東京都墨田区にある白鬚橋病院では、全国に先駆けて全館が停電した場合を想定した防災訓練や、水・ガスの調達訓練、トリアージ訓練などに力を入れている。前提にあるのは「病院も被災する可能性がある」という危機意識だ。

■夜間に全館が停電


阪神淡路大震災から3年後の平成10年、白鬚橋病院では東京電力の協力のもと、全国に先駆けて夜間での全館停電訓練を実施した。同病院院長で東京都医師会の救急委員会委員長を務める石原哲氏は「災害時に医療を続けるためには電気が不可欠」と強調する。

病 院には手術に使う電気メスや照明、人口呼吸器など、一瞬たりとも電気を止めることができない器具が多くある。そこで、訓練では、入院患者の安全確保を最優 先課題とし、特にICU(集中治療室)の患者や、人口呼吸器を装着している患者への対応方法などを確認。さらに、自家発電装置まで停止したという想定で、 電気メスや照明に携帯用バッテリーをつないで手術を継続する試みまで行った。

石原氏は「停電時にも確実に電気を使えるようにするためには、 日頃から自家発電装置の点検をしておくとともに、停電時でも使用しなくてはいけない機器の把握や、非常用発電装置でまかなえる電気量の算出をしておくこと が大切。院内配線が利用できないことも想定し仮設分電盤や仮設配線も用意しておいた方がいい」と説明する。

自家発電装置については、停電が 長期間にわたれば燃料切れも起こる。東京都では、災害拠点病院などの重要施設には被災時にも優先的に燃料を供給できるよう、平成20年に全国で初めて石油 商業組合と大規模災害時における石油燃料の安定供給に関する協定を締結したが、白鬚橋病院では、この協定よりはるか前から近隣のガソリンスタンドと独自に 協定書を交わし、調達の訓練も行っている。

■自動販売機の水を利用
電 気以上に重要になるのが水だ。「患者だけでなく、スタッフも含め、人が生きていく上で水は欠かすことができません」(石原氏)。同病院では、各階に水とお 茶の自動販売機を設置し、被災時には販売機内の飲料水をすべて無料で患者に配付できる体制を整えている。災害時用の飲料水を備蓄すれば数年に1度は買い替 えなくてはいけないが、それよりは、日常的な流通の中で備蓄した方が経済的メリットがあるとの判断だ。自動販売機メーカーには、日頃からできるだけ多めに 飲料を入れておくよう要請しているという。

一般的に、どの病院でも受水槽は備わっているが、水道水が濁ってしまうと受水槽の水も飲料水として使えなくなる可能性がある。このため、同病院では、ビニール製の1トンタンクを各階分用意し、被災時には応急給水車から直接、水を引き込めるようにしている。

過 去には東京都水道局の協力による応急給水訓練も行った。石原氏は、単に水を届けてもらうだけでなく「日常的に受水槽や高置水槽、配管バルブなど水の受け皿 となる施設や設備の点検も併せて実施しておくことが必要」と指摘する。ハード面だけではない。1日あたりの水の使用量や、災害時の節約可能量、院内の給水 方法などについても把握しておくことが求められる。「仮に1日60トンの水を使っていたとしても、トイレや風呂、給食に使われている水を止めればかなり節 約が可能になるはずです」(石原氏)。

■受け入れの基本はトリアージ

大 規模災害時に病院が行う業務は、入院患者への医療活動だけではない。重軽症者の被災者も渾然一体となって病院に押しかけてくることも想定しなくてはならな い。石原氏は、人材・資材の制約が著しい災害医療において、最善の救命効果を得るためには、多数の傷病者を重傷度と緊急性によって分別し治療の優先度を決 定するトリアージ訓練が必要と強調する。

また、災害時は、軽症者や患者の家族が病院内に入ると病院内が混乱してしまうため、トリアージ訓練では、仮設テントを病院の入口をふさぐように開設するなどの手順や設置場所の確認も併せて実施すべきだとする。

白鬚橋病院では、地震だけでなく、地下鉄サリン事件や、茨城県東海村の臨海事故などNBC(核兵器、生物兵器、化学兵器による攻撃)災害にも備えて、定期的にトリアージ訓練を実施している。

■医療機関の優先業務


災害時における医療機関の役割は「人命救助」に集約される。優先すべき業務は「入院患者の安全、働いている職員の安全、被災者の受

け入れ。もちろん、これら全部ができないといけない」と石原氏は語る。

一方で、病院が被災すれば医師や看護師など人材や資機材は不足する。そのため、「外来を止め、予定手術を止め緊急手術対応だけに変える、帰せる患者は返す」などの中断・縮小業務を考える必要が出てくるとする。

病 院が被災したような場合は、入院患者を安全な場所に避難させなくてはならないが、職員数などマンパワーが不足する中では町会や自治会とあらかじめ災害時応 援協定を結び、被災時に協力をしてもらうことが何よりも大切と石原氏は説く。白鬚橋病院では、地元町会との協定を締結し、防災訓練にも定期的に参加しても らっている。

■不足人員も把握できない
東京都の災害拠点病院、そして東京DMAT(災害派遣医療チーム)にも指定されている白鬚橋病院では、阪神淡路大震災以降、新潟県中越地震や、能登半島地震、中越沖地震など全国の被災地に赴き医療支援活動を行ってきた。

全国の被災地を見た感想として石原氏は「どこでどれだけ人員が不足しているのかすら、把握できていないケースが多い」と話す。

【病院概要】
■名 称/医療法人社団誠和会白鬚橋病院■所在地/東京都墨田区東向島■一般病床/199床■災害医療/二次救急指定医療機関で東京都災害拠点病院、東京DMAT医療機関に指定されている。

2010年1月号vol.17より