チューリッヒ保険会社 企業保険事業部本部長の大谷和久氏

例えば海外子会社で販売している製品において、製品起因による賠償事故が発生した場合、あなたの会社が加入するPL保険はちゃんと機能するだろうか。保険は現地の税制や法律が複雑に絡み合うため、万が一の時に現地で保険金が適切に支払われない可能性もあるという。

「日本で製造し、海外子会社で販売する際に、少しでも海外向けに現地でカスタマイズを施した場合、日本で加入しているPL(製造物責任)保険は海外では適用できないことがある。PL保険だけでなく役員賠償保険や火災保険などの損害保険など、日本で加入している保険だけでは万が一の場合には支払いができないケースも多いのでは」と警鐘を鳴らすのはチューリッヒ保険会社で企業保険事業部本部長をつとめる大谷和久氏。その理由は、海外諸国の税制や、保険に関する法律がその国ごとに違うことにあると話す。

各国で違う保険に関する法律や税制

例えば、中国では中国国内で営業できる免許を持っている保険会社と契約していない場合、国をまたいだ保険契約は無効となる。「爆買い」に象徴されるように中国は現在、日本企業の大きな収入源になっている。しかし日本で製造したものを中国で販売しようと現地でカスタマイズを加えてしまうと、日本のPL保険は適用できなくなるのだ。大谷氏は「例え中国で保険をかけていても、その保険が十分な補償をしてくれるものなのか、現地の社員しかわからないものになっている場合が多い。これは非常に危ない。保険はリスクマネジメントの一部。海外子会社に任せっきりにするのはガバナンスの欠如なのでは」と疑問を投げかける。

税制に関しても、海外ではさまざまな対応が必要だ。日本であれば保険は無税で、保険を支払う場合に特別な税金や消費税を払う必要はない。しかし実は日本の方が世界的に見れば少数で、ほとんどの国には保険料を支払う時に「保険料税」が発生する。仮に保険料税に相当するものがなくても消費税が生じる場合もある。すなわち、海外のリスクを日本の保険で補償する場合「本来であればその国に支払わなければいけない税金」を払っていないことになり、脱税行為とみなされる可能性が高いのだ。

もっと複雑なケースもある。例えばインドでは、法律で国外から保険をかけることは認められているが、海外から保険金を直接支払うことは認められていない。すなわち実質的には海外から保険をかけられないのだ。韓国ではPL保険は国外からかけることはできるが、工場などの火災保険については国外からかけることができない。そのほかにも数限りない「例外」があり、日本国内の1企業がその事情全てを把握するのは非常に難しい。

海外子会社をガバナンスする難しさ。各国から保険証券を集めたらダメ!

海外子会社のガバナンス強化が急務となっている(Photo AC)

今年に入って、世界的な大手複写機メーカーの海外子会社で「不適正な会計処理」が発覚し、2017年3月期の決算発表を延長する事態に陥った。同社の海外売り上げは6割に達するため、海外子会社のガバナンス強化が急務となっている。大手総合電機機器メーカーの1兆円近い巨額の損失も、元をただせば海外での無理なM&Aに起因する。現在、日本企業の海外子会社のガバナンスは非常に難しい場面に直面している。

保険にも、実は同じことが言えるのではないだろうか。保険を担当しているのは企業の総務部門であることもまだ多く、前述したようにそれぞれの国の事情を勘案しながら保険を検討することは非常に難しい。いきおい、現地の海外子会社に任せきりになっていまい、保険の内容がブラックボックス化してしまうのだ。さらに現地採用の社員に保険の契約まで任せている場合は、その社員が辞めてしまったら保険証券の場所すら分からなくなってしまうこともあるだろう。

それでも企業が海外子会社のすべての保険を見直すことは、容易なことではない。「もっともいけないパターンが、(海外子会社の)保険を見直すために、まず各国に手配して保険証券を集めるやり方。これだと集めるだけで時間がかかってしまうだけでなく、仮に集まったとしても、保険証券は現地の言葉で難しい専門用語が書かれているため、1つひとつ比較検討するのは不可能に近い。結局、時間切れになってしまい、うやむやになってしまうケースをたくさん知っている」(大谷氏)。

本社主導でグローバルな保険マネジメントを

「本社主導で保険プログラムを作るという、明確なマネジメントの意思表示が重要」(大谷氏)

ではどのようにしたら、海外子会社に適切な保険をかけることができるのか。

大谷氏は「まずは、本社主導で保険プログラムを作るという、明確なマネジメントの意思表示が重要。本社主導で保険の内容を確定し、いったんすべての保険を解約したうえで、本社の意向にあった保険プログラムを各国で手配していくことが、最適化への近道だ」とする。もちろん、各国の保険を最適化することで経費の削減につながることも少なくないという。

チューリッヒ保険は世界215カ国でサービスを展開しており、世界各国の保険関連規制を常時10名以上の弁護士や会計士からなるチームで分析。『インターナショナルプログラム』と呼ばれる、各国で最適な保険を提供できるシステムを構築している。このようなプログラムを企業の実態に合わせてテーラーメードで提供できる保険会社は、世界中でも数えるほどしかない。

同社が本社を置くスイスは、ヨーロッパのなかでも小国だ。そのため同国の企業は、古くから言葉も文化も法律も違う周辺諸国とのビジネス展開を余儀なくされてきたという。古くから習慣の違う国でビジネスを行ってきた同社ならではのサービスと言えるだろう。

まずは保険のリスクを把握すること

意外なことに(そうではないかもしれないが)、保険の規制が世界レベルで見ても厳しい国の1つが、ほかでもない日本だ。現に日本に拠点のあるスイスの大手メーカーは、本国からの保険が日本国内では適応されないため、同社の日本法人を通じて保険に加入している。日本が、いわゆる国家の規制に守られた「保険後進国」と呼ばれるゆえんだ。

大谷氏は「日本の企業では、まだ海外子会社の保険に関してそこまで考えている企業は少ない。しかし中小企業の海外進出が増えるなか、今後必ず直面する問題だと考えている。まず企業の経営者には、『海外子会社のリスク』の1つとして、保険リスクがあるということを知ってほしい」と、保険リスクの重要性について訴えている。

(了)

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