リスクコンサルティング事業本部 ERM部 上席コンサルタント 原 敬徳
リスクコンサルティング事業本部 ERM部 主任コンサルタント 横山 歩

はじめに


タイでは、インラック首相の退陣を求める反政府派が2013年11月から2カ月にわたってデモや集会などを続けており、これまでに9人が死亡(うち1人は「バンコク封鎖」後に死亡)、400人以上が負傷している。2月2日に総選挙を控え、事態の収束を図りたいインラック政権は1月21日、反政府派による「バンコク封鎖」を受けて「非常事態宣言」を発動したが、反政府派の反発は必至の情勢である。今後、インラック首相を支持するタクシン派とステープ元副首相が率いる反政府派の対立激化やデモ隊と治安部隊の衝突など、さらなる治安悪化が懸念される。

タイ情勢が再び緊張の度合いを増しているなか、今回の「バンコク封鎖」に際し日系企業が講じた対応策について具体的な事例を交えながら、「バンコク封鎖」が開始された1月13日以降の1週間を振り返る。

 

1. タイ「バンコク封鎖」の状況


2013年11月からデモを続けていた反政府派は、2014年1月に入り、バンコクの主要な交差点や道路を封鎖し、政府庁舎を包囲・占拠するなどして首都機能を停止させる「バンコク封鎖(Bangkok Shutdown)」を計画した。ステープ元副首相は、バンコクの7ヶ所に反政府派の拠点(ステージ)を設置し、13日から「バンコク封鎖」を決行すると宣言、呼びかけに応じた多数の支持者らがバンコクに集結し、大規模なデモが実施された(図 1)。

 「バンコク封鎖」開始から1週間余りが経過したが、反政府派によるデモは現在も続けられている。参加者は日を追うごとに減少しており、初日となる13日には約17万人が参加したと報じられたが、14日には約6万人に、その後は5000人から1万人程度にまで規模を縮小しつつある(※2)。反政府派は、主要な交差点や道路を封鎖する以外にも、政府庁舎などの占拠を続けている。ステープ元副首相は15日、インラック首相が同日18時(日本時間同20時)までに辞任しない場合、タイ証券取引所(Stock Exchange of Thailand: SET)や航空交通管制を担うエアロタイ(Aeronautical Radio of Thailand)を占拠するとした。これを受けて、SETはラチャダーピセーク(Ratchadaphisek)通りにある複合商業施設に臨時窓口を開設し、業務を継続した。

一方で、爆発物の投げ込みや発砲が相次いで発生し、死傷者が出るなど治安悪化に対する懸念が高まっている(表 1)。「バンコク封鎖」開始以降、これまでに1人が死亡、反政府デモ隊や警察官を含む70人以上が負傷している。下表のとおり、爆発や発砲は昼夜問わず発生しているが、いずれの事件も犯人の特定にはまだ至っていない。

表 1 「バンコク封鎖」をめぐる主な爆発・発砲事件(※3)

2014年1月14日未明

デモ隊の拠点に爆発物が投げ込まれ、7人負傷

2014年1月14日夜

ルンピニ公園で警察官4人がデモ参加者らに暴行され、負傷

2014年1月14日深夜

日本人が多く住むスクンビット地区にあるアピシット民主党党首宅に爆発物が投げ込まれ、屋根や窓ガラスが破損、けが人はなし

2014年1月15日未明

デモ参加者らを乗せた大型バスが放火され、一部破損

2014年1月15日未明

「MBK」などの大型商業施設があるパトゥムワン(Patumwan)地区に反政府派が設置したステージの近くで発砲、デモ隊の2人が負傷

2014年1月17日午後

バンコク中心部で行進中のデモ隊に手りゅう弾が投げ込まれ1人死亡、37人負傷

2014年1月19日午後

戦勝記念塔近くにあるデモ隊の拠点で2度の爆発、28人負傷

インラック首相は21日、首都バンコク全域、ノンタブリ県、パトゥムタニ県およびサムットプラカーン県の一部(スワンナプーム国際空港を含む)に対し「非常事態宣言」を発令すると発表した。同地域には、すでに「国内治安維持法(Internal Security Act: ISA)」が適用されているが、インラック政権は、2月2日に実施を予定している総選挙に向けて治安強化を図るため、「非常事態宣言」の発令に踏み切ったものとみられる。適用期間は1月22日から60日間で、政府は外出や集会を禁止する、報道規制を敷くなどの強権を発動できる。また、治安部隊の武器携行が可能となるが、現時点では、治安当局はデモ隊の強制排除は行わないとしている。今回の「非常事態宣言」は、2010年4月にタクシン派による反政府デモが激化したとき以来、約4年ぶりに発令された。

これに対し、ステープ元副首相は強く反発している。同元副首相は21日夜に演説し、インラック首相が退陣するまで闘い続けるとして、「非常事態宣言」を無視してデモを続ける姿勢を強調した。そのため、事態の長期化は避けられず、これまで以上に衝突や暴力が発生する可能性が高くなることが予想される。

 ※1  在タイ日本国大使館「1月8日のデモの呼び掛け及び13日以降の反政府勢力によるバンコク都内の閉鎖(Shutdown)」2014年1月7日(別添資料(URL: http://www.th.emb-japan.go.jp/jp/news/140107.pdf)、アクセス日:2014年1月20日)。
※2 治安当局の発表による。反政府派は、14日には100万人以上が参加したと主張している。(CNN.co.jp「「バンコク封鎖」のデモ続く 銃撃で負傷者、バス放火も」2014年1月15日(アクセス日:2014年1月20日)(URL: http://www.cnn.co.jp/world/35042557.html
※3 各紙報道を基に当社作成。