~特殊なものがどのように一般的なものに変化していくか~

CBRNe WORLD

編集長 


Gwyn Winfield (グウィン・ウィンフィールド)氏

翻訳:元陸上自衛隊化学学校副校長(株式会社重松製作所主任研究員)濵田昌彦氏

化学(

C

hemical)、生物(

B

iological)、放射能(

R

adiological)、核(

N

uclear)といったいわゆるCBRN事態に関して、我々は既にそれらを十分に知っていると言っていい

だろう。1995年3月20日に、千代田線、丸の内線、日比谷線で起きた地下鉄サリン事件、2011年3月11日の福島第一原発事故、日本の事件・事故以降では、2013年8月21日のシリアでの出来事(シリア政府による化学兵器の使用)があり、東京と同様の化学剤が使用されて1000人以上が亡くなっている。あるいは、北朝鮮が弾道ミサイルの試射を実施したこともあった。これらは重大かつ国際誌に載るような出来事で、普通の人々には滅多に起こることではなく、普通の企業などが心配するには余りにも手に余る出来事であろう。

毒入りビールもCBRN 
メリーランド州ピンカートン大のグローバルインテリジェンスサービス(PGIS)が、データベースで7万4000ものテロ攻撃事件を収集しており、その多くがCBRN絡みであると知れば、恐らく読者は驚くのではないだろうか?モントレー大学は、1900年から2013年の間に、実に1万2000ものCBRN事態を見出しており、FBIのWMD局は、2001年以降だけで2000 件のCBRN事件を追っている。なぜ、このような認識の食い違いが出てくるのだろうか?それは全て、人々が事件をどのように分類するかの一点に起因している。一例を挙げよう。モザンビークでは最近、毒入りのビールを飲んで75人もが死亡した。これはCBRN事件だろうか?スナンダ・プシュカル女史の例はどうだろう?彼女は、アレキサンダー・リトビネンコ(元ソ連国家保安委員会(KGB)、ロシア連邦保安庁(FSB)職員)殺害と同じポロニウムで毒殺された。 

これらは全て、CBRN事態である。分類学における類似を見てみよう。凶悪犯罪において、拳銃や小銃が使われることもあれば、ナイフが使われることもある。でも、それは同じく殺人、あるいは傷害致死として分類される。たった一人の人間が化学剤や毒素で殺されたとしても、1000人が死んでも、それはCBRN攻撃に変わりはない。そのスケールは問題ではないのである(ここで面白いのは、CBRNの同義語である大量破壊兵器について、大量=massの定義がなされていないことが多い点である)。 

実際のところ、CBRN攻撃では、誰かを必ず殺さなければという必然性はない。面白いことに、そのように設計されていないものもあった。

マスタードガスは「よりよい」もの 
少し、余談になってしまうがお許し願いたい。もともと、マスタードガスは英国によって開発された。しかし、英国人は、このことを理解していなかった。話は、こうである。ドイツが第一次大戦において塩素ガスを戦場で使用したのを受けて、英国の将軍たちは、もっと「汚い」ものを欲した。彼らは、英国中の愛国的な科学者を招集して、塩素ガスよりも「よりよい」ものを生産するように頼んだ。するとある科学者が、ビス(2-クロロエチル)スルフィド、通称マスタードガスを提案したのである(実際には、ガスでなく油状の液体であるが)。というのは、マスタードガスは多くの兵士を「病気」にさせることができるからである。ところが、将軍たちは怒って化学者を糾弾した。「俺たちは、たくさんの奴らを病気にしたいんじゃないぞ、殺したいんだ」。これは化学剤への理解不足であった。一方、ドイツは、1917年には戦場でマスタードを使用し、やがて戦争の主導権はドイツへと移って行った。たとえ一人の兵士が「病気」になっても、そのことが周りの多くの兵士達に影響を与える(傷病者の運搬には、少なくとも2人の兵士が必要になる。また、汚染環境下で医師が治療することは困難であるといった問題が生じてくるため)。 

このように、化学兵器というのは、「戦場を形作る」ために設計されてきた。他のCBRN兵器も概ね同様である。ただ、冷戦期に生物兵器に関してそれほど脅威と見なされてこなかった理由もこの点にある。生物兵器は、その効果について敵味方の区分をつけにくいために、戦場を有利に形成することができにくい。