インターリスクレポート <BCMニュース>より 

鳥インフルエンザ(H7N9型)情報【第2号】   2013年4月15日

株式会社インターリスク総研 コンサルティング第三部安全文化グループ 
主任コンサルタント 小山和博 

インターリスクレポートは、MS&ADインシュアランスグループのリスクコンサルティング会社であるインターリスク総研が、企業を取り巻く様々なリスクについてご提供するリスク情報誌です。 

2013年4月10日、内閣官房長官は、記者会見の中で「今般の中国におけるH7N9鳥インフルエンザは、現段階において、人から人に持続的に感染することは確認されておりませんが、万が一に備え、施行令を今週金曜日12日に閣議決定し、特措法を翌13日に施行することといたしました」と発表した。新型インフルエンザ等特別措置法は、2012年5月11日に公布され、公布日から一年以内に施行するとされてきたが、施行日は決まっていなかった。中国におけるインフルエンザウイルス(H7N9型)の人への感染事例の続発を受けて、施行を繰り上げたと報じられている。

現段階で、このウイルスが人から人に持続的に感染するものとなるかどうかについては、軽々に判断することはできない。このような状況で、この特措法の施行がどのような意味をもつか、関心を寄せる向きも多いだろう。そこで、本稿では、新型インフルエンザ等対策特別措置法の内容を紹介し、企業への影響を検討するとともに、対応に関する最新情報を紹介する。

1.新型インフルエンザ等対策特別措置法の概要
この法律は、新型インフルエンザ対策の実効性を確保し、各種対策の法的根拠を明確にすることを目的としている。具体的には、対策の組織体制、対策検討に当たっての専門家の関与、予防接種の実施、水際対策等を定めている。この中には、外出自粛や興行場・催し物等の制限の要請、検疫のための病院・宿泊施設等の強制使用など、かなり強い強制力や拘束力を持つ内容も含まれており、大きな議論を呼んだ。以下、この法律の概要を章に沿って紹介する。

第1章 総則(第1条~第5条)
この章は、この法律の目的や法律内で使用される各種用語の定義、国、地方公共団体等の責務、事業者及び国民の責務、基本的人権の尊重について定めている。

特に重要なのは、この法律の対象となる「新型インフルエンザ等」の定義である。この法律は、新型インフルエンザのみならず、新感染症のうち、全国的かつ急速なまん延のおそれのあるものをも対象としている。概念を整理すると以下のようになる。


第2章 新型インフルエンザ等対策の実施に関する計画等(第6条~第13条)
この章は、国、都道府県、市町村及び指定(地方)公共機関がそれぞれ必要な計画を策定し、物資・資材を備蓄し、訓練を実施することを定めている。また、国や自治体は、国民に対して知識の普及啓発を実施するものとしている。地方公共団体の行動計画は、国の行動計画と整合する形で作成しなければならないのは、災害対策基本法や国民保護法と同様である。

また、エネルギー、運輸、通信、医療など公益的事業を営む企業は、高病原性の感染症が流行している状況下でも事業を継続するよう、指定(地方)公共機関として指定される。指定(地方)公共機関は、国や地方自治体が作成する行動計画と整合性を取る形で業務計画を作成する責務を負う。これにより、高病原性感染症の流行時にも、国及び地方自治体の対策と指定(地方)公共機関の業務が矛盾することなく進められることが担保される仕組みとなっている。


第3章 新型インフルエンザ等の発生時における措置(第14条~第31条)
この章は、新型インフルエンザ等の発生が確認された直後に実施される「国、都道府県及び市町村の対策本部設置」「特定接種」「水際対策(検疫強化及び船舶・航空機の運航制限要請)「医療従」事者に対する要請及び指示」などを定めている。

企業の立場からすれば、ワクチンの優先接種の枠組みを定めた「特定接種」には注目する必要がある。一度発生した新種の呼吸器系感染症は、国民の大半が当該感染症に罹患するか、ワクチンの接種により免疫を獲得するまで流行が継続することが疫学的な知見として知られている。この点で病原性が高い新型インフルエンザ等の流行時、ワクチン接種の優先順位はきわめて重要である。2009年の新型インフルエンザの際も、ワクチン接種の優先順位は大きな議論となった。

そこで、特措法では、住民を対象とした予防接種の実施に先立って、一部の事業者を「登録事業者」として指定し、ワクチンの優先接種の対象とすると定めている。


登録事業者と指定(地方)公共機関が異なる概念となるのが分かりにくいとの指摘がある。指定(地方)公共機関は、業務計画の作成などの負担が重いため、一定規模以上の事業者であることが前提となっている。この登録事業者の仕組みは、「医療の提供」や「国民生活及び国民経済の安定」といった公益に貢献する業種ではあるものの、事業規模の観点から指定(地方)公共機関にはならなかった事業者(例:小規模診療所)や、国、自治体、指定(地方)公共機関などの業務の一部を受託する事業者(例:情報システムベンダー)までもワクチンの優先接種の対象とするものである。

第4章 新型インフルエンザ等緊急事態措置(第32条~第61条)
この章では、新型インフルエンザ等緊急事態宣言とその効果を定めている。緊急事態宣言が公示された場合、外出自粛要請、興行場・催物等の制限等の要請や指示、住民に対する予防接種の実施、医療提供体制の確保、運送・通信及び郵便等の確保、特定物資の売渡し要請や収用、埋葬・火葬の特例、生活関連物資等の価格安定のための緊急措置、行政上の申請期限の延長、政府関係金融機関による融資など様々な措置が行われることになっている。

第5章 財政上の措置等(第62条~第70条)
この章では、新型インフルエンザ等のまん延を防ぐため、国や自治体が行った処分に対する損失補償、医療従事者に対する損害補償、その他費用負担に関するルールを定めている。

第6章 雑則及び第7章罰則(第71条~第78条)
この章では、この法律を実施に移すに当たり必要な諸手続きや、この法律に基づく命令に従わなかった場合の罰則を定めている。

2.新型インフルエンザ等対策特別措置法の施行による企業への影響
この法律の施行は、指定(地方)公共機関の指定をうける企業には、大きな影響を及ぼす。しかし、今後の新型インフルエンザや新たな感染症への対策として、企業が考えておくべきことは、この法律の施行によって、従来と大きく変わるものではない。

中国において、インフルエンザウイルス(H7N9型)が人に感染したことが確認される事例が続発している現状を踏まえると、企業が直ちに取組むべき対応については、インターリスクレポート「鳥インフルエンザ(H7N9型)関連ニュース【第一報】」において既にお伝えしたとおり、以下の3つの項目に集約される。


また、現在、新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づき、政府の行動計画や各種ガイドラインの策定が進められている。先に紹介した官房長官の記者会見上の発言によれば、政府の行動計画は今月中に策定されるとのことであり、内容が注目される。

特に、新型インフルエンザ等緊急事態宣言が公示された場合、政府や都道府県の対策本部が行使できるとされる権限は、企業に大きな影響を与える可能性がある。業種にもよるが、これらの措置が自社の事業活動に影響する事業者は少なくないと思われる。これらの措置がどのように実施されるかについては、行動計画やガイドラインの中で具体化される可能性が高く、注目しておく必要がある。

【ポイント】
①特措法の施行が企業に与える直接的な影響は、指定(地方)公共機関に指定される各社を除けば、大きくないとみられる。
②中国における感染確認事例の続発を踏まえると、情報収集の強化、社内注意喚起、各種指示、備蓄品の確認手配は直ちに取組むべき対応である。
③今後決定される政府行動計画、ガイドラインの内容は影響が大きく、注目が必要。特に、新型インフルエンザ等緊急事態宣言公示中の対策本部の権限には注意が必要。

3.新型インフルエンザ対策を進めるにあたっての留意点
前出の「直ちに取組むべき3つの対応」に企業が取組むにあたって、留意すべきポイントを解説する。

(1)情報収集源の多様化
インフルエンザウイルス(H7N9型)が人に感染したことが確認されて以来、内外の公的機関も情報発信を増やしている。主要なものは、以下のとおりである。

この他、国内外の専門家や専門企業が情報発信を活発化させている。公式発表の内容を踏まえ、今後の展開を想定するには有用であり、適宜内容を確認しておくことをお勧めする。

(2)衛生的な習慣の徹底
企業がインフルエンザの流行拡大を防ぐためにもっとも重要な取り組みは、「体調不良の従業員は出社させない」「感染症の流行時は、従業員に手洗い、手指消毒、せきエチケットといった衛生的な習慣を徹底する」の2点であると公衆衛生の専門家たちは指摘している。

これらの項目を実行するためには、従業員個人の意識や行動習慣に働きかける必要があることから、急に開始するのは難しいことがある。特に以下の項目については、会社としてすぐにでも取組むことをお勧めする。


特に体調不良の従業員の取扱いは重要である。現在、日本では風疹が流行中である。患者は20代から40代の男性に多い。成人が風疹に感染すると、症状が重くなる傾向がある。妊娠中(特に妊娠初期)の女性が風疹に感染すると、白内障、先天性心疾患、難聴を主とする先天性風疹症候群の原因ともなる。体調不良の従業員は可能な限り出社させない方が望ましいのは、このような理由もある。

(3)緊急時の初動対応の整備点検


緊急時の初動対応として、整備するべきポイントは以下の5点である。整備が完了している場合は、実効性が確保されているか、再度点検することをお勧めする。


(4)対策検討に人権の観点を
対策の検討に当たっては、感染症と人権という観点も欠かせない。国内で次々と新型インフルエンザ発症者が確認されていた2009年5月21日、九州薬害HIV訴訟の原告団弁護団が連名で発表したアピールには以下の一文がある。この文章を改めて想起したい。

「感染者は、何よりもまず「治療を必要としている患者」として扱われるべきであり、「社会防衛の対象となる感染源」として扱われるべきではありません。感染源としての扱いは、感染者が医療にアクセスすることを妨げ、結果的には感染者の潜伏に繋がります」。

特定の感染症が大流行している状況において、ある社員がその感染症を発症しているかどうか情報を収集すること(体温の把握等)は、会社として実施が許される範囲であろう。ただ、その情報をどのように管理し、どのように活用するかに当たっては、厚生労働省労働基準局安全衛生部労働衛生課長通達「雇用管理に関する個人情報のうち健康情報を取り扱うに当たっての留意事項について」(2004年10月29日)を参考としつつ、慎重な制度設計と運用が求められる。情報の配布先の限定、情報を配布された従業員の口外禁止などのルール設定が不可欠である。

また、発症した従業員を不当に扱うような言動は厳に慎まれなければならない。すでに紹介したように、呼吸器系感染症の流行が生じた場合、その発症は避けがたい事態である。社内で確認された発症疑い者や発症者は適切な医療上のケアを受ける必要がある者として扱わなければならない。具体的には「検査の結果、黒だった」「うちの部署の第一号患者は●●だった」等の言動は適切なものとはいいがたい。

2002年の急性重症呼吸器症候群(SARS)流行時も企業の対策手法をめぐって人権上の問題が生じたことが分かっている。また、2009年のインフルエンザ対策に当たっても、一部企業では従業員からプライバシーの観点から問題指摘があったと聞く。2013年の対応に当たってはこのような指摘を受けることがないよう、各社が真摯に取組んでいくことが望まれる。

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株式会社インターリスク総研 コンサルティング第三部 安全文化グループ
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転載元:株式会社インターリスク総研 InterRisk Report No.13-008

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