(出展:NYC Fire Department HP )

ニューヨーク市消防局(FDNY)は、救急隊員の労務環境保護のために下記のサインを救急車のボディーに貼って、市民への理解を深めている。

“FDNY EMTs and Paramedics Are Protected by NEW YORK STATE LAW.Assault is a Felony Punishable by 7 years in prison.”

(FDNYのEMT(救急隊員)およびパラメディックは、ニューヨーク州法によって保護されています。暴行は7年間、刑務所で罰せられる重罪です)

https://www1.nyc.gov/site/fdny/news/pr5618/fire-commissioner-nigro-union-leaders-new-signs-all-fdny-ambulances-promoting#/0


Tribute to FDNY EMT Yadira Arroyo, LODD 3/16/2017(出典:Youtube)

このステッカーを貼るに至った経緯には救急隊員の死があった。

2017年3月16日、ニューヨーク市の女性救急隊員で当時14年勤続のYadira Arroyo(ヤディラ・アロヨ)(44)さんは、殺人と強盗の罪で逮捕されたJose Gonzalez(ホセ・ゴンザレス)容疑者(25)が出動現場に停車中の救急車の後ろのバンパーに載って来たため、救急車を降りて注意しようとした。

すると突然、ゴンザレス容疑者が救急車の運転席に飛び乗って発進させ、車を盗もうとした。ヤディラさんは救急車の前に立って停止しようとしたが、ゴンザレス容疑者は容赦なくヤディラさんを前進と後進で2回轢き、さらに交差点までヤディラさんを轢きずった。

ヤディラさんは、いつも搬送している救急救命病院に運び込まれ、同日死亡が確認された。

警察に逮捕されたゴンザレス容疑者は、事件の10日後にブロンクスの弁護士に精神障害があることを精神科に認めさせるよう指示し、医療観察法制度を受け不起訴処分になってしまった。

医療観察法制度:心神喪失または心神耗弱の状態(精神障害のために善悪の区別がつかないなど、刑事責任を問えない状態)で、重大な他害行為(殺人、放火、強盗、強姦、強制わいせつ、傷害)を行った人に対して、適切な医療を提供し、社会復帰を促進することを目的とした制度。


不起訴になった同容疑者は、メディアのカメラに向かって微笑みとウィンクを残し、胸を張って裁判所を出た。

これに対して、ニューヨーク市消防局のニグロ消防総監は「毎日危険な救命活動を行う救急隊員は、日常的に麻薬やアルコール中毒患者、精神障害者らからさまざまなハラスメントを受けており、年間200件近く重症に至るほどの暴行を受けている。にも関わらず、その労務環境が守られないのは大きな問題がある」として、事件の発生したブロンクス26分署の救急車に最初のステッカーを貼った。

ニグロ消防総監は同時に、全米に向かってメディア発表を行い「今回の事件の判決を受けて、このような法環境のもとニューヨーク市の救急隊員は、すべてのニューヨーク市民をケアするのは非常に難しい状況にあります。どうか、救急隊員を守るために彼を尊重して下さい」と発表した。

以前、日本国内の某消防職務改善研究会で「救急隊員の労務管理」についてのテーマで話したときに、下記のようなグループ発表があった。

「総務省消防庁から資料が配付されていますが、肝心な現場の救急隊員まで知られていないことがほとんどです。また、知っていたとしてても、上司から「(報告作業が大変だから)今回は我慢してくれ」、「お前の患者対応が悪かったんじゃないの?」と言われるのがオチです。昔から幹部がいくら替わっても、問題が起こっても、できる限り何もしようとしない、目に見えない悪しき慣習が蔓延っていて、ますます救急隊員の労務環境は悪化していると言えます」

「消防署長など上級幹部教育をもっと本気で行うべきだと思います。また、消防士が思いきって任務を遂行するために、消防士の労務環境を守るための住民対応や理解の促進対策も必要です。わかりやすく言えば、数万人の人口のうちの1人からの投書に対して、最初からただ謝って済ませるのではなく、きちんと消防の労務環境なども説明することで、数万人うちの多くの人に消防への理解を求めることが出来ます。社会対応能力のある幹部を育てて欲しいと思います」

■救急隊員の労務管理(2017年・総務省消防庁)
http://www.fdma.go.jp/neuter/about/shingi_kento/h29/kyukyu_arikata/03/shiryo1.pdf

例えば、前回の連載では消防署内の食事について書いたが、消防局によっては消防署での食事作りを認めていたり、飲食物の購入については、具体的に市民への理解と協力をポスターなどで行っていいたりするところも多い。

■消防士たちのキッチントークは貴重な心のセラピー
http://www.risktaisaku.com/articles/-/6674

食事の問題については救急隊員に限らず、各消防本部や消防局で「消防職員の食事などの対応について」という住民への通知文をHP上や公報で伝えるなどして、幹部が具体的に形にして行動することで、改善されると思う。

また、救急隊員への暴力・暴力や公務ハラスメントは公務執行妨害、傷害罪、器物破損罪になることや、実際の判例や罰金の額なども公表して、もっと住民にアピールすることが必要だ。

■消防活動の妨害などにおける、告訴・告発について(京都市消防局)
http://www.city.kyoto.lg.jp/shobo/page/0000204176.html

1.公務執行妨害罪(刑法第95条第1項)

職務を執行する公務員に対して暴行,脅迫行為等が行われた場合,公務執行妨害罪が成立します。


ここでいう「暴行」とは,公務員に対して加えられる有形力の行使を意味しますが,直接「身体」に対して加えられる行為だけではなく,「物」に対する有形力の行使も該当します。例えば,救急活動中に,救急車や救急器材等を損壊させ,活動を阻害した場合も,公務執行妨害罪が成立します。

2.傷害罪(刑法第204条)

暴行により職員が負傷した場合は傷害罪が成立し,それが公務中であれば公務執行妨害罪も同時に成立します。

3.器物損壊罪(刑法第261条)

消防車両,装備品等を損傷させたり,隊員の被服を破ったりする行為に対しては,器物損壊罪が成立します。
現場活動中であれば,公務執行妨害罪も成立します。


私は年間約2000人の全国の消防関係(消防職員、消防団員、自衛消防隊員など)の方々にワークショップを行ったり、消防戦術研修、消防士の不祥事対策研修、消防組織の改善研修などを行っているが、研修後の懇親会でたくさんの素晴らしい組織改善案を聞くことが多い。

先日の懇親会では「総務省消防庁の通達や検討会報告書、消防防災行政の現状などのPDF資料は、誰でもが受信し、消防士自ら把握できるように登録制のメーリングリストを作って配信したらどうか?」という意見もあった。

また、「消防団員の実践的な災害対応を目的とした加点式の救助大会」や「救助技術大会の種目改善メニューとして、火災防御戦術や河川や海などでの救出救助、重機での捜索・救助など、各地域毎にオリジナルの種目を決めて、日本各地の消防士達が、相互に興味がある種目に公務として参加できるようにする。その参加費用は所属署が出すか、総務省消防庁が職員研修予算を組んで補助してもらい、その代わりに参加した職員は培ったテクニックやコンセプトを定期会などで発表し、署内で指導することを約束する」という斬新な意見もあった。

ただ残念なのは、いくらステキな意見でも「上司に言っても実現しない」「余計なことはするな」と言われることを予測して、自ら企画案を作成し、分かりやすく書いたもので上司や幹部に説明しない職員がほとんどのため、いつも懇親会での感情的な愚痴で終わってしまう。

消防職員の労務環境改善については、本来は職員自らが現状を伝え、改善を求めて行く必要があると思うが、組織側や幹部からも歩み寄って、労務環境改善についての企画書の様式を作るなどして、職員が自由に意見を伝えることが出来るように努める必要があると思う。

昨年は韓国の救急隊員が現場出動し、酔っ払いに殴られて死亡したケースもある。日本の救急現場でも同じ事が起こるかもしれない。

私も救急隊員だったが、今でもあまり知られていない実態がたくさんある。どうか、早く救急隊員の労務管理を向上させて欲しいと思う。

(了)


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