タイ洪水、天津爆発事故で迅速な対応

豊田通商株式会社

豊田通商では、2011年の東日本大震災、そして同年にタイを襲った大洪水と、立て続けにサプライチェーンが深刻な影響を受けたことなどから、海外拠点を含め、グループ全体でBCPを推進していくことを決定し、すでに国内59事業、海外106事業でBCPを構築し、発展的に運用を続けている。その成果は、2013 年に再びタイを襲った洪水や、昨年、天津で起きた危険物倉庫の爆発事故などで現れ、迅速な対応を実現した。同社総務部減災・BCM推進室長の山下昌宏氏に海外拠点におけるBCPの展開について聞いた。

豊田通商は、海外90カ国・150以上の都市にネットワークを持つ。

2011年6月に取締役社長に就任した加留部淳氏は、東日本大震災やタイ大洪水の教訓から、従業員の安全確保とともに、安定供給の責任を果たすためグループ会社を含めたBCPの構築と強化を指示した。

それを受け、BCP 推進室が発足したのが2012年4月。加留部社長から与えられたミッションは「2年間で全世界の豊通グループのBCPを構築せよ」というものだった。IT、総務、人事、営業など社内からいろいろな立場の人を集め計6人体制でBCPの本格的活動が始まった。

3年間スケジュールで海外拠点に展開

BCP策定については、グループ会社が全世界で約900社あるため、対象を絞り込む必要があった。BCP対象事業の選定基準は、①顧客の生産ラインを止めるリスクが高い、②社会的責任が大きい、③代替がきかないリスクが高い、の3点とした。

その上で、階層別BCPの考え方に基づき、選定した主要事業を受け持つ事業分野と営業部、子会社を対象にBCPを策定した。同社総務部減災・BCM推進室長の山下昌宏氏は「豊田通商本社は、基本方針と方針書だけを作り、その方針に基づいて、BCPが必要な事業分野、営業部、子会社だけがBCPを策定している」と説明する。

プロジェクトは、最初の半年間でBCP推進室がコンサルタントとしてのスキルを身に付け、関連する事業部やグループ会社に対してBCPの策定支援を実施していくという流れ。国内については、パイロットとして18事業を先行して進め、その後2年半をかけ41事業、トータルで59事業についてBCPを構築した。一方、海外拠点については、最初はBCPの文書やBCPを作るためのツールに英訳が必要なことなどから、国内より半年遅れてプロジェクトをスタートさせた。優先的にリスクが顕在化している地域を選定し、2011年に洪水が起きたタイ、日本企業が過去何度か襲われた事件が起きている中国、洪水やストライキが多いインドネシアといった所からBCPの策定を始め、その後、ヨーロッパ・アメリカ・インド・南アフリカなどに対象を広げた。これまでに、豪亜地域33事業、中国を中心とする東アジア地域29事業、欧州地域14事業、米州地域22事業、南米・アフリカなどの新興地域8事業でBCPを構築している。

役割、担当拠点を分けて推進

プロジェクトは2015年3月で当初目標(国内59事業、海外93事業についてBCP策定)をすべて達成したことから一旦終了し、その後「BCM推進室」は「減災・BCM推進室」に名称変更し、グループ全体のBCM運用をサポートしている。

現在、減災・BCM推進室では、4人体制で「全体管理(計画・予算)、広報活動」「社員教育・災害備品」「グループとの担当窓口」「災害対策本部編成、初動マニュアル作成、安否確認システム運用」など、役割を分担してBCMの推進活動を続けている。海外についても、豪亜・欧州、東アジア・米州、国内と担当を分け実施している。

グループBCPの構築と運用を支援

減災・BCM推進室としての大きな活動は、まず、新たにグループに加わった会社や事業に対する新規のBCM構築支援がある。これまで既に150以上のBCPと初動マニュアルを作ってきたが、「新しい会社ができたり、新しい事業を開始したり、他の会社を買収したり、あるいは、今までBCPの対象ではなかったがサプライチェーンに影響を与える製品を作り始めた会社などがあるので、こうした会社や事業に対してはBCPの構築を支援している」(山下氏)とする。

豊田通商グループでは、BCPの基本方針として、①従業員と家族の安全を最優先する、②地域社会に貢献する、③事業を継続し顧客への供給責任を果たす、④教育・訓練を通じてPDCAを回し継続的改善を行うことの4点を定めている。この順番は、海外も含めグループ企業全体で徹底している。「どのような事業であれ、どのような国であっても、この基本方針に基づいたBCPを策定・運用しなくてはならない」と山下氏は強調する。

2つ目の活動は、すでに策定したBCPの改善・強化。そして3つ目が演習・訓練。これについては、初動訓練や3種類のBCP訓練(DIG訓練、リアルタイムエクササイズ、サプライチェーン訓練)などを実施している。

人材育成にも力を入れている。減災・BCM推進チームは4人しかいなくてマンパワー的に限界があるため、国内外を含め、いかに独自でBCMのPDCAを回すことができる人を育てるかというところが大きなテーマになっているという。このほかに、教育・啓蒙活動や、ニュースレターの作成などの情報提供も行っている。

以下、それぞれの活動を詳しく紹介する。

減災・BCM推進室の活動

海外拠点でのBCP構築支援について山下氏は「BCPを作るためのツールだけを渡して、あとはお任せというわけではなく、現地を実際に訪問してBCPの策定にも一緒に関わっている」と説明する。現地に出向き、現地の人たちと一緒にBCPを作るというのが豊田通商流だ。こうした共同作業により、災害時にも互いの行動が理解しあえる信頼関係が生まれるのだという。

事業を中断する脅威についても、日本とは異なる点に配慮してBCPを構築していく必要があるとする。「日本だとどうしても地震が原因で事業が止まるということを考えがちだが海外は違う」(山下氏)。そこで同社では、最初の段階から海外展開を視野にいれて地震や火災など、災害の原因について事前対策や事後の対応を考えるのではなく、どのような災害であれ、結果的に被るだろう経営資源の被害に対して対策を講じる、いわゆる「結果事象」「リソースベース」の考え方でBCPを構築していった。例えば、次のようなケースだ。

・本社に人が集まれない
・本社そのものが使えない
・ITや通信機器が使えない
・電気が使えない
・物流が使えない

これらは、地震であれ、火災であれ、テロであれ、感染症であれ、起きうることだ。

加えて、継続的な運用の仕組みとして、BCPのセルフチェックを年に1回行っているという。毎年4月に実施し、その結果を受けて、減災・BCM推進室が、各社に対する支援メニューを決めていくという仕組みだ。現地の課題を把握するとともに、継続的にPDCAを回す上でも有効な手段となっている。

セルフチェックは、①リーダーシップ、②訓練・演習の実施状況、③BCM活動の実施状況、④ステークホルダーとの関係などについて自己評価してもらうというもの。例えば、リーダーシップなら、トップがBCM活動に参加しているか、訓練や演習などに参加しているか、などを問う。

セルフチェックを行うメリットは、BCPを構築した事業体にとっては、自社の弱みを把握しBCMのレベルアップにつなげられるという点にある。一方、支援側のメリットとしては、繰り返しになるが現地の課題を把握することは当然だが、名前を書く欄があるので、各事業のBCM担当者を把握する機会となる。もし、担当者が替わっている場合は、引き継ぎを促すこともできる。あとは、結果を分析して、最適な運用支援を提案している。

人材育成については、BCM担当者研修を行っている。2015年には、海外から日本本社に担当者を集め、2日間で集合演習を実施した。参加国は、タイ、インドネシア、中国、アメリカ、ヨーロッパ、南アフリカ。2日間で3種類の訓練を実際に体験してもらい、訓練のやり方を覚えてもらった。まず、図上演習。地図に自社やサプライヤー、顧客の拠点をプロットし、例えば地震が起きたら、ここからここまで被害になるというところを塗りつぶし、ポストイットを4種類使って被災想定と、それに対する事業継続対策、それを実施するために必要な経営資源、もしくは情報を書き込み、最終的に課題を明らかにしてもらう。

リアルタイムエクササイズと呼ばれる実働訓練は、被災を想定し、その状況の中で何をしなければいけないか状況判断、意思決定を求める訓練だ。想定する災害は、火災、ハリケーン・タイフーン・サイクロン、パンデミックなどをシナリオに取り入れている。

サプライチェーンBCP訓練は、顧客、仕入先、物流などの模擬プレーヤーを入れ、より本格的に訓練を行う。自社の事業継続対策を顧客とコミュニケーションをとりながら行えるかを検証することが目的だ。これは、よりストレスがかかる内容になっている。

2015年は8人が訓練を受けたので、各国に持ち帰って、この訓練を実際に実施してもらっているという。彼ら8人は、現在トレーナーとして、現地でBCP・BCMの運用の旗振り役になっている。

3時間で1訓練

現地でのBCP運用訓練は、1拠点3時間程をかけて行う。

スケジュールは、最初30分ぐらいをかけ、BCPとは何かという基礎的な説明や、ケーススタディとして実際にBCPが発動した事例を紹介する。減災・BCM推進室も原則として1年に1回は現地の訓練に参加している。

次に、BCM運用体制における変更点を20分程度かけてチェックしてもらう。「1年間放っておくと、基本方針はそんなに変わらなくても、経営者やスタッフに人事異動があったり、新たな工場ができたりなど、経営資源が変わってくるので、こうした変化をBCPに反映させる加筆修正の作業を行ってもらう」(山下氏)。

続いての演習は、約2時間かけて振り返りまでを行うという流れ。中国では地震、タイやインドネシアでは洪水やストライキ、チェコでは強風・大雪・火災、トルコなら地震など、その国の特性に合わせて想定をアレンジしている。「例えばチェコは、強風で倉庫の屋根が吹き飛んで1カ月間使えなくなるとか、大雪で完全に顧客へのアクセスが閉ざされデリバリーができなくなったなどのシナリオで訓練をした」と山下氏は語る。

プロジェクトの発足当初は、半年ごとにBCPの事例発表会も行った。自社の取り組みを社長や本部長、役員に発表するというもの。この取り組みは、2015年5月の第6回報告会をもって終了したが、今は、3カ月に1回、減災・BCMニュースレターを発行し各拠点の成果・現状の課題などを共有しているという。言語としては、日本語・英語・中国語版は日本側で作り、その後、現地でそれぞれの国の言語に翻訳して、従業員への啓蒙に使っている。このほか、BCPポスターの制作と配布なども行っている。

BCPが奏功した事例

すでにBCPの成果は各国で現れている。まずは、タイのトラック輸送会社の事例がある。タイでは2013年に再び大きな洪水に見舞われたが、自動車部品をデリバリーしている豊田通商グループの運送会社TTK AsiaTransport (Thailand) Co.,Ltd(以下TTKA)では、トラックヤードの水位が35センチ、事務所が15〜20センチまで床上浸水する状況の中、BCPを発動し、あらかじめ決めていた代替拠点に事務所および所有するトラックをすべて移し、事業を中断することなく継続させた。所有するトラックは224台で協力会社を含めると900台。これらのうち事業に不可欠な経営支援のすべてを短時間で代替拠点に移転させた。BCPを作ったのは、洪水被害からわずか3カ月前の2013年7月で、実際に洪水を想定した訓練も行っていた。

事業継続手順は、まずバックアップサイトの受け入れ可否を確認し、その後、顧客に対してバックアップサイトに移ることを通知し、そこで経営資源の移動を開始して約3時間後に移転を完了した。ジャストインタイムのデリバリーは全く遅れることがなかったという。さらに、金曜日に洪水で被災したが、土日をかけて復旧作業を行い、その間、洪水した地域に居住する従業員と近隣住民には支援物資を提供した。「グループ全体のBCP基本方針として人命を最優先し、2番目として社会貢献を徹底していることが現地でもしっかり守られた」と山下氏は高く評価する。

中国天津での対応

中国天津でもBCPの取り組みが功を奏した。中国では、2013年7月から9月にかけて9つの事業体でBCPを策定し、2014年1月には、地震を想定したBCP図上訓練も行った。昨年の7月28日には豊田通商天津で初動訓練も実施している。初動訓練は、地震発生後、安全を確保し、災害対策本部を立ち上げ、シナリオ非提示の状況付与に対して、状況判断・意思決定力を高めるというもの。それから約2週間後の8月12日(水)の深夜に天津浜海新区にある危険物倉庫で160人以上が死亡、約700人が負傷するという大規模な爆発事故が起きた。爆発地点から半径6キロ圏内は爆風による重大な被害となり、シアン化ナトリウムによる大気汚染も起きた。重大な被害が出た地域には豊田通商グループの拠点が10か所、顧客の生産拠点が6か所存在していた。

同社が天津・北京・名古屋・東京をテレビ会議で結んで第1回緊急対策本部会議を行ったのは8月15日(土)。実は、爆発があった時、天津のグループ会社は夏休み中で駐在員も日本に帰っていたが、発生直後にチケット等を手配して駐在員が現地に戻り、到着した15日当日に初回会議を社長・役員も参加して行った。

現地スタッフが安否確認や建物の被害状況の確認等を行い、日本側への報告を実施済みだったので、人的・物的被害の情報共有はスムーズに進んだ。「7月28日に初動訓練をやっていた成果だと私は思っている」と山下氏は話す。幸いにも人的被害は、割れたガラスで手を切ったなど軽傷3人で、物的被害もガラスが割れたとかシャッターが曲がってしまったなど、比較的軽かったため、早期に事業の復旧ができた。天津でも、基本方針である従業員と家族の安全を最優先し、地域社会との共存・共栄、顧客への影響を最小化した上で事業継続を行うというグループ全体の方針通りに活動を行うことができたという。

ベルギーでの対応

最近ではベルギーのテロ警戒レベルが上がった時の対応がある。昨年11月に、パリで同時多発テロが起きたが、豊田通商欧州の本社があるベルギーのブリュッセルでも、11月21日にベルギー政府がテロ警戒レベルを最高クラスに引き上げた。保育所・学校は閉鎖、地下鉄などの公共交通機関は全面運休になった。このとき現地では、BCPに基づき事業継続をすることに成功した。まずは、危機管理チームを立ち上げて、情報収集と情報共有を実施。安全が確認できると、自宅勤務をする従業員向けに自宅から業務ができるようにWebメール活用の許可を出した。社員の出社方針を決め「ブリュッセル本社としては通常通りの業務を継続するが、ただし、保育所が閉まっているので子供の世話のために出社できない従業員は自宅勤務を許可する」との内容も配信した。公共交通機関の運休のために出社できない従業員は別の手段で出社することとし、自宅勤務をする場合は、出社したこととみなした。「このような方針を、日本側からアドバイスする前に、現地側だけで決めることができたのは、BCPの成果だと思っている」(山下氏)。

拠点間連携BCPが今後の課題

今後の課題として山下氏は、同一事業の拠点間連携を挙げる。例えば、自動車用の鉄板を加工して、車体メーカーに納めるという鋼板加工事業がある。「今、世界11カ国18拠点で生産を行っており、このうちの中国3つ(天津2拠点・広州1拠点)と北米5つ(アメリカ4拠点・メキシコ1拠点)の事業体で連携をして、どこかが生産できないようなことがあっても、互いに支援していく方策を模索している。すでに、国内の鋼板加工事業体3拠点では有事に相互支援できる体制になっているので、この方法を海外にも展開していきたい」と山下氏は意気込みを話す。

「どんなにBCPを高度なものにしても、想定外というものは必ず起きるし、それをゼロにすることなどできない。その事実を受け止めながらも、我々は常にリスクと正しく向き合い、どのような事態が生じても対応できる体制を追い求めていく」(山下氏)。