~依然として不安定なアフリカのテロ情勢~

日本安全保障・危機管理学会 主任研究員
オオコシセキュリティコンサルタンツ アドバイザー
和田 大樹

1月16日で、日本人10名が犠牲となったアルジェリア・イナメナスの人質事件から1年となる。9.11同時多発テロ以降、日本人が巻き込まれたテロでは最も悲惨な出来事となったこの事件から1年が過ぎる中、我々日本人、日本社会は何を学び、何を教訓とするべきなのだろうか。

今後の日本経済を考えた場合、日系企業の海外進出は避けては通れない。そして最後のフロンティアとも言われるアフリカへの外国企業の進出は、中国を筆頭に加速化している。日本としてもその流れに遅れないためにも、今年1月に安倍首相がモザンビークやエチオピア、コートジボアールを訪問した際に多くの企業関係者を同行させたように、政・官・民の壁を超えた立場からのアフリカ進出をさらに本格化させる必要がある。

しかしその際に必然的に伴ってくるものとして、政治・治安上のリスクが挙げられる。イナメナス事件から1年が経過するが、現地当局による治安の改善は観られるのか。ここでは事件が発生した地域のテロ情勢について、専門的な見地を加え簡単に説明したい。

結論を先に言えば、イナメナス事件が発生したアルジェリア南東部を中心に、リビア西部・南部、マリやニジェールなどサハラ一帯のテロ情勢は改善していない。去年1月のフランス軍によるマリ侵攻で多くのイスラム過激派メンバーが殺害され、マリ政府側が再びマリ北部を奪還したが、イナメナス事件を首謀したとされる「血盟旅団」のベルモフタールは、去年8月にマリやモーリタニアを拠点とするイスラム過激派「西アフリカ統一聖戦運動(MUJAO)」と合併し、新組織「ムラビトゥン」を結成することを宣言している。そしてサハラ砂漠一帯では依然として各国治安当局による国境警備が脆弱であることから、過激派メンバーは自由に国境を越えて活動していると思われる。イナメナス事件後でも襲撃や誘拐など多くの事件が報告されている。

また去年9月21日、ケニア・ナイロビにある商業施設“ウエストゲートモール”が武装した集団に襲撃され、欧米人や韓国人、インド人を含む約60人が犠牲者となる悲劇が起こった。この事件ではソマリアを拠点とするイスラム過激派アルシャバブが犯行声明を出しているが、近年はアフリカ連合やエチオピア軍、ケニア軍によるソマリア介入により支配領域を失い、組織としては弱体化傾向のあるとされる。しかし今回の事件のように、テロリスクとして考える場合、アルシャバブは依然として地域の安定にとって大きな脅威である。ナイジェリア北部を拠点とするイスラム過激派ボコハラムも、近年はカメルーンやマリ北部のイスラム過激派との連携を強化しているとの指摘もあり、依然として油断を許さない状況が続いている。

さらに去年7月、軍によるクーデターが発生したエジプトでは、シナイ半島を拠点とするイスラム過激派組織:Ansar Bayt al-Maqdisが軍や警察など治安関係者を襲撃する事件が増加傾向にあり、政治の行方次第ではエジプト国内でさらにテロ事件など治安が悪化することが懸念される。

このようにテロ情勢に絞って簡単にみてきたが、イナメナス事件後においてその周辺のテロ情勢は改善するどころか、むしろ懸念材料は増えているように感じる。地域周辺のイスラム過激派間の連携や、エジプトなどのような新たな脅威の出現など、アフリカ地域のテロ情勢には引き続き注意しながら観ていく必要がある。

著者Profile
和田大樹(わだ・たいじゅ)
1982 年4月15日生まれ。専門分野は国際政治学、外交・安全保障政策、国際テロリズム論、国際危機管理論など。清和大学講師(非常勤)、岐阜女子大学南アジア 研究センター特別研究員である傍ら、オオコシセキュリティコンサルタンツアドバイザーや東京財団リサーチアシスタント、日本安全保障・危機管理学会主任研 究員などを兼務。
国際テロやアジア・太平洋地域の安全保障問題を中心に、外国の学術機関や学会誌をはじめ、新聞や論壇誌、企業誌などに学術論文やコメンタリーを多数発表。 所属学会:日本国際政治学会、国際安全保障学会、日本安全保障・危機管理学会、日本防衛学会、防衛法学会など。学歴;慶應義塾大学大学院政策・メディア研 究科 後期博士課程。Mail: mrshinyuri@yahoo.co.jp