「コミュニティの力で人の命を救うためには、先進事例を謙虚に学ぶことが必要」(地区防災計画学会長/神戸大学名誉教授の室﨑益輝氏)

地区防災計画学会は3日、高知県立大学において「高知の防災計画と地域防災力」と題し、地区防災計画学会第4回大会を開催した。学識者や実際に地区防災計画策定に携わった地域の自主防災会の代表者らが36の個人発表を行ったほか、「黒潮町と高知市下知地区における多くの住民が参加する仕組みづくり」と題したトークセッションや、「地区防災計画の現状の課題」と題したシンポジウムを行った。

学会長の神戸大学名誉教授・室﨑益輝氏は冒頭、「大会を高知で開催できたのをとても喜ばしく思う。1854年の安政の東南海大地震の時、坂本龍馬は16歳だった。明治維新に大震災がどのように影響を及ぼしたかは、とても重要な点だ。また、高知県は防災対策の先進地でもある。防災まちづくり大賞では黒潮町立佐賀中学校と高知県立須崎工業高等学校の2校が選ばれた。地区防災計画は量とともに質を追求する時期を迎えている。単に数が増えればいいというわけではなく、来るべき南海トラフ地震でこの地区防災計画が役立って初めて意味を持つ。コミュニティの力で人の命を救うためには、先進事例を謙虚に学ぶことが必要」と、大会を高知で開催することの意義について述べた。

トークセッションでは、日本一高い34mの津波が想定されている黒潮町の坂折(さこり)地区自主防災会会長大谷清水氏、同町芝地区自主防災会役員の坂本あや氏、地区防災計画に事前復興計画を盛り込んだ高知市下知地区減災連絡会副会長西村健一氏、下知地域内連携協議会理事の松本志帆子氏、黒潮町情報防災課長の徳廣誠司氏が参加した。コーディネーターは跡見学園女子大学観光コミュニティ学部教授の鍵屋一氏。

コミュニティの力で、災害から命を守る

トークセッションの様子。上左から、鍵屋氏、坂本氏、徳廣氏、下左から大谷氏、西村氏、松本氏

大谷氏は、地区防災計画で検討した避難場所のルールについて紹介した。避難場所には誰が避難してくるか分からないため、避難した後にどのような行動をとらなければいけないかが分からないケースがある。坂折地区では避難場所に看板を設置し「避難完了後に行うこと」を記載。「避難の呼びかけ」「安否・状況確認」「避難場所での対応」「2次避難」の4項目を具体的に解説し、避難後の行動を促している。

坂本氏は住民とのコミュニケーション手段として、地区の全戸に配布している「自主防災組織からのお知らせ」を紹介。「初めは「自主防災組織から連絡が来ていない」などの話も住民の間に出たが、粘り強く続けていたら最近はみな読んでくれるようになった。訓練も90歳を超えたお年寄りから小学2年生まで、一緒になって話し合いができるようになった」と報告した。

黒潮町情報防災課長の徳廣誠司氏は、町内全ての地区に対して町の職員が担当を持つ職員地域担当制を発表。「黒潮町では防災課だけでなく、全職員が1人ひとり自分の担当地域を持ち、災害時にその関係性を生かすようにしている。職員が本気にならないと住民も本気にならない」と話した。

続く高知市下知地区は、市の中心から東に1kmほどの地域で海や川に面し、ほとんどが海抜0メートル地帯の軟弱地盤地域。1946年の昭和南海地震では下知地域全域が地盤沈下し、長期浸水状態になったほか、1970年に発生した台風でも大雨と高潮で全域が水没している。減災連絡会副会長西村健一氏は、「豪雨対策では市が頑張ってくれて対策が進んでいるが、内閣府の新想定ではやはり水没することが分かった。事業者は高台にどんどん移転し、現在では空き地も目立つようになった」とする。そのような状況の中で西村氏らを励ましたのは、阪神・淡路大震災で被災した長田区の住民だという。「長田区の皆さんと交流している中で『南海トラフ地震が来ることが分かっているのであれば、事前に被災した後の復興計画を考えておいた方が良い』と言われたことが、事前復興計画策定の後押しになった」と振り返る。「これからもたくさんの人の意見を地区防災計画に取り入れていきたい」としている。

下知地域内連携協議会理事の松本志帆子氏は、かつて藁の保管所だった藁工(わらこう)倉庫を改築して2012年に設立した「藁工ミュージアム」の学芸員。地域とアートを結ぶ活動を展開している。松本氏は「防災に若い人がなかなか来ない。若者をコミュニティに参加してもらうために、アートの力が役立てるのではないかと思った」とする。現在はデザイン性の高いコミュニティ新聞の作成や、防災に関連のある演劇を開催するなど、アートによって若者に防災を身近に感じてもらう活動を手掛ける。「多様な価値観を認め合うのがアートの役割。それが人の心を動かす。アートで命は救えないが、創造することはできる。下地の防災を、アートの力でもっと多くの人を巻き込んでいきたい」と話す。

発想の転換と柔軟な考え方が必要

シンポジウムの様子。上左から室崎氏、西澤氏、加藤氏、下左から矢守氏、磯打氏

シンポジウムでは、室崎氏のほか京都大学防災研究所教授の矢守克也氏、東京大学生産技術研究所准教授の加藤孝明氏、香川大学IECMS地域強靭化研究センター准教授の磯打千雅子氏が参加。コーディネーターは福岡大学法学部准教授の西澤雅道氏。

室崎氏は「地区防災計画は、今ではおよそ3000の地区で取り組みがなされるほどになった。県境を越えて策定した事例やマンションでの取り組みが進むなど、計画がどんどん進化している。一方で、「自主防災計画をすでに策定しているから不要」という認識であったり、「行政の負担が増えるのでは」という懸念があったりするなど、少なからず誤解を受けることもある。先進事例を学び、計画のイメージをもっと育まなければいけない」と、今後の方向性を示した。磯打氏は「地区防災計画の中で企業がもっと表に出てほしい。BCPが現状の業務を継続することだけになっている。もっと企業が地域コミュニティとかかわっていくことを期待したい」と、企業の地区防災計画への参加を促した。

加藤氏は地区防災計画について「『従来型の地域防災を拡充しているもの』というとらえ方は間違いだと思っている。防災について今までにない新しいベクトルを作り、促進するツールだととらえるのが適切。大切なのは発想の転換や柔軟な考え方。既成概念にとらわれないようにし、経験と工夫を共有する場を維持していくことが重要」と話した。矢守氏は「黒潮市の隣の四万十町では、1月に発生した伊予灘地震で、30代40代のそれまで避難訓練に参加していない人が逃げている。避難訓練に参加していない人も、実はちゃんと見ていて、気づかないところで浸透している。地区防災計画も長い目で見る必要がある」とした。

(了)

リスク対策.com:大越 聡