多勢を無勢で迎え撃つ

2012年に東京都が発表した被害想定によると、首都直下地震が平日夕方発生した場合の都内の帰宅困難者数は517万人。東京駅周辺ではその一割強にあたる60万人の帰宅困難者が発生すると言われている。2004年、すでにこれらの問題を見通していた東京駅周辺の事業者62社が集まって設立したのが「東京駅周辺防災隣組」だ。一般財団法人都市防災研究所上席研究員で、東京駅周辺防災隣組の事務局長も務める守茂昭氏に地区の防災力と企業の役割について聞いた。

東京都千代田区の東京駅周辺に位置する大手町、丸の内、有楽町(以下、大丸有地区)は、日本を代表する多くの大企業本社が立地し、日本の経済活動の中枢機能が集中する地域だ。数字で表すと、エリア内にある企業はおよそ4200社。このうち東証一部上場企業が約80社集積し、売上高は133兆円で東証一部全体の約3分の1を占める(2011年度末時点)。 

この地区のまちづくりを検討する大丸有地区再開発推進協議会が、2002年に「東京駅周辺・防災対策のあり方検討委員会」(座長/現東京大学名誉教授の伊藤滋氏)を設置し、東京都の直下型地震の想定をもとに推計した結果、平日の夕方に大地震が発生した場合、東京駅周辺には60万人を超える帰宅困難者が発生することが明らかになった。 

このような想定を踏まえ、2002年に周辺事業者の有志62社で立ち上げたのが「東京駅周辺防災隣組」だ。その後、2004年に、千代田区から「東京駅・有楽町駅周辺地区帰宅困難者対策地域協力会」として行政上の位置づけを受け、区と連携した帰宅困難者避難訓練を開催するなど、まちの防災機能を高めるための活動、災害時における協力体制づくりなどを実施している。

「多勢を無勢で迎え撃つ」 
「発足当初は、どの企業もよその人間(帰宅困難者)まで自社施設に受け入れることは難しいという風潮だったが、東日本大震災以降、企業のマインドも変化してきた」(守氏)。大企業の“よその人は関係ない”という気質は社会では受け入れられない時代になっており、自社の利益を損なうことにもなり得る。帰宅困難者対策は社会貢献的な活動ととらえられがちだが、本来は自社の利益を安定させるものであるという。 

しかし、帰宅困難者対策は「多勢を無勢で迎え撃つということ」(守氏)。いくら自社の利益を安定させるためとは言え、1社だけで対応ができるものではない。だからこそ、地域の企業が連携して災害時のマニュアル作りや食料備蓄などを進めれば、解決に近づけるのではないか―。企業が主体となり地区防災活動を進める理由は、それぞれの企業を存続させることにある。

やるべきことをルール化 
同組では「ビジネス街らしい防災」「事業所間の共助」という考えを取り入れ、商業地域には通行人や就労者が集まることを踏まえて「分からなくてもできる防災」を目指している。 

まず、2012年に発災時に滞留者対策の一環として活動するルールの明確化に着手。防災隣組のメンバーで協議を重ね、2011年に「東京駅周辺防災隣組ルールブック」を作成した。ルールブックでは、平常時のルールとして隣組のシンクタンク機能やコーディネーター機能の強化などを定めたほか、発災時のルールとして情報連絡本部の開設基準や発災直後の取り組み内容(行政情報の収集・食糧・飲料水の配布)などを定めている。