復興工事が進む岩手県大槌町。住民コミュニティーは取り戻せるだろうか(2015年6月)
 

原田保夫氏 民間都市開発推進機構理事長


地区防災計画制度の施行から1年が過ぎ、少しずつではあるが全国へ取り組みが広がり始めている。東日本大震災の際には内閣府政策統括官防災担当として対応に奮闘し、その後、国土交通省国土交通審議官を経て2014年に復興庁事務次官に就任し、現在は民間都市開発推進機構理事長を務める原田保夫氏に、地区防災計画制度の誕生のいきさつと同制度への期待を聞いた。


Q.東日本大震災を受け、日本の防災施策全般を見直す中で、なぜ地区防災計画のような制度が必要になったのか、当時のお考えを教えてください。
防災担当としてやはり東日本大震災は衝撃的でした。当時私は内閣府政策統括官防災担当という立場で、被災地の対応に追われていました。復興対策本部が設立される7月まで被災地に関わり、その後は新たな防災対策の策定に取り掛かりました。南海トラフ大地震、首都直下地震への対策だけでなく、毎年のように起こる土砂災害や火山災害にどう対応するべきか、奔走する日々が続きました。

国民の安全確保が行政の大きな使命ですが、現実的な問題として、行政の資源は限られています。行政として発災後に速やかに資源を集中投下しても万全とはいきません。全体的な災害対策をリードするのは行政ですが、被害を防ぐにはどうしても個人や地域の力が不可欠です。その共助を促進する役割として策定されたのが地区防災計画です。

「自助・共助の促進」という話し方をすると、「行政が防災対策を地域に丸投げしている」との批判を受けます。私もこの言葉が軽く扱われる現状には少なかれ違和感を抱いている1人です。ですが、行政の公助を地域の共助に置き換えるイメージではなく、自助・共助・公助のそれぞれが重層的にフォローする協力関係にしなくてはなりません。

岩手県山田町。10mを超える防潮堤が建設されている(2015年6月)