「われ先に」ではなく、ほかに会社にいる人のことを考えましょう(出典:写真AC)

■みんなわれ先に避難開始!でも私は…

「あれ、何かしら…?」。派遣社員の美香さんは、廊下の方でザワザワする声と小走りに駆け抜ける足音が気になりました。せっかくコーヒーとビスケットでつかの間の休息を楽しもうと思っていたのに。すると今度は室内の社員たちまでが、急にパソコン操作の手を止め、机の引き出しやロッカーから自分のバッグや上着を取り出してあわただしく部屋から出ていきます。

美香さんがこのオフィスに派遣されて2週間。正規の社員の人達とのコミュニケーションは必要最小限の業務の話以外はあまりしません。みんな、いったいどうしたんだろう…。

間もなく窓の外で消防車やパトカーのサイレンの音が鳴り響くようになりました。これはひょっとして火事? 空っぽになったオフィスに一人取り残された彼女は、やっと何か危険なことが起こっているようだと気づき、急いでビルの外に出ました。

道路にはたくさんの人々がたたずんでいます。彼ら彼女らの話しているのを聞いていると、どうやらこのビルのすぐ隣の駐車場の一角で不審物が見つかり、爆発の危険性もあるので周辺のビルにも避難が呼びかけられたらしいのです。

「それにしても…」と彼女は考えます。このような命の危険が脅かされるようなことが起こった時、派遣社員には声を掛けてはくれないのかしら、と。後日彼女は、用事で派遣会社のオフィスを訪れた際にコーディネーターにこのことを話してみました。

■ケースバイケースこそが問題の核心

「派遣先で災害が起こっても、避難するかどうかは自己責任で決めるしかないんでしょうか?」

幸いと言うべきか、この派遣会社はBCP(事業継続計画)を策定していたため、危機管理に関してはそこそこの意識を持っています。美香さんの質問に、コーディネーターのTさんは「それは派遣先によってケースバイケースみたいなんだけどね…」とお茶を濁しましたが、これはちょっと見過ごせない話だぞという表情をしました。

何日か経って、Tさんは総務と営業、そしてBCP事務局に声をかけ、美香さんが提示した問題を解決できないか話しあってみることにしました。

「災害時に避難を呼びかけてくれるかどうかは、派遣先企業によって異なります。暗黙の了解として派遣社員も含めたすべての人員に声を掛ける方針を決めている会社もあれば、美香さんの派遣先のように、派遣社員が置いてきぼりを食らう会社もあります。われわれにとっては派遣社員がいなければ事業が成り立ちません。彼ら彼女らが安心して派遣業務に取り組めるように、改善をはかりたいと思いますが、いかがでしょうか?」

参加メンバーはこの提案を受け、活発な議論を始めました。その結果、ホワイトボードに避難に関して次のような方向性が示されたのです。

(1)派遣先企業に対する申し入れ
(2)避難マニュアルの作成
(3)災害発生時の派遣社員の避難行動