「バンコク封鎖」当日における日系企業の動き

ここからは、「バンコク封鎖」当日を迎えた日系企業の動きについて概観する。13日午前、反政府デモ隊は、販売、流通、サービスを始めとする日系企業がオフィスを構えるバンコク中心部の交差点にステージを設置し、さらには電気や水道を遮断するおそれもあった。“平和的”なデモ活動といわれているものの、徐々に迫りつつあるデモ隊の行進に、一昨年、中国で発生した反日活動を想起した人も多かったと聞く。結果的には、事業活動を大きく阻害することもなく、多くの日系企業はその動向を注視しながら、翌日以降の対応について検討を進めていた。最悪のシナリオに備えて、バンコク郊外に代替オフィスを確保するといった企業も数多くみられたが、13日は休業としながらも、14日以降の対応としては、デモの状況をみつつ、社員の出退勤時間の変更や操業時間の短縮、通勤経路や営業ルートの変更などに留まった日系企業が大半であった。

一方で、バンコク郊外の工業団地などに位置する日系メーカーは、その影響が限定的であるため、概ね通常通りの操業を続けている。

以下は、実際に日系企業がとった13日の動きについてまとめたものである(表 5)。

表 5 「バンコク封鎖」当日(2014年1月13日)における日系企業の主な動き(※12)

業種

所在地

13日の対応

内容

自動車A

バンコク

通常どおり

念のため近郊に代替オフィスを準備

自動車B

アユタヤ

通常どおり

念のため近郊に代替オフィスを準備

電機C

バンナ

通常どおり

日本人駐在員は近隣のホテルに宿泊

食品D

バンコク

休業

13日は休業、自宅待機

機械E

バンコク

休業

13日は休業、自宅待機

化学F

バンコク

休業

該当オフィスを休業、近隣工場へ出社

運送G

バンコク

通常どおり

休業の準備もしつつ、状況を見ながら操業

販売H

バンコク

休業

13日は休業、14日以降は状況次第で代替オフィスへ移動

商社I

バンコク

通常どおり

念のため郊外に代替オフィスを準備

素材J

バンコク

休業

13日および14日とも休業、自宅待機

電機K

バンカディ

通常どおり

現地ローカルスタッフは早期帰宅

食品L

バンコク

休業

完全に休業、14日以降は操業時間短縮

機械M

チョンブリ

通常どおり

現地ローカルスタッフは早期帰宅

リースN

バンコク

休業

13日は休業、自宅待機

銀行O

バンコク

通常どおり

代替オフィスを準備、13日は両拠点へ分散出勤

保険P

バンコク

通常どおり

時間を短縮しながら営業活動を継続

今後求められる対応

13日の「バンコク封鎖」から1週間余りが経過し、通常どおりの操業体制に戻った日系企業が多いことはすでに述べた。これまでは武力衝突といった大きな動きもなく、反政府デモ隊の規模も徐々に小さくなると同時に、多くの日系企業では今回のデモに慣れてきた感も否めず、緊張感がやや薄れてきた状況にあった。

しかしながら、21日には、タイ政府がバンコクや近隣県の一部に「非常事態宣言」を発令し、再び武力衝突や政情不安の拡大を招くおそれが強くなった。今後の日系企業の動きとしては、まだ治安情勢が急変する状況から脱してはいないといった認識が必要である。

22日以降は、「非常事態宣言」発令に伴う衝突や、2月2日に実施が予定されている総選挙による混乱といった、治安情勢の悪化が懸念される。そのためにも、現地駐在員および日本本社の担当者は、これまで「バンコク封鎖」に備えて検討した事前対策を改めて見直すとともに、現地ローカルスタッフへの周知徹底、日本本社との情報交換をさらに活発化させてもらいたい。具体的には、代替オフィスへの移転、日本人駐在員とローカルスタッフの初動対応、操業停止手順や在宅勤務など、社員の安全確保策や事業活動の停止・継続、日本本社との連携体制の構築に関する手順やルール、役割について、できるところから検討していただきたい。まずは、以下の項目の検討をお勧めする(表 6)。今回のようなケースに対する備えにすでに取り組んでいる日系企業においても、同様の対応が計画されている。

表 6 日系企業に求められる「緊急時対応」(一例)

対応フェーズ

内 容

フェーズⅠ

(休業・自宅待機)

代替オフィスや近隣ホテルを手配し、緊急連絡手段やルール、操業時間の変更、ローカルスタッフの安全確保策を取り決め、一時的な操業停止・自宅待機といった臨時措置をとる。

フェーズⅡ

(代替オフィス移行・社員や家族の安全確保)

現地の状況や外務省「海外安全ホームページ」などの情報を踏まえて駐在員の家族を帰国させる。また、代替オフィス(もしくは在宅勤務)にて各種事業活動を継続させる。

フェーズⅢ

(操業停止・駐在員の国外退避)

完全に現地での操業を停止し、駐在員の一時的な国外退避を開始する。店舗・オフィスや工場の操業停止と、国外でのオペレーション代替に移る。駐在員は空路または陸路(タイ→カンボジア・ラオス)での国外退避を開始する。

日本本社主導で海外リスクマネジメント活動へ本格的に取り組んでいる企業は、まだまだ少ないのが現状である。今回の「バンコク封鎖」を機に、本社のリスクマネジメント担当者が初めてタイ現地法人へ連絡を試みたというケースもいくつか耳にした。幸いにも、突発的な自然災害や一刻一秒を争うようなリスク事象とはやや異なっている。この限られた時間を有効に活用しつつ、リスクマネジメント担当者は、今回をひとつのエクササイズ・ケースとしながら、海外リスクマネジメントおよび海外危機管理の要諦をつかんでいただきたい。

※12 当社およびSompo Japan Nipponkoa Brokers (Thailand) Co.,Ltdのヒアリングに基づき作成。

 [2014年1月23日発行 ]

【執筆者】
原 敬徳
リスクコンサルティング事業本部 ERM部
上席コンサルタント
専門は全社的リスクマネジメント(ERM)、内部統制、事業継続(BCM、BCP)、海外リスクマネジメント

横山 歩
リスクコンサルティング事業本部 ERM部
主任コンサルタント
専門は全社的リスクマネジメント(ERM)、海外リスクマネジメント

【本レポートに関するお問合せ】
損保ジャパン日本興亜リスクマネジメント株式会社
リスクコンサルティング事業本部 ERM部
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転載元:損保ジャパン日本興亜リスクマネジメント株式会社 損保ジャパン日本興亜RMレポート106

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