おさえておきたい5つの対策


被害を最小限に留めるには建物だけの対応だけでは限界がある。室内の安全対策や備蓄、自助・共助などのソフト対策を久田教授に紹介頂いた。
 

①「長周期地震動」の知識と揺れ固定
長周期地震動では大きな揺れが長時間続く。まずは超高層ビルの利用者全員が「長周期地震動と超高層ビルの揺れ」に対して正しい知識を持っていること。超高層ビルが1、2メートルの揺れ幅で揺れても倒壊することはない。だがその知識がないと「このまま倒れるのではないか」と勘違いし、一斉にパニックに陥ってしまう。これにより避難階段に大勢が殺到して将棋倒しになったり、慌てて外に飛び出して落下物にぶつかる方がはるかに危険である。室内では、まずは倒れやすい棚や、落ちやすい重い物、動きやすいキャスター付きの什器、複写機などはしっかり固定し、出来る限り天井落下の補強も施すこと。揺れが収まるまで一人ひとりが事前に確認した安全な場所で待機することが求められる。気象庁では「長周期地震動」の特集サイトをつくり、周知を促している(http://www.data.jma.go.jp/svd/eqev/data/choshuki/index.html)。
 

  • ② 「孤立化」に対応した訓練
    長周期地震動の場合、一般に高層階ほど揺れが大きくなる。だが防災センターは1階のみ。エレベーターも止まって、通信も輻輳などで途絶し、誰も助けに来てくれない。高層ビル内の高層階では各フロアの入居者が孤立化したまま、同時多発の様々な被害に直面することが想定される。まずは同じ階の入居者が協同し、身の回りにある道具を使って、自分たちだけで直面する事故に対処する対策と訓練が求められる。通常の火災を想定した防災訓練では「避難訓練」を行うが、震災を想定した場合は目の前で起こりうる様々な事故に対応すること「発災対応型訓練」が有効である。地震による長周期地震動で各フロアに孤立した状況を想定し、消火器や屋内消火栓で初期消火する、閉じ込めや家具等の下敷きになった人をバール等で救出する、負傷者の応急手当や担架搬送する、防災センター(災害対策本部)への状況報告といった訓練もあわせて行いたい。(以下サイトでは、工学院大学新宿キャンパスでの「発災対応型訓練」の実例を紹介しているhttps://www.nhk.or.jp/sonae/column/20160637.html)。

工学院大学25階に配備された災害救助品。ケガ人を応急処置をする救急箱、布製タンカー、閉じ込められた人を救出するバールなど。各フロアで「孤立化」することを想定して、自助・共助に必要な道具が揃う


③「高度利用者向け緊急地震速報(予報)」を活用する
また緊急地震速報も有効に活用すべきである。室内にいる人が冷静に対応するには、的確な情報が必要になる。緊急地震速報には、単にテレビ・携帯電話など不特定多数に大まかな情報を提供する「一般利用者向けの緊急地震速報(警報)」と、専用の受信端末等を利用した「高度利用者向けの緊急地震速報(予報)」の2種類があり、後者では許可業者と契約すれば当該建物への予測震度や地震到達時間など詳細な情報が得られる。遠方の巨大地震の場合、高層ビルの管理者であれば緊急地震速報(予報)を活用して、揺れが来る前に初動体制を整え、館内放送で「大きな揺れが来る可能性があり、長く大きく揺れるが、建物は十分耐えられるので、近くの安全な場所で待機してください」などの内容を伝えれば、事前に落ち着いて対応できる。

工学院大学新宿キャンパスが利用している「高度利用向け緊急地震速報」のモニタ画面。左奥の通報システム(白いボックス)で災害対策本部に緊急連絡できる


④地震計で建物挙動をモニタリングする
さらに地震計を活用した建物の「即時被災度判定システム(ヘルスモニタリングシステムなど)」も非常に有効。少なくとも地上1階と最上階に1カ所ずつ、超高層であれば中間階にも設置したい。大きな地震が起きたときは、防災センターや施設担当者が全階の被災状況を調査し終えるだけで数時間以上はかかる。被災度判定システムがあれば即時に建物の構造や室内被害の概要が把握でき、より的確な被災情報を館内放送で伝達できる。大災害時には、救助を求める連絡が来ている階よりも、被害が甚大で連絡さえできない階がある、ということが往々にして起きる。このシステムがあれば甚大な被害が出ている可能性がある階が瞬時に把握できるため、対応の優先順位の判断などにも役立つ。

このほか地震計は、日常的な小さな揺れの建物挙動をデータ解析することで、構造的な疲労破壊の度合いを把握できるため、効果的な修繕計画の策定にも有効に活用できる。将来的には長周期地震動の耐震設計のための貴重な財産にもなる。超高層ビルのような重要構造物であれば、火災報知器が義務化されているのと同じように地震計の設置を義務化するべきである。

工学院新宿キャンパス25階に設置された震度計。最上階のセンサーにより建物の揺れをオレンジの波形でモニタリングしている。モニタ画面の外円の半径が1cm。平時は5ミリ以内の揺れ幅に収まっているのが分かる


⑤将来は長周期地震「速報」に期待
気象庁は2013年3月から、長周期地震動階級の観測情報をサイトで公表している(http://www.data.jma.go.jp/svd/eew/data/ltpgm/eq_list.html)。現段階では地震発生の10分〜20分後でしか見られないが、これを緊急地震速報のようにプッシュ型で揺れが来る前に配信通知しようという試みを行う予定である。通常の地震動よりも長周期地震動は遠方にまで伝わるが、ゆっくりと到達するため、十分な時間的余裕もある。運用を開始すれば、都市部の高層オフィスビル・タワーマンションでも非常に有用な情報となり、正しい知識と事前の対策と併せて、余裕をもって対応行動が行えるはずである。