市町村を助ける県の役割

災害時の機能に応じた組織体制
新潟県

避難勧告を出す権限があるのは市町村長だが、時として市町村の限界を超える災害が起きることもある。そんな時は、国と基礎自治体との間にある県の出番となる。中間自治体として、県は市町村をどれだけ支援できるのだろうか。数々の地震や水害に見舞われてきた新潟県では、どのようにして危機管理体制を確立してきたのか、これまでの経緯と現在の取り組み体制を聞いた。

新潟県では、2004年に7.13水害と中越地震が立て続けに起きたこともあり、2005年に「7.13新潟豪雨災害・中越大震災検証委員会」を発足させ、防災対策の強化に踏み切った。その後、2007年の中越沖地震、2011年の新潟・福島豪雨などを経験しながら、県の防災体制を見直している。これまでに改善してきた主な項目は、以下の通り。
○災害対策本部機能・組織の見直し
○監視・視初動体制の強化(24時間宿直体制、メール配信システム)
○情報収集体制の強化(市町村への応援体制、衛星携帯電話配備)
○施設・設備の充実(危機管理センター、総合防災情報システムの整備) 

「当初、問題となったのは避難指示の早期決断と情報伝達の方法、要援護者の把握と支援、初動体制の確立などでした。信濃川の水位がどこまで来たら避難勧告を出すか、基準を設け、各市町村に指示することにしました。避難情報も防災無線だけでなく、ラジオ、インターネット、携帯電話など複数手段で伝えるようにしました。高齢の要援護者も名簿を整え、1人に複数の援助者をつけるようにしました」(新潟県防災局危機対策課参事の澤野一雄氏)。 

第一歩として、県として市町村を早期に支援できるよう、24時間の災害警戒体制と即時登庁体制を整え、指定登庁職員はメール配信で召集できるようにした。緊急事態には、地域機関から市町村へ応援職員を派遣できるよう、各地域機関には情報収集・連絡用の衛星携帯電話も配備した。2009年には、危機管理センターが完成。対策本部要員は事前に指定し、スタッフは50人から118人に増やした。幕僚機能を強化した全庁体制 一方、中越地震の対応では、対策本部の下に各部署が一直線にぶら下がる構造だったため、「被災者支援」「食料提供」「住居の再建」といった災害時特有の業務をどの部署が担当するか不明確になり、対応が遅れがちになる課題が顕在化した。そのため、災害対策本部の幕僚機能を強化するとともに、災害対応業務に即した組織編制に切り換えた。 

具体的には、部局横断的な全庁体制を基本とし、統括調整部(幕僚)と応急対策部(実行部隊)に区分し、初動対応を迅速に行えるようにした。統括調整部は、危機管理監を部長として①本部の活動の掌理、②各部、防災関係機関等との連絡・調整等を行い、災害対策活動を推進する。 

一方、応急対策各部は、平時組織の連携型として保健医療教育部、生活基盤対策部、治安対策部が。また、対応完結型(災害時特有の業務に対応する)として被災者救援部、食料物資部、生活再建支援部が設けられ編成される。 

「災害対策本部が立ち上がるときには、方針を決定する統括調整部の下に災害時の業務を担当する人員を横断的に集めるようにしました。各スタッフは、震度4の地震が起きると危機管理センターに集まります。センターの各室や会議室は、仕切っているパネルを外せば瞬時に一大スペースに変わります。大きな災害時には、隣接の食堂や職員会館も宿泊所や休憩所として使用できるようになっています」(澤野氏)。 

2011年7月の新潟・福島豪雨では、降雨量、時間雨量とも7.13水害を大幅に上回ったにもかかわらず、人的被害、建物被害、避難者数も減らすことができた。しかし、県土木部河川管理課河川海岸維持係主任の片山幸也氏は「新潟県が管理している河川の総距離は北海道に次いで全国2番目。大河だけでなく、小さな川にもきめ細かな対応が欠かせません」と気を引き締める。連携体制づくりを推進 県の土木部河川管理課では「洪水対策ポケットブック」を制作して各市町村に配り、窓口経由で個人に手渡せるようにしている。また、水害予防の見地から、県、国、市町村、教育機関、報道機関、地域組織などで「新潟県水災害ソフト対策連絡会」を構成し、平時から情報基盤の充実、避難方法のあり方、住民の意識向上、水防活動のありかた、関係機関との連携体制づくりに取り組んでいる。