首都直下、南海トラフの対策急務

写真を拡大オリンピック会場になる新国立競技場の完成予想図(日本スポーツ振興センターより)

2020年のオリンピック・パラリンピック開催地が東京に決まった。東京電力福島第一原子力発電所での汚染水問題が懸念材料ではあったが、見事なプレゼン力で不安を払拭させた。

しかし、いつまでも喜びに浸っているわけにはいかない。東京都はオリンピックによる経済効果を3兆円と試算しているが、大前提として経済被害約112兆円と試算される首都直下地震への対策を終える必要がある。

政府の地震調査委員会は、マグニチュード7級の首都直下地震が30年以内に起きる確率を70%と予想しているが、2020年までの7年間、想定される地震が起きなければ、その数値はさらに高まっていることになる。南海トラフへの対策も急務だ。仮に首都直下地震が起きなくても、それまでに南海トラフ地震が発生し、復興が遅れているようなら、オリンピックが開催できたとしても観光客は極めて少なくなるはずだ。

逆に、首都直下や南海トラフへの対策が十分に進めば、世界一安全な国をアピールすることで、予想以上の経済効果を得ることもできよう。その上で、さらに考えなくてはいけないのが、オリンピック開催期間中における大災害の発生への対応だ。

【2020オリンピック成功までの3ステップ】
 ①  2020年までに首都直下地震および南海トラフ地震への対策を終わらせる
 ②  オリンピック開催による利益の最大化を図る
 ③  オリンピック開催中の大災害に対応できるようにする

①の首都直下地震および南海トラフ地震への対応については、再度、目標設定を見直す必要がある。人的被害や建物被害はもとより、国全体としての目標復旧時間を明確にすることが重要だ。オリンピックの開催を成功させることを考えれば、南海トラフなら1年、首都直下地震なら半年程度で80%レベルの復旧を達成させるぐらいのプランを作成せねばならないだろう。もっとも、大前提として福島第一原発の汚染水問題などは早期に解決せねばならない。

②のオリンピック開催による利益の最大化を図るには、まず、地震をはじめとした災害への不安を払拭させる必要がある。つまり、①の取り組みを確実に実行することだ。それにより初めて世界中から安心して日本に来てもらえる体制が整う。さらに、オリンピック期間中の交通渋滞や通信環境の悪化にも対応できるようにしなくてはならない。

写真を拡大2012年ロンドンオリンピック

参考になるのが2012年にロンドンで開催された夏期オリンピックだ。英国では、オリンピック期間中にビジネスを中断させる要因となるさまざまなリスクに備えることで、利益を最大化させることを試みた。具体的な内容は、先日、発行された「被災しても成長できる危機管理「攻めの」5アプローチ」(アース工房)でも詳しく書いたが、要約すると、テロなどの大災害ではなくても、オリンピックのような大イベントは、ビジネスを中断させるさまざまな危険要素を含んでいるということ。例えば、観光客による交通機関の混雑はスタッフの移動を困難にするばかりか、サプライチェーンとの物流を遅延させる。映像のストリーミング配信の増加は、通信の遅延や途絶を招く。

オリンピックの開催中は、多くの企業が、積極的なビジネスを仕掛けるため、操業レベルが通常時より高くなっていると考えられる。一般的なBCPは、いかに早く、通常時の操業レベルに戻すかを考えるが、利益を最大化させるには、100%以上の操業レベルを継続させ、仮に中断しても早期に回復できるようにしなくてはならない。

こうした課題は、インフラ企業だけでは対応ができない。ロンドンでは個々の企業にオリンピックを想定したBCPを策定するようにパンフレットを配布するなどの事前対策を行った。一方で、ロンドン交通局などが混雑を避けることを過度に呼びかけたことで観光客の足を鈍らせたとの指摘もある。実際、英国統計局によれば、ロンドン五輪、パラリンピックが開かれた2012年8月に、海外から英国を訪れた人は前年に比べて5%少ない303万人となった。しかし、これについては英国が抱える特別な事情がある。それは事前対策としては手のつけようがなかった地下鉄問題である。ロンドンの地下鉄は世界で最も歴史が古い。しかし、車両は狭く、冷暖房も完備されていない。日常的にロンドンを訪れている観光客は、そのことをよく知っていて、あえて期間中の観光を避けたのだろう。

最大の課題として立ちはだかるのが③オリンピック開催中の大災害にも対応できるようにすることだ。

オリンピックへの観光客数は、海外から数十万人、国内からは数百万人に上ることが想定される。この数字を現状の首都直下地震の被害想定にあてはめると、例えば448万人と試算されている帰宅困難者数は、倍増することも考えられる。英語や中国語をはじめとした外国語での支援も課題となる。そこまで考えたら国際的なイベントなど、どこの国でも開催することができないとの反論もあろう。しかし、ロンドンの地下鉄事情ではないが、不安を抱けば人は集まらない。

東京オリンピックの開催を1つの契機に、これらの対応を考えてみれば、各組織がばらばらに対策を講じてもどうにもならないことに理解が深まるはずだ。国、自治体、自衛隊、消防、警察、医療、さらにはボランティアなど市民団体が、オリンピックを成功させるという同じ目標に向かい、標準化された災害対応スキルを身に付け、オールジャパンの危機管理体制を構築することが急務である。

国内の各地方都市は、オリンピックを機会に、東京に集まった観光客をいかにそれぞれの地方都市に呼び込み地域経済を活性化させるかを考えていることだろう。ならば、万が一の被災時に備え、応援・協力体制も含めて首都機能を守ることに手を貸すべきだ。そのことにより、オリンピック開催時だけでなく、平時から地域が活性化する道も開かれる。それも利益を最大化させる「攻めの危機管理」と言えよう。

リスク対策.com 編集長 中澤幸介

☆アマゾンでも好評発売中
「被災しても成長できる危機管理「攻めの」5アプローチ」(アース工房)
購入はこちらから⇒https://www.shinken-store.com/html/products/detail.php?product_id=127