オールハザードアプローチが不可欠

地震や津波などの自然災害に限らず、大規模事故や犯罪、テロリズム、戦争、紛争、情報流出など、多くの危機が国内外で発生している。日本大学法学部教授の福田充氏は、自然災害偏重の日本の危機管理に警笛をならす。来年、同大学に新設される危機管理学部の教授に就任する予定の福田氏に、今なぜ、危機管理学が必要なのか聞いた。

Q.今なぜ危機管理学が必要なのでしょうか? 
日本で危機管理というと自然災害を中心に考がちですが、自分たちに降りかかる危機は選べません。この点が非常に重要です。BCP(事業継続計画)を策定する場合も自然災害対策に偏っている組織が多いのではないでしょうか。日本にとっての最大の脅威が自然災害であることに間違いはないのですが、東日本大震災で福島第一原子力発電所の事故も経験しました。さらに、これまでに整備してきた交通機関やライフラインが老朽化し発生する大規模事故、ウイルスによって急速に拡大する感染症、官民問わずに起こる情報流出、一般市民が標的となる無差別テロなど、危機が顕在化するケースが増えています。同一の危機であっても個人の危機管理、社会の危機管理、国家の危機管理と立場によって捉え方は異なります。専門領域に分断された現在の危機管理体制では追いつけない時代になったのです。だからこそ、あらゆる局面で対応できるオールハザードアプローチの危機管理学が不可欠です。 

リスク研究は歴史的に保険や金融と密接な関係があり、経営的な観点からスタートし、現在は法学、政治学、経済学、社会学、工学、情報科学など多領域にまたがっています。あらゆるステークホルダーが協同する危機管理学の構築が求められています。 

Q.個人の危機管理とは、例えばどのようなことでしょうか? 
危機管理というとどうしても国や自治体、企業の問題だとイメージされがちですが、それは危機管理の一部に過ぎません。社会学者のウルリッヒ・ベックは現代の特徴を「リスクの個人化」だと指摘しています。生まれてから死ぬまで、私たちはさまざまな危機に囲まれているわけですが、その責任の全てを国や自治体に負わせられない。生活に直結する食の安全や健康管理、ネットの情報流出など個人の危機管理が問われるのが現代です。災害に限らず、ボトムアップ的に個人の危機管理力を伸ばすのも、危機管理学の重要な課題です。

Q.日本の危機管理学の問題点は、どのような点にあるとお考えですか? 
学問の体系的な蓄積が少ないことです。理論と実践の両輪で発展させるべきですが、これまでは各分野の実務担当者に任せきりで、大学などの研究機関では敬遠されてきた分野でもあります。例えば東京大学は太平洋戦争の反省から「学術における軍事研究の禁止」を掲げています。危機管理学=軍事研究では決してありませんが、テロ対策やインテリジェンス研究を含む危機管理学研究は人権や自由の制限にも関わるために避けられてきました。 

私が危機管理学を志したのは1995年です。阪神・淡路大震災では6000人を越える人たちが、地下鉄サリン事件では13人が犠牲になった年です。当時、大学院生だった私が生まれ故郷の兵庫県に現地調査として入ったのは震災から1カ月後。当時の日本の未熟な危機管理体制が、被害を拡大させたと思っています。私は1995年から災害情報とメディアに関する研究を始め、日本災害情報学会の立ち上げに関わり、97年からテロ対策やインテリジェンスの研究をはじめ、警察政策学会の立ち上げに関わりました。2008年から2年間はコロンビア大学に在籍し、アメリカのテロ対策やインテリジェンスを研究しました。 

東日本大震災の被災地と福島第一原発事故の惨状を見ると日本の危機管理能力はまだ不足しています。どうしてもこの状況を変えたい。政治体制に左右されない「まっとうな」危機管理学を実現したいと思っています。

Q.日本の危機管理の弱点はどのような点にあるとお考えですか? 
グローバルな視点でみると、自然災害の対策は非常に進んでいますが、テロ対策やインテリジェンス、情報セキュリティの分野は弱いと思います。国内にいれば、確かにテロとは無縁で対岸の火事のように見えます。しかし、2020年の東京五輪が控えています。このビッグイベントはテロ組織にとっても絶好のPRのチャンスです。日本人に恨みがなくとも狙われる可能生は高い。ロンドン五輪では会場近くに迎撃ミサイルが配備されたほどです。 

東京五輪では、湾岸部に競技場や選手村が一局集中しているので、大地震による液状化の心配もあります。そもそも臨海副都心は橋とトンネルで救急搬送の経路が制限されていて、湾岸部には救急病院もわずかしかありません。そんな東京五輪がテロリズムに狙われたらどうなるか。 

海外では観光客を狙うテロも活発化しています。タイのバンコクでも起こりましたし、中東やアジアでもイスラム国に呼応する集団が現れています。イスラム国邦人人質事件のときも問題になりましたが、各国と比較すると日本のテロ対策が遅れをとっている原因はインテリジェンスにあります。日本の危機管理力の強化には、各ステークホルダーによるインテリジェンス活動の強化が必要だと思います。

Q.新設される日本大学危機管理学部の特徴を教えてください。 
危機を未然に防ぐ「リスクマネジメント」と危機発生後の「クライシスマネジメント」の両面から危機管理を学びます。法学をベースとして、4つの専門領域を中心としたカリキュラムになっています。①災害マネジメント領域では災害対策基本法など法的枠組みの中でどのような災害対策が有効か、レジリエントな防災体制の構築も学びます。②パブリックセキュリティ領域では犯罪や治安対策について、警察制度、刑事司法からインテリジェンスまで幅広く学びます。③グローバルセキュリティ領域では国際法を学んだ上で、安全保障に関して国際協力体制の中でどのように平和を構築するかを学び、④情報セキュリティ領域では、個人や組織の情報管理やサイバーセキュリティについて学びます。 

危機管理について考えるとき、安全・安心と自由・人権は対立する場合があります。その両者の間でどうバランスをとるか、十分配慮することが重要な学問です。

Q.今後の展開は? 
日本大学危機管理学部を、日本の危機管理学に関して研究者と実務者の間をつなぐプラットフォームにしたいと考えています。そして、充実した教育課程で学生を教育し、日本の危機管理を担う人材を育てたいと思います。危機管理学は、理論と実践の両輪がそろってはじめて意味のある学問なので、学生のインターンシップも充実させたい。企業や国、自治体の危機管理担当の方々の協力を得て、情報共有しながら進めたいと思います。リスク対策.comの読者の皆さまからもご指導をいただけると嬉しいです。