目的を明確にしなければ、どのリスクに対策が必要なのか、どのリスクは受容できるのかといった判断基準があいまいになり、さらに闇雲に対策を強化することで、本来最も期待していた来場者数が減ってしまうという状況を引き起こしかねない。 

2020年東京五輪について言えば、基本計画の中で、リスクマネジメントの方針は『東京2020大会に関わるリスクを特定、把握するとともに、適切に管理して、「全員が自己ベスト」「多様性と調和」「未来への継承」という東京2020大会ビジョンの基本コンセプトと目的を実現するよう最善を尽くす』と定められている。 

補足すると、「全員が自己ベスト」とは、アスリートだけでなく、観客や関係者も含め、すべての人々が、それぞれのやり方でベストを尽くすということ。

「多様性との調和」は、人種や宗教、性別などを超え、違いを肯定し互いに認め合うということ。そして「将来への継承」は、レガシー(遺産)の言葉に象徴されるように、社会インフラを含め、将来に残せるものにするということだ。 つまり、セキュリティ・安全の確保それ自体が目的なのではなく、あくまで大会を盛り上げ、より多くの人に集まってもらうことが目的であることを示している。

とは言っても、ここから、具体的なリスクを抜け漏れなく特定、把握する作業は簡単ではない。 

そこで、同社CSR・環境事業部長の福渡潔氏は、毎年ダボスで開催される世界経済フォーラムが発行するグローバルリスク報告書を参考に、リスクの洗い出しを行ってみることを提案する。 

グローバルリスク報告書には、経済、環境、地政学、社会、テクノロジーの5分野計28のリスクが、発生の可能性と、世界経済にもたらす影響度の両軸でつくるリスクマップにまとめられている。ここに示されているリスクは、例えば経済ならエネルギー価格の急激な変動、財政危機、重要インフラの故障、環境なら異常気象、自然災害、人為的な環境災害など、かなり大ざっぱな項目になっているが、各項目に紐付けられたリスクを、中項目、小項目と洗い出し、それらを「東京2020大会ビジョンの基本コンセプトと目的を実現するよう最善を尽くす」という前出のリスクマネジメントの方針に照らし合わせて分析すれば、対処すべきリスクが見えてくるのではないかと言う。 

例えば、環境における異常気象が大項目なら、暴風雨を伴うものが中項目、近年多発する集中豪雨、ハリケーン、台風などが小項目にあたるだろう。気温に関するものを中項目とするなら、気温が40度を超えるような日が続いたり、あるいは夏にもかかわらず寒波に見舞われることなどが小項目にあたるかもしれない。このように、それぞれのリスクを大項目、中項目、小項目のように整理して対象を特定していき、それらの発生確率とその影響度を分析することで、対処すべき優先順位が整理しやすくなるとする。 

その上で、「世界中から人が大量に集まる」などオリンピック特有の出来事にフォーカスし、それに関わる特有のリスクとして、例えば「通信回線が混みあう」「交通が混雑する」などを加えて、再度、検討することを勧める。 

こうしたリスクを分析した結果、大会準備期間中、大会期間中や大会後に発生する可能性があり、しかも、発生した場合に大会の目的達成への影響が大きなリスクであれば対策を講じる必要があるだろうし、発生する可能性は極めて低く、あるいは発生しても大きな影響がないようなリスクであれば、特に対策を講じないで受容するといった選択肢もあり得る。