近年における地政学的動向

近年の世界情勢においては、全世界的に政治、経済、社会情勢が流動化しているという点は明らかである。詳細は省くが、具体的には下記のような地政学的な傾向を見出すことが出来る。

(ア) グローバリゼーションの進展

・全世界的に経済的、社会的な結びつきが拡大している。そのため、人・もの・金・情報・サービスが短時間で移動、共有が可能となっており、企業のビジネスモデルも変化しつつある。

・ 一方で、ICTの劇的な進展に伴い、波及するリスク(サイバーセキュリティ、風評リスク等)が拡大している。また、人が短時間で移動することが可能となっていることから、感染症のパンデミックのリスクも高まっている。


(イ) 世界的な格差の拡大

・ 世界的に格差が拡大する傾向となっている。この背景として(ア)のグローバリゼーションの進展を挙げる専門家も多い。一般的に格差の指数であるジニ係数が0.4を超えると社会が不安定化するとされているが、新興国の多くで0.4を超えている状況である。このことは、多くの新興国で社会が不安定化する要素を内包していることを示している。先進国でも格差の拡大が顕在化しており、例えば、米国は0.450、シンガポールが0.464(いずれも米中央情報局発表のCIA The World Factbookによる)となっている。

・格差拡大については、英国に本部置く国際協力団体Oxfam Internationalが2016年1月18日に発表したレポート「An Economy for the 1%(1%のための経済)」で、衝撃的な内容が記載されている。それによれば、世界で最も裕福な62人の総資産は、世界の下位半分(36億人)が所有する総資産とほぼ同じであり、2010~15年にかけて、世界の人口が4億人増えたが、世界の貧困層の総資産は約1兆ドル減少(41%減)したとされている。一方、世界で最も裕福な62人の総資産は、同時期に約1.76兆ドル増加(44%増)したとされており、格差の拡大が世界規模であるとしている。


(ウ) 欧州諸国等における右傾化

・2017年5月7日に行われたフランス大統領選挙の2回目の投票では、EU残留派のエマニュエル・マクロン氏が、極右政党の候補者に大差で勝利する結果となった。2016年6月の英国でのEUに関する国民投票でEU離脱派が勝利し、米国では2016年11月に米国第一主義を標榜するトランプ氏が当選する等、世界的に右傾化が進展する中で、このフランス大統領選挙結果について、多くのメディアが、極右勢力は退潮しているとの論調を展開した。

・しかしながら、2017年9月24日に実施されたドイツ連邦議会選挙、同10月15日に実施されたオーストリア国民議会選挙、10月20~21日に実施されたチェコの下院議会選挙において、極右政党が大躍進する結果となった(オーストリアでは極右政党が政権与党となり、欧州において外国人 (移民)排斥・民族主義的を標榜する政党が政権与党となっている国は、ポーランド(法と正義:PiS)、スイス(国民党)、フィンランド(真のフィンランド人)、ノルウェー(進歩党)、オーストリア(オーストリア自由党:FPO)の5ヶ国となった)。


(エ) 地域紛争の増加と難民の増加

・国連等の国際機関の紛争解決、平和維持に関する機能は明らかに低下している。例えば、1946年以降の世界の地域紛争のデータを収集しているスウェーデンのウプサラ大学のウプサラ紛争データプログラム(UCDP:Uppsala Conflict Data Program)によれば、武器を用いた地域紛争はリベリア内戦、ルアンダ紛争、湾岸戦争、ユーゴスラビア内戦、ソマリア内戦等が発生した1990年に50件を超え、ピークを迎えた。その後、徐々に減少したものの、2013年以降増加に転じ、2015年に再度50件を超え、2016年もほぼ同様の水準となっている。

・これに伴い、難民も増加している。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が2017年6月19日に発表した報告書によれば、2016年末時点の避難民の合計は過去最高の6560万人に達したとしている。現状においても、最大の避難民の出身国であるシリア情勢の収束は全く見えない状況から、今後の増加の可能性も否定出来ないと言える。


(オ)世界的な大衆迎合主義的な政策の増加

・テロの頻発、難民・移民の流入、格差の拡大、失業率の高止まり等の状況になった場合、社会不安が醸成される事に伴い、大衆迎合的な政策を掲げる政党への支持が高まる傾向が見られる。

・特に、(ウ)に挙げた欧州では、その傾向が顕著であり、「大衆迎合的な政策」→「極右政党への支持拡大」→「外国人排斥等の風潮の助長」→「テロ脅威の拡大」→「・・・」というように、悪循環となっている。


(カ) 一部国家における言論統制・報道検閲の限界

・新興国の多くでは、言論・報道の自由が極端に制限されていることから、一般市民が政府の発表する情報を信用せず、それよりも口コミ、うわさを信用する傾向が強く、そのことが風評リスクを誘発するケースも少なくない。

・しかしながら、そのような状況も徐々に変化する可能性がある。例えば、言論・報道の自由が制限されている中国では、インターネット利用者が7億人以上、携帯電話加入者が13億人以上と言われており、厳格な検閲下であっても、中国国内では中国政府・中国共産党への批判を含め多くの情報が飛び交い、政府による言論統制・報道規制が効かなくなっている兆候も見られる。


(キ) 人口増加と都市化の進展
・自然災害とは人に被害を与える災害であることから、近年の世界的な人口増加傾向、都市化傾向に伴い、自然災害は増加している。特に、人口増、内陸部から沿岸部への人口移動、都市化の進行等が顕著である新興国において、河川の河口地域の水はけが悪化しており、新興国を中心に洪水(内水型洪水)のリスクが大幅に拡大している。

・また、新規の感染症も含め、感染症リスクは今後も大きなリスクとなると予測される。感染症拡大の要素としては、病原体・宿主・感染経路の3点があるとされている。世界的に衛生状況は改善されているが、人口増、グローバル化の進展に伴い、感染経路が多様化し、宿主要因も多様化している。また、日々進化をする病原体(ウィルス)の要素を加味すると、今後も世界的な感染症リスクの顕在化は不可避であると言える。


(ク) 宗教対立の先鋭化

・近年における民族・宗教の問題は深刻である。特に、イスラム教と他の宗教との対立は頻発している。例えば、中国(新疆ウィグル自治区)、東南アジア(フィリピン/タイ・マレーシア国境地帯)、南アジア(インド・パキスタン/ミャンマー・バングラデシュ国境地帯)、中東(トルコ・アルメニア国境地帯)、南コーカサス、アフリカ(北緯10度線を挟んでのイスラム教・キリスト教の対立)等々がある。

・また、イスラム教の中での宗派対立(スンニー派⇔シーア派等)の対立も先鋭化している。特に中東においては、スンニー派・シーア派の対立が過激化しており、シリア・イラク・イラン・トルコにおいては、複雑化している状況である。

・さらに、イスラム国(IS)に代表される過激派と穏健派との対立もアフガニスタン、ソマリア、イエメン、リビア、ナイジェリア等でも続いており、解決の糸口は見えない。そのため、今後も世界各地で地域紛争が増加するものと言える。


(ケ) ナショナリズムの高揚(民族独立へのインセンティブ)

・1990年代初頭の旧ソ連の崩壊後、民族・宗教問題が高揚しており、(ク)のような状況が現出しているが、近年では、その傾向が顕著である。例えば、中東では長年にわたり、クルド人の独立の問題が存在している。クルド人の人口については、明確な統計はないが、既述のThe World Factbookでは、約3000万人がトルコ、イラン、イラク、シリアの国境地帯に居住しているとされ、国家を持たない世界最大の民族とも称されている。

・このクルド人の独立問題が近年、活発化している。その要因の一つがIS制圧における実働部隊の主力をクルド人が担っているためである。現状、IS制圧については、シリア、イラク、イランのそれぞれの政府が一部協力しながら、進められているが、クルド人部隊は米国、ロシアからも間接的に支援を受けているとされており、イラク国内のクルド人地区は高度な自治が実現している。それを更に広げ、クルド人国家樹立を目指している。

・2017年9月25日に実施されたクルド独立の住民投票は賛成がほとんどを占めたが、周辺国、米国等の反対により、立ち消えの状況である。また、10月1日に実施されたスペイン北東部のカタルーニャ州でも圧倒的多数で賛成派が勝利、同州議会が独立を宣言したが、中央政府は同州議会を解散し、自治権停止させた他、自国内に同様の問題を抱える数多くのEU加盟国は静観している状況であり、今後の展開は見えない。

・しかしながら、ナショナリズムの高揚は大きく拡大しており、英国のスコットランド独立問題、イタリアにおける北部州独立問題、ベルギーにおけるオランダ語圏とフランス語圏の対立問題等、欧州においても、今後大きな問題として、続くとみられている。

(コ) ISの崩壊に伴う中東情勢の混迷化

・現状の中東情勢は混迷化しているが、ISの事実上の崩壊に伴い、更に混迷化を深めている。シリアのアサド政権を支援するイラン、ロシア、その反体制派を支援するサウジアラビア等の湾岸諸国、IS制圧の実働部隊を支援するロシア、米国、それにISがこの地域でせめぎあっていた。アサド政権とISの両方の崩壊を望むトルコ、イエメンンを舞台としたサウジアラビアとイランの代理戦争等、複雑怪奇な状況が続いている。

・今般ISが崩壊し、クルド人の独立問題も相まって、更に混迷化が加速している。この状況は、かつてのパレスチナ問題、レバノン内戦にもみられる「モザイク」化の様相を呈しており、パレスチナ問題が遅々として進まず、レバノン内戦が約15年(1975~90年)続いたことを考えても、長期化は避けられないと言える。


(サ) Homegrown Terrorist / Lone Wolf Terrorist / Returned IS等による新たなテロ脅威

・米国ワシントンに本部を置く非政府組織であるPew Research Center(PRC)の2017年2月28日の報告書によれば、2070年には世界のイスラム教徒人口がキリスト教徒人口を上回るとしている。

・2015年1月1日現在、EU28カ国には17.4%の外国人が居住しているとされており、その約半分近くがイスラム教とされている。これら移民の多くがイスラム教徒であることから、欧州においても、今後のイスラム教徒人口増加は確実な状況である。


・当然ながら、ほとんどのイスラム教徒は穏健で平和的であるが、過激なイスラム原理主義に傾倒する比率がほんの一部であったとしても、それなりの絶対数が存在するのも事実である(ちなみに、神の前の平等という点が明確なイスラム教へ改宗するケースも増加している。英国BBCによれば、英国内で2001~11年にかけて、10万人がキリスト教からイスラム教に改宗したとされている。また、フランスでは最近数年間で7万人以上、ドイツも最近数年間で2万人以上がキリスト教からイスラム教に改宗したと言われている)。

・この他、ISに賛同し、世界中から参加した戦闘員は約4万人とされている。戦闘員の出身国としては、チュニジア、サウジアラビア、ヨルダン、モロッコ、トルコ、リビア、エジプト、イラク、インドネシア、パキスタン、ウズベキスタン、レバノン等のイスラム教徒が多数を占める国の他、ロシア、フランス、ドイツ、英国等でも500人以上が戦闘員としてISに参加していると見られている。一部報道によれば、今般のISの本拠地壊滅に伴い、既に5000人以上が出身国に帰還したとも報じられており、今後これら帰還した者によるテロが懸念されている。