状況に応じた柔軟な意思決定が重要


2004年7月に新潟県や福島県を襲った集中豪雨、通称「7.13水害」で被災した経験をもとに、その後の相次ぐ災害に対応してきた暖房・空調・住宅設備機器メーカーのコロナ。本誌リスク対策.comでは過去に一度、同社の当時の対応を特集で伝えたが、洪水被害の脅威を振り返る上で、同社の事例は外すことができない。現在の対策はどうなっているのか。再び、同社を訪れた。

2004年7月13日、新潟県では、梅雨前線に伴う豪雨により信濃川水系の五十嵐川や刈谷田川、中之島川の堤防が決壊し、広範囲で浸水が発生。県全体で死者15人、家屋全壊70棟、半壊5300棟など大きな被害を出した。 

三条市に本社を持つコロナは、近隣を流れる五十嵐川の洪水により、1階部分がほぼ水没するという被害に見舞われた。 

堤防が決壊したのは午後1時15分ごろ。川からあふれ出た泥水は、道路から田んぼや畑、そして家屋へと一気に流れ町全体を瞬く間に茶色に染めた。 

「何が起きたのか状況が分かりませんでした。(五十嵐川は)昔から暴れ川で、橋が流れたことは何回か見たことがありましたが、まさか堤防が決壊するとは想像もできませんでした」。当時取材に応じてくれた担当者は、洪水発生直後の状況をこう振り返っていた。迅速な判断が会社を救った 最初は社員がモップで水をはき出していたが、水かさは急激に上昇。現場ではあまりの異常さに気付き、即座に会社の入口や通路のドアをガムテープで巻きつけ、少しでも水が入ってくるのを防ぎながら、同時に従業員がパソコンや重要書類を2階に運び上げた。ドアの外は、胸の高さまで濁流が一気に押し寄せ、流れてきた大木などでドアのガラスが飛散。あっという間に1階の半分以上が水没した。 

わずか10分足らずの出来事だったが、迅速な判断により、従業員の生命と、30台ほどのパソコン、重要な書類を運び出すことができた。 

1階が浸水したことで、変電器はショートし社内は停電。工場でも1階にあった機械はすべて水没した。幸い、同社では2001年から、生産、物流、販売などの情報を管理する基幹システムを新潟市内のデータセンターにアウトソーシングしていたため、システム面での大きな被害は避けることができた。DR(ディザスタ。リカバリー)に加え、現場での適切な判断があったことで、事業への影響を軽減させることができた。 

ちなみに、三条市の本社には全従業員1800人のうち600人ほどが勤務していたが、被災当日は、安全性に配慮し、全員を翌朝まで社内に留まらせた。市内の道路は麻痺しており、濁流に飲み込まれる車もあったという。電気もなく蒸し暑い暗闇の中、コミュニティFMからの被災情報や非常食の配達情報はとても助かったと従業員の1人は振り返っていた。従業員は、翌朝には自衛隊のボートによって無事救出された。

本社が完全に復旧したのは8月の盆前。ほぼ1カ月かかったが、これは、経営者からの指示により、会社周辺の復旧作業を優先させたため。地元雇用が多いこともあり、できる限り地域への支援を優先させたという。