3.情報伝達・共有型図上訓練
今回、北九州市で実施した図上訓練は、図上シミュレーション訓練と呼ばれる型の訓練である。これにより、前節で見える化した組織の連携状況を実際に試すことができた。以下、本稿で図上訓練という場合には、図上シミュレーション訓練を指す。この訓練は、図3に示すように、訓練を受けるプレーヤー(参加者)と裏方として訓練を進行させるコントローラー(企画・進行役)やイバリュエーター(評価者)によって実施される。まず、市民や現場の職員の役をしたコントローラーが災害シナリオに沿ってプレーヤーに課題(例えば、「○○工場で火事。危険物の漏れが心配」という119番通報)を与え、それに対して関係部局が連携して対処の内容を決めていく。この課題を「状況付与」と呼ぶ。この繰り返しにより訓練が進む。その様子をイバリュエーターが記録し、訓練終了後に評価を行う。 

私たちが開発している情報伝達・共有型図上訓練では、状況付与がなされた後に、連携が必要な部局とそこで取られるべき行動の内容を意志決定ネットワークという形で事前に予測している。図3の右側は、「情報受付部門」「判断・調整部門」「実行部門」の3つの部局が連携して業務に当たることを示しており、これらの各部局が予定された対応(「個別行動」と呼んでいる)を行ったか、また、その所要時間はどれだけであったかをイバリュエーターが計測していく。この結果を集計することにより、組織としての災害対応能力を手続きの円滑さの観点から定量的に評価することを目指している。なお、この訓練手法の源流は、平成19年度の北九州市総合防災訓練にある。通常の図上訓練では、このようなシステマティックな評価方法は使われておらず、訓練中に見聞きしたことや訓練参加者に対するアンケート結果をもとにイバリュエーターが評価を行う。このため、組織の災害対応能力改善について有意義な所見が得られるか否かは、イバリュエーターの腕次第であった。

4.平成25年度北九州市総合防災訓練の実際
今回の北九州市の訓練は、震災を想定しており、筑豊地方を震源とする直下型地震(震源の深さ10km、マグニチュード7.0、北九州市内で震度6強)と高知県足摺岬沖を震源とするプレート型地震(震源の深さ20km、マグニチュード9.1、北九州市内で震度5強)が相次いで起き、同市の瀬戸内海沿岸に津波警報、日本海沿岸に津波注意報が発令される想定で行われた。地震をきっかけに列車の脱線、土砂災害、危険物火災等のさまざまな被害が生じ、市役所の様々な部局が適切に連携しないとうまく対処ができないシナリオとなっていた。訓練は2場面構成とし、第1場面は発災直後(訓練時間は1時間30分)、第2場面は72時間後(訓練時間は1時間15分)とした。図4に当日の日程を示す。なお、プレーヤーは、災害シナリオを知らずに訓練に臨んでいる(ブラインド型訓練)。 

表2は、この訓練で課された状況付与の数を示している。計2時間45分の訓練全体で503件が付与された。このうち、人命被害防止、被害拡大防止、財産被害防止に関わる案件を重要付与と位置付け(目標による管理)、意志決定ネットワークを通じた部局間連携の追跡評価を行った。一方、一般付与は、市民からの問い合わせ等で実施の緊急性が低い案件である。ただし、たくさんの一般付与がなされることで災害時に生じる業務の錯そう状態が再現され、重要付与への取り組みがより難しくなる。 

第1場面を例に取ると、最初の部局に76件の重要付与がなされた後、これらの部局は104件の個別行動を取ると想定されていた。そして、次に担当する第2部局では100件、その後に続く第3部局では58件の個別行動が取られる想定であった。なお、途中で処理が完了する状況付与もあるため、後の部局に行くほど個別行動予定件数は減っている。これらを合わせ、1場面では262の個別行動を評価した。また、第2場面では35件の重要付与に対して93の個第別行動を評価した。先述のように、評価には、業務に要する所要時間も含まれる。今回は、訓練結果を明確に整理するために、次の制限時間を設けた。
 ・第1部局の個別行動 10分
 ・第2部局の個別行動 20分
 ・第3部局の個別行動 20分
このため、プレーヤーには、緊急性の低い状況付与を後回しにする等の優先順位付けも期待されている。なお、制限時間の長さは、訓練を行う地方自治体の考え方に応じて決めればよい。また、後述する危機管理教育・訓練支援システムのおかげで、訓練終了後に制限時間を変えて結果を集計し直すことも可能である。 

今回の訓練におけるイバリュエーターは、評価対象となる部局の部課長が中心であった。イバリュエーターは、正確な評価を行うためにその部局の業務全体を把握している必要があり、このような人選となった。実は、図上訓練では、プレーヤーに加え、コントローラーやイバリュエーターも様々なことを学ぶことができる。特に、イバリュエーターは、当該部局の災害対応の実際や他の部局との連携体制を俯瞰的に理解できる立場にある。今回のイバリュエーターは、各部局の実務を指揮する立場にあり、それは、実災害においても同じである。したがって、このようなイバリュエーターの人選は、実災害における業務の円滑化にも役立つと考えている。

5.危機管理教育・訓練支援システム
私たちが提案する情報伝達・共有型図上訓練の実施にかかる手間は、通常の図上訓練(図上シミュレーション訓練)とほとんど変わらない。ただし、通常の図上訓練自体の準備に多くの手間がかかり、地方自治体の中には、なかなか実施できない所も多い。私たちでは、この手間を減らして地方自治体が容易に図上訓練を行えるように、危機管理教育・訓練支援システムを開発している。このシステムでは、図5に示すように、訓練の準備、実施、評価、そして、訓練後の組織改善の4つの段階を一貫して支援する。さらに、訓練準備段階での災害シナリオや状況付与の共有、また、共通フォーマットで出力される定量的訓練結果を用いた教え合いのために、地方自治体間で協力し合える仕組みを作る予定である。2年間の開発期間を経て訓練の準備、実施、評価の部分はほぼ出来上がっており、今回の北九州市総合防災訓練の準備、実施、評価の過程を通じて大規模図上訓練においても快調に動作することを確認できた。 

図6は、図上訓練の実施場面における危機管理教育・訓練支援システムの動作の様子である。このシステムは、コントローラーとイバリュエーターを助けるためのものであり、プレーヤーは、災害時に用いる機器のみを用いて実災害同様の訓練を行う。情報伝達・共有型図上訓練では、各部局が行う個別行動の成否と所要時間を計測する。このために、コントローラー用のパソコンとイバリュエーター用のタブレット端末を連動して動作させる。