地方自治体や民間事業者に求められるリスク管理

株式会社三菱総合研究所科学・安全政策研究本部
社会イノベーショングループ
(元・内閣官房新型インフルエンザ等対策室内閣参事官)
平川幸子

2012年5月、新型インフルエンザ等対策特別措置法(以下、「特措法」)が成立し、1年後の2013年4月に施行された。この特措法は、2009年4月に発生した新型インフルエン

ザ(A/H1N1)の反省を踏まえるとともに、2011年3月に発生した東日本大震災の経験から、「想定外のリスク」を想定することを目的として成立したものである。

2009年の新型インフルエンザ(A/H1N1)は人々の記憶から薄れていっているが、2013年4月以降、中国で人への感染が確認されている鳥インフルエンザ(A/H7N9)や中東で感染が拡大しているMERS(中東呼吸器症候群)など、新たな感染症の発生は予断を許さない状況が続いている。

新型インフルエンザ等への対策は、特措法施行前から、感染症法や検疫法及び行動計画・ガイドライン等に基づいて対応が講じられてきた。本稿では、特措法によって、新型インフルエンザ等への対策がどのように変わったのか、自治体や企業はどのようなリスク管理が求められるのかに絞って、整理したい。なお、意見の部分は筆者の個人的な見解である。

新型インフルエンザ等対策特別措置法の背景と概要
わが国の新型インフルエンザ対策は、強い病原性の鳥インフルエンザ(H5N1)のヒトへの感染が東南アジアを中心に拡大したことを受け、2005年に政府が「新型インフルエンザ対策行動計画」を策定したところから本格化した。その後、2009年に豚由来の新型インフルエンザ(A/H1N1)が発生。その際は、病原性が弱いものであったこと、徹底した公衆衛生対策(学校休業や手指消毒など)を講じたこと、医療水準の高さなどにより、他国に比較して小さな被害に抑えられた。 

一方、2009年の日本政府の対策には多くの課題も指摘された。まず、病原性などの実態に即した柔軟な対策ができなかった点だ。例えば、事前の計画どおりに実施された水際対策(メキシコ・北米からの帰国便の検疫強化など)は、やりすぎとの批判を受けた。国内未発生期の水際対策(検疫強化)は国内の感染拡大を遅らせる効果が期待されているが、すでに国内発生した後に水際対策を行っても効果が限定的であるとの指摘もあった。 

また、迅速・合理的に意思決定する体制や、国と地方自治体の役割分担など、責任の所在が不明確であったことも課題として挙げられた。国と地方自治体の役割分担については東日本大震災でも課題とされたことである。こうした一連の対策について、国民に対するリスクコミュニケーションの不備も問題視された。 

さらに、事前準備、特にワクチンの製造能力や接種体制が問題となった。ワクチンの供給は発生後、約半年後に開始されたが、全国民分の生産には1年半程度かかるため、緊急輸入された経緯がある。また、緊急時に誰がどのように接種するか、といった接種主体・体制が定まっていなかった点も課題とされた。 

特措法では、発生した新型インフルエンザ等の病原性等に応じて、対策の実施の可否や中止を決定するプロセスや、国・地方自治体、事業者の役割・権限が明確にされている。また、予防接種体制等については、特措法によって、医療従事者等の登録事業者に優先的に接種する仕組みや、緊急時に全国民に被接種者が無料で接種できる仕組み等も構築された。