モスクがたたずむ街の風景(出典:写真AC)

イスラム暦の断食月

イスラム暦(ヒジュラ暦)の第9月がラマダン月(Ramadan)と言われる断食月となる。このラマダン月の1カ月間は夜明け前から日没までの間、イスラム教徒は一切の食物、水分の摂取をしない。また、喫煙も禁止となる。この断食は、イスラム教徒としての義務として課される5つの行為の一つである断食を行うことを目的としている。

ラマダン月はイスラム教徒にとっては、聖なる月であり、断食等による自己欲求の抑制による信仰心の高揚、イスラム教徒しての連帯感の醸成等が高まる月であり、その意味では、ラマダン月はイスラム教徒にとっても特別な月となっている。

なお、戦闘行為に参加している兵士、旅行者、重労働者、妊婦・産婦・病人、乳幼児等、合理的な事情のある場合は、断食を免除される。ちなみに、2012年のロンドンオリンピックはラマダン月と重なったため、イスラム諸国から抗議を受けた。そのため、エジプトにあるイスラム教スンニー派の教育機関で最高学府であるアズハル(Al-Azhar)が「ロンドンにいる以上は旅行者なのでラマダンをしなくても良い」という見解を出し、問題はひとまず沈静化したという事例もある。

また、ラマダン月は初日の新月を各国のイスラム教団体、イスラム法権威等が目視で判断するため、国よってはラマダン月の開始、終了が1~2日程度、ずれることがある。また、ラマダン終了後はラマダン明けの祝日(Eid al-Fitr)となる。祝日期間は一般的に3日ないしは4日間であるが、インドネシアのように実質的に1週間としている国もある。

当然ラマダンはイスラム教徒の義務であり、イスラム教徒以外はイスラム圏にいても断食をする必要はない。しかしながら、ラマダンの時期はイスラム教徒の信仰心が高まるため、イスラム圏では、イスラム教徒以外は目立たないように食事をする必要がある。

今年のラマダン月の特徴

今年のラマダン月は2018年5月15日~6月14日頃となっている。また、ラマダン明けの祝日は6月14~17日頃とされている。これまでも、イスラム月またはその前後において、テロ事件が世界各地でテロ事件が発生している。特に、この時期はイスラム圏以外の国でテロが発生する頻度が高いのが特徴である。2016年及び2017年のラマダン月またはその前後で、イスラム圏以外でテロが発生した例としては、米国、フランス、ドイツ、英国、オーストラリア、ベルギーなどでのテロが挙げられる。なお、これらのテロのターゲットとして、ナイトクラブ、野外音楽祭、ショッピング街などが多いことも特徴となっている。

今回のラマダンにおいては、留意を要する特徴的な点がある。一つはイスラム国(IS)が「首都」と称していたシリアのラッカ(Raqqa)が2017年10月に陥落し、領土的な支配地域が大幅に縮小してから初のラマダンであるという点、もう一つが、直前の2018年5月14日に米国が在イスラエル大使館をテルアビブからエルサレムに移転した直後であるという点である。

ちなみに、2018年5月14日は、1948年5月14日にイスラエルが独立宣言を行い、第一次中東戦争(イスラエル独立戦争)が始まった日から70年目の記念日である。一方、パレスチナ人にとっては、逆に「大参事の日(Nakba)」から70回目の悲惨な歴史の節目であり、この日に大使館を移転し、記念式典を行ったことに対しては、イスラエル国内のパレスチナ人は当然として、全世界のイスラム社会に衝撃と大きな憤りをもたらすものであったと言える。(あえて、米国とイスラエルは、この5月14日に移転を行ったと言える)

この大使館移転については、当然ながら、イスラエル全土で抗議活動が頻発し、これまで50人以上が死亡し、2000人以上が負傷する事態となった。また、世界各地でも抗議デモが行われた。

テロ脅威の高まり

上記2点から、今年のラマダン期間中については、テロ脅威がこれまでよりも高い状況であることに留意が必要である。(日本外務省も5月7日、海外安全情報として「ラマダン月のテロについての注意喚起」を発出している)

イスラム国(IS)にとっては、2017年のラッカ陥落以降、領土的な支配地域が大幅に縮小していることから、存在感を保持するため、テロを行うことのインセンティブが高まっていると言える。その点では、イスラム圏、イスラム圏以外のどこでも、テロ脅威が高まっていることに留意する必要がある。

また、ラマダン直前の米国大使館移転については、スンニー派、シーア派等の宗派関係なく、テロのインセンティブが高まっていることに留意が必要である。その点でも、今回のラマダン月及びその前後の期間におけるテロ脅威が非常に高いことに留意する必要があると言える。具体的な対策等については、既述の外務省の「ラマダン月のテロについての注意喚起」に詳しいので、参照頂きたい。

■「ラマダン月のテロについての注意喚起」(外務省公式サイトより)
https://www.anzen.mofa.go.jp/info/pcwideareaspecificinfo_2018C069.html#ad-image-0

(了)