今年7月5日に九州北部で発生した記録的豪雨は死者35人、行方不明者6人(7月28日現在)という甚大な被害をもたらした。この3年間だけを見ても昨年の台風10号、一昨年の関東・東北豪雨、3年前の広島土砂災害と、日本各地で風水害による大きな被害が繰り返し発生している。地球温暖化の影響で今後水害はさらに激甚化・局所化すると見られ、すべての自治体がこれまでに経験したことのない水害に直面する可能性が高まっていると言えるだろう。

東京都江戸川区土木部長として長年水害対策にあたり、現在リバーフロント研究所理事を務める土屋信行氏は、防災力の自治体格差を懸念する一人だ。特に被災経験のない自治体を心配する。各自治体の災害対応マニュアルをシステムに取り込み、自治体職員の初動を支援する「初動支援キット 風水害モデル」を提供している日立システムズとともに、防災力向上のポイントを説明する。
 

自治体の水害対策レベルの差が顕著に

土屋九州北部の豪雨は停滞する前線に温かく湿った空気が流れ込み、積乱雲が発達し続け帯状に連なる線状降水帯が形成されたのが原因です。台風や豪雨を防ぐことはできないので、事前の対策が頼みの綱です。減災にはインフラの強化と管理体制の進歩、関係機関の効果的な連携、そして国、自治体職員、そして住民のレベルアップが不可欠です。

現在、私が最も懸念しているのが、自治体の災害対策力に生じている大きな差です。過去に被害を受けた地域は被災体験があるので知識や経験が蓄積され、学習や啓発も進むので災害対策力が高い。しかし、被災経験のない自治体の対策は手薄になりがちです。当然、住民の避難など災害に対する意識も大きく違います。昨年の台風10号によって北海道であれだけの大きな被害が出たのは、北海道に台風は来ないという思い込みもあったからです。

九州北部の豪雨被害

――   各地を取材していると、自治体の力量の差は確かに大きいと感じます。避難指示のタイミングや避難所の開設と運営、関係機関との連携、資機材の設置、物資の管理、住民への情報提供など重要な業務を担っているはずなのですが。
日立システムズの本庄さんはどのように思われますか?
 

 
公益財団法人
リバーフロント研究所
理事 技術参与 博士(工学)
土屋信行

1975年東京都入都。東京都建設局課長、江戸川区土木部長などを歴任。ゼロメートル地帯の洪水の安全を図るため、2008年には「海抜ゼロメートル世界 都市サミット」を開催するなど、幅広く災害対策に取り組んでいる。現在、公益財団法人リバーフロント研究所理事。「首都水没」(文藝春秋)著者。

本庄はい。土屋さんが指摘する知識と経験の問題は、自治体職員の方々も自覚されています。150以上の自治体の防災担当者を対象にした我々のヒアリング調査でも、同じ危惧が寄せられました。自治体の職員に人事異動が多いことも一つの要因だと思います。

他にも職員のみなさんが気にかけていたのは時間外の参集や体制配備、避難所の対応など初動に関する取り組みです。日本全体で見ると災害が頻発していても、一つの地域に限定すると滅多に起きてはいない。訓練を実施しても年に数回なので、日常業務ほど習熟できないがゆえの難しい問題です。そのため当社では、災害対策マニュアルを取り込み、職員目線で災害対策の初動を包括的にサポートできる「初動支援キット」の提供を通じて、これらの課題解決を支援しています。

山下日立システムズがこれまで主に手がけていたのはIT分野のBCP。データのバックアップやシステムの冗長化などです。しかし、防災担当者へのヒアリングで明らかになったことは災害対応のベースになるマニュアル習得の難しさ。そして、すんなりいかない各部署間の情報伝達でした。そこで我々のITという得意分野を生かして何か支援ができないかと考え、新たに開発したのがこの「初動支援キット」です。すでに販売している地震・津波モデルに加え、地震よりも発生頻度が高く要望の多かった風水害モデルの販売を今年度から開始する予定です。

本庄「初動支援キット」の一つの特長はパソコンやスマートフォン、タブレットなど手元の端末に、一人ひとりの職員がそのときに実行しなければならない業務や具体的な行動が表示される点にあります。例えば、発災直後ならまず安否確認です。そして参集の指示が表示されます。職員は端末に安否や参集の可否を入力していきます。端末には参集後の初動業務が順序立てられて表示され、業務を遂行しながら報告を入力していきます。分かりやすく言えば初動業務のナビゲーションシステムです。

各部署の責任者や災害対策本部は報告、連絡された情報をリアルタイムに確認し、システムを介して新たな指示を伝えます。災害が発生することを想定し、72時間前から気象変化に応じた配備体制が取れるように支援します。

 
株式会社日立システムズ
サービス・ソリューション事業統括本部
プラットフォームソリューション事業推進本部 
プラットフォームソリューション推進部
技師 本庄哲哉
 
株式会社日立システムズ
サービス・ソリューション事業統括本部
プラットフォームソリューション事業推進本部 
プラットフォームソリューション推進部
主任技師 山下博史
写真を拡大 「初動支援キット 風水害モデル」の利用イメージ

土屋命を守れるかどうかは、初動のスピードに大きく左右されるので、スムーズな業務の遂行は非常に重要です。防災機関にとって究極の役割は命を守ること。ですからそれを支える職員の体制が整備できるかが大事。このシステムは対策の進んでいる自治体にもプラスになりますが、特に災害の経験がなく行政の災害対策が進んでいない地域でより高い効果が期待できます。

 

初動スピードが対策のカギ 住民支援機能も

――   「初動支援キット」を使えば自分のやるべきことが表示されるので、おおげさに言えば何も知らなくても端末を見ながら順番通りに業務を実施すればよい。

本庄そうです。各自治体の災害対応マニュアルや地域防災計画などを基に職員の初動業務を整理し、災害対策本部を中心に体系化します。進捗状況も表示できるため、初動活動の全体像を把握しやすく、停滞している業務にもすぐに気づくことができます。記録の保持と関係機関への報告用に、活動時刻や意志決定したときの初動関係者からの報告内容などの活動履歴も自動保存されます。

土屋初動でまずネックになるのが参集です。「初動支援キット」では参集の指示がそれぞれの自治体が決めた基準でシステム化され、参集可能な人数をすぐに把握できるのはありがたい。なぜなら非常時には随時発生する対応に追われ、参集の指示を出す時間がかなり限られます。さらに、怪我や交通網の被害ですべての職員が参集できない中で人員をやりくりするので、参集人数はできるだけ早く正確に把握したい。阪神淡路大震災では亡くなった方も含めて約6割の自治体職員が参集できませんでした。

自治体職員の支援体制を整えることは重要です。それと同じように欠かせないのが住民へのサポートです。

――   「初動支援キット」に住民を支援する機能はありますか。

本庄はい。「初動支援キット」にはスマートフォン、タブレット向けのアプリケーションによる住民へのサポート機能があります。アプリケーションでは指定避難所を地図上に表示します。GPSと連動し、選んだ目的の避難所の方向と直線距離が示される仕組みとなっています。道路の寸断もありえるのでナビゲーションシステムのような道順ではなく、あくまでも避難所までの直線的方向を表示します。Android系のスマートフォン、タブレットおよびiPhone、iPadに対応しています。

土屋それはいいですね。自治体が防災無線などで避難を促しても、避難所の場所さえ把握していない住民は少なくありません。ハザードマップも知らず、危険性に目を向けない方もいらっしゃいます。年に一度の防災訓練も年配の方が中心で、若い人たちの参加はまれです。防災では自助、共助、公助が大切だと盛んに言われていますが、ファーストステップである自助がおろそかだと共助にもたどり着きません。アプリケーションなら若い人も手を出しやすい。

本庄アプリケーションのインスト-ル自体は簡単なので、一度、ダウンロードしていただければ避難所の情報が手に入ります。しかし、住民向けのアプリケーションを活用する方はハザードマップにも目を通すような、もともと防災意識の高い人たちかもしれません。

土屋そうであっても、近所の一人でもアプリケーションを見ながら避難所に向かって移動すれば周りの人たちも続いて移動します。家族の一人が何気なしにアプリケーションをインストールするかもしれない。本人があまり意識しなくても地域の防災力アップに貢献しているわけです。

避難所が表示されるアプリケーションの地図には、洪水、土砂災害、浸水などのハザードマップを重ね合わせて表示できますか。避難中に別々の地図を照らし合わせて確認するよりも、一枚の地図を見て現在地が危険地域なのかどうか、すぐに分かったほうがいいですよね。

山下アドバイスありがとうございます。「初動支援キット」の導入サービスの中で、ハザードマップや防災マップの上に指定避難所を表示させるなど、自治体さまのご要望に応じた地図アプリケーションの作りこみが可能です。

 
 

避難所の物資をアプリケーションで管理

本庄「初動支援キット」は避難所などの防災拠点の管理にも力を発揮します。Webベースの専用アプリケーションを使うことで操作は極めて簡単です。避難所で入力した情報は離れている災害対策本部などへすぐに伝わります。例えばアプリケーションを使って避難所の開設完了を現地で入力すると地図上にマッピングされた避難所の色が変わる。避難者の受け入れ人数や備蓄配備している救援物資の状況などもアプリケーションで同様に管理できます。

情報を簡単に更新できるのでリアルタイムに状況を把握でき、先手を打った対策が可能になります。例えば、避難者が受け入れ上限を超えそうなら別の避難所への誘導を開始する。職員や毛布や食料などの物資を先回りして補充することもできるでしょう。このように災害対策本部と現場との結びつきを強化し、効果的な対策を手助けできます。

土屋避難所の運営で自治体の職員が気をつけるべきなのは過度な介入です。一番の問題は避難所の責任者が自治体の職員になること。ここには避難所に設定されている学校の学校長も含みます。ひとたび大きな災害が起これば、職員の業務は急増します。日頃の業務に加えて、例えば援助物資の割り振りや応急危険度判定、り災証明の発行など膨大な業務が発生し、人手が足りないうえに避難所の責任者に職員がなると業務に手が回らない。従って避難所の直接的な運営は自治会など地域住民の自主運営に任せるのが基本で、職員はあくまでもサポートに徹するべきです。

ですから避難所を運営する地域住民に、自治会や自主防災組織の役員だけでもこのシステムに加わる地域ぐるみの活用はできるのでしょうか。

山下「初動支援キット」には、災害対策本部向けだけでなく、地域防災拠点/避難所向けの製品もラインアップしています。地域防災拠点/避難所向けの製品では、地域住民や自治会や自主防災組織、ボランティアの方などと連携した協働体制にて、地域防災拠点/避難所の運営をサポートします。地域住民やボランティアなど実際の運営にあたる人たちの責任者に、一時的なIDを渡すことで効率的な避難所運営が実現できます。

 

流域自治体の連携が不可欠

本庄土屋さんは自治体単位ではなく、河川の流域単位での水害対策を勧めていますね。

土屋そうです。なぜなら河川の上流と下流に隣接する自治体であっても、避難の判断が一致しないケースが起こりえるからです。というのも避難勧告や避難指示を発令するのは自治体の首長の仕事。その首長が頼るのが警報や注意報です。警報や注意報は自治体単位で発表されます。洪水が起これば水は上流から下流に向かって流れますから、自治体レベルで避難の判断がばらばらになり、避難が遅れるよりは、流域で判断して早めに避難したほうがいいわけです。

また、防災の専任職員がいない自治体も数多くあり、自治体の防災レベルが千差万別です。流域で対応すれば自治体間の協力が実現し、地域的な防災力アップが期待できるのです。

――   地球温暖化の影響で記録的な豪雨は増えると予想されています。今のような自治体の防災格差は、できるだけ早く解消されることを望みます。

土屋残念ながら水害の危機意識は地震と比べて低いと言わざるをえません。洪水対策は地震対策と全く別もの。官と民が手を取り合って防災力を強化しなければなりません。今後も水害BCPの必要性を説き、防災力のアップに協力していきます。

山下「初動支援キット」は自治体だけではなく、企業の災害時における初動の支援にも広げる予定です。我々もさまざまなサービスで社会に貢献していきたいと考えています。

土屋自治体は防災の最前線です。ぜひ、強力なサポートをお願いします。

 
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    公益財団法人リバーフロント研究所
    理事 技術参与 博士(工学)
    土屋信行

    1975年東京都入都。東京都建設局課長、江戸川区土木部長などを歴任。
    ゼロメートル地帯の洪水の安全を図るため、2008年には「海抜ゼロメートル世界 都市サミット」を開催するなど、幅広く災害対策に取り組んでいる。
    現在、公益財団法人リバーフロント研究所理事。「首都水没」(文藝春秋)著者。

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    日立システムズ
    サービス・ソリューション事業統括本部
    プラットフォームソリューション事業推進本部
    プラットフォームソリューション推進部
    主任技師
    山下博史
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    日立システムズ
    サービス・ソリューション事業統括本部
    プラットフォームソリューション事業推進本部
    プラットフォームソリューション推進部
    技師
    本庄哲哉