当社でもこの組織のメンバーを決めたいと思います」。

さっそく手が上がりました。「ああ、災害対策本部ね。以前のBCPの会議でも決めたようだから、その時のメンバーでよいのでは?」。

「確かに前に決めてはいたようですが、その後いろいろ人が入れ替わっています。本社から地方へ転勤になったり、その逆の人もいると思います。おまけに私にとっては初めての進行でもあるので、もう一度やらせてください」。ヨシオはこう言いながら、ピラミッド型の組織の構図と名前を、どしどしホワイトボードに書き込んでいきました。災害対策本部長=社長、副本部長=専務…といった具合です。

会議メンバーの一人が発言します。「基本的には中間管理職以上、全員ということね。一般従業員は含まれない。まあそれは良いと思うんですが、だれも危機管理能力に長けた人や、危機を乗り越えられるようなアイアンマンみたいな特別な人はいないですよ」。

ヨシオは答えます。「そのような特別なスキルや能力のある人なんて、もちろんいるわけがありません。いつものみなさんの立ち位置でかまわないと思います。広く解釈するなら、災害と言えども、事業活動の前に立ちはだかったリスクの一つに過ぎません。競合メーカーが画期的な製品を発表したとか、輸入部品のコストが跳ね上がったとか、景気低迷で業績がよくないといった日常のリスクに対しては、みんな汗を流し、知恵を絞りながら組織一丸となって立ち向かうでしょう。それと一緒だと思います」。

どんな時でも会社に駆けつける? 気が重いなあ…

別の席から手があがりました。「災害対策本部のメンバーって、けっこう責任重大でしょう? 災害が起こったら、夜中であれ休養中であれ会社に駆けつけなきゃいけない。もし連絡がとれなかったり、来るのをサボったりしたら白い目で見られる。そんな印象があるのですが、実際のところどうなんですかね」。

この質問にはヨシオもちょっと言葉につまってしまいました。すると、総務部長がそれをフォローしました。「このあたり、ちょっと整理して考えてみよう。まず、就業時間中に災害が起こったとする。その時、会社に深刻な被害が出たようなら、社内にいる災害対策本部のメンバー全員に声がかかりますな。もちろん出張中の人、休暇をとって在宅中の人にも(その人が災対メンバーなら)ひとまず連絡はします。ただしすぐに会社に駆けつけなさいなどと強要したりはしません」。みんなフムフムと聞いています。

総務部長は続けます。「しかし、災害は就業時間中だけに起こるとは限りません。夜間や週末ってこともある。問題はこのときだね。災害の種類にもよる。火災などの場合は災害対策本部長を中心に数名で様子を見に来るだろう。警察の聞き取りとか消防の現場検証とかあるだろうからすぐに他のメンバーに声がかかることはないと思う。次に大地震の場合。これはすべてのメンバーが同時に被災する可能性があるから、まずは自宅と家族の安全が最優先ですよ。つまり、この場合もまた、災害対策本部メンバーの責務として何が何でも今すぐ会社に来なさいということにはなりません。そして各自の無事を確認した上で、出社可能ならば就業時間の範囲内で出社するよう要請します」。ヨシオは総務部長の考え方をホワイトボードにまとめながら、「これで参集の是非の問題は何とかクリアできそうだ」とホッとしました。

路頭に迷うことも視野に入れておこう

先ほどと同じ上長からまた手があがりました。「緊急時にメンバーが集まるルールについては分かったのですが、ところでどこに集まるんでしょう? 仮に会議室やカフェテリアだとしても、火災でその部屋が焼けてしまった、地震でヒビが入ってしまった、なんてことになったら、行き場を失ってしまうんじゃないですか?」。

ヨシオはよどみなく答えました。「そんな場合に備えて、BCPでは第二の候補地を決めておくことになっています。当社のフロアには各階に1つ会議室がありますから、下の階が危険なら上の階の会議室とか…」。とここで、ツッコミを入れたのは総務部長です。

「いや、それじゃダメさ。ビル自体へのアクセスが制限されることだってある。ひとまず本社から徒歩で30分の場所にある営業所の会議室を第二の候補地としよう。とは言え、大地震だと広域的に停電で電気が使えない可能性もある。照明もノートパソコンも使えない。そんな場合に備えて本社にも営業所にも当社の小型発電機を常備しておくとよいね。会社の強味だ。あ、そうそう。発電機用の燃料も忘れずに確保しておこう。それとノートパソコンの話が出たついでに、災害対策本部の運営に必要なアイテムをリストアップしよう」。こう言ってヨシオにホワイトボードに書き出すよう指示しました。

(了)