2. リスクコントロール


日本で最も重要な作物であるコメを例に取ると、コメの収量減少を招く要因として、冷夏、猛暑、台風などの天候や、病害、虫害などがある。近年、気候の温暖化により、白未熟粒や胴割れ、カメムシ類の吸汁によって発生する斑点米などの問題が深刻化しており、こうした収量減少リスクに対処していくことが必要である。

玄米の全部又は一部が乳白化する白未熟粒の問題は、九州をはじめとする西日本地域を中心に悪化している。2003年-2007年の米の作況指数は、全国が約100であるのに対し、九州は78-95と低迷した。白未熟粒は、出穂・開花から収穫までの登熟期となる出穂後の約20日間における日平均気温が26℃-27℃を越えると発生する(※5)。九州では、近年、日平均気温が、白未熟粒が多発する26℃を上回っているうえ、日最低気温も20年前より約3℃上昇し、米の成長に悪影響が及んでいる(※6)。

また、温暖化に伴い、胴割れ米の問題が深刻化している。胴割れ米は、完熟した米粒内の急激な水分変化により、内部膨縮差が大きくなり、米粒に亀裂が生じる減少である。胴割れ米は、出穂後10日間の最高気温が32℃以上になると発生しやすい5。青森県津軽中央地域では、胴割米による品質低下が問題となっており、高温年であった2007年には、等級が下がる要因の8割を胴割れ米が占めた(※7)。胴割れ米が多い場合、等級検査で等級が落ちるうえ、砕米が多くなることで味が低下する場合がある。

他にも、カメムシ類の吸汁によって発生する斑点米の被害が増えているが、温暖化によるカメムシ類の分布域の拡大や増加が、その原因と言われている(※8)。山口県では、斑点米カメムシの主要な種類は大型のクモヘリカメムシ、ホソハリカメムシ及び小型のアカスジカスミカメであったが、近年の温暖化の影響で、九州や南四国地域に生息しているミナミアオカメムシが新たに発生している(※9)。

こうした収量減少リスクへのリスクコントロールとして、登熟期の高温を避けるため、栽培時期をずらす、穂が実るのが遅い晩成品種や穂が実るのが早い早生品種を導入する、などの手法が存在する。また、高温耐性を持つ品種の導入が、各都道府県で進められている。いち早く温暖化対応米の栽培を始めた長崎県では、独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構の九州沖縄農業研究センターが開発した「にこまる」という品種の作付けを2006年に開始し、作付面積を拡大している。長崎県壱岐市では、普通期の作付け品種として「ヒノヒカリ」から「にこまる」への転換を進めており、2012年産では、「にこまる」の作付けは500ha以上(壱岐市水稲作付面積の約4割) となっている(※10)。

カメムシ類の発生の対策には、水田周辺の雑草地の草刈や農薬散布がある。カメムシ類は、エノコログサやメヒシバなどのイネ科雑草の穂を餌にして増殖し、イネが出穂すると圃場に侵入・加害する。水稲の出穂前後の草刈りは水稲への斑点米カメムシ類の移動を助長するため、草刈は水稲の出穂2週間前までに実施し、その後は新たな穂が出ないように管理することが重要である9。

このように、収量減少リスクへのリスクコントロールの取り組みは多岐にわたるが、気象庁では、農業分野のリスクコントロールの取り組みを支援するために、農業・食品産業技術総合研究機構と共同で、東北地方のコメの低温障害・高温障害の被害軽減に活用することができる情報発信に取り組んでいる。東北地方は、夏はヤマセの影響などにより低温になる年がある一方、高温となる年も出始めており、コメの生産に影響が出ている。そのため、気象庁と農業・食品産業技術総合研究機構では、1週間~2週間先までの気温の予測などを用いた水稲栽培管理警戒情報を作成し、ウェブサイトを通じて利用者に提供している(※11)。生産の現場ではこのような情報をリスクコントロールに活用することが重要である。

ここまで収量減少リスクを中心に見てきたが、6次産業化により、農業から食品加工や流通販売へ多角化する農業者が増えているなか、食中毒や食品表示ミスなどの食品安全やコンプライアンスに関する新しいリスクに、農業者は直面しはじめている。2000年初頭の集団食中毒事件やBSE問題を契機に、「食の安全」に関する消費者の意識が高まったが、昨今の「産地偽装」、「賞味期限改ざん」、「期限切れ原材料の使用」、「農薬・異物などの混入」といった問題を受け、食品安全やコンプライアンスに対する社会的要請は、ますます高まっている。そのため、6次産業化に取り組む農業者は、食品安全マネジメントの構築やコンプライアンスへの取り組みなどをさらに進めていく必要がある。

食品安全マネジメントについては、ISO(国際標準化機構)が定める食品安全マネジメントシステムに関する国際規格であるISO 22000が、代表的な規格のひとつとして挙げられる。同規格は、生産から消費までの全工程(フードチェーン)で食の安全を守ることを目指しており、農業、漁業から、製造業、運送業、小売業など、フードチェーンに関わる全ての組織が認証の対象となっている。

ISO 22000の認証制度は2005年9月から本格的にスタートしているが、同規格の認証を取得するには、第3者による厳しい審査をパスする必要がある。そのため、認証を取得することは、食品安全に対する透明性や客観性を示すことになるため、消費者や取引先、投資家などのステークホルダーからの信頼向上に繋がるといえる。

※5 農林水産省.”高温適応技術レポート”,http://www.maff.go.jp/j/seisan/kankyo/ondanka/pdf/h22_tekiou_gijyutu_report.pdf, (アクセス日:2013-12-03)
※6 農林水産省.”温暖化に伴う最近の気象変化と米生産への影響”,http://www.maff.go.jp/j/study/suito_sakugara/01/pdf/ref_data.pdf, (アクセス日:2013-12-03)
※7 青森県産業技術センター農林総合研究所.“青森県における胴割米の発生要因とその軽減対策”,  https://www.ondanka-net.jp/index.php?category=measure&view=detail&article_id=638, (アクセス日:2013-12-03)
※8 農林水産省.”地球温暖化が農林水産業に与える影響と対策”,http://www.s.affrc.go.jp/docs/report/pdf/no23.pdf, (アクセス日:2013-12-03)
※9 JA全農やまぐち.”技術情報”, http://www.yc.zennoh.or.jp/rice/gijutsujoho/gijutsu/12_05.pdf, (アクセス日:2013-12-04)
※10 九州農政局.”九州食料・農業・農村情勢報告”http://www.maff.go.jp/kyusyu/kikaku/jyouseihoukoku/h24jyouseihoukoku.html, (アクセス日:2013-12-04)
※11 気象庁.”農業分野における気候リスクへの対応の実例”http://www.data.jma.go.jp/gmd/risk/taio_jiturei.html, (アクセス日:2013-12-05) 
東北農業研究センター・岩手県立大.“GoogleMapによる気象予測データを利用した農作物警戒情報”http://map2.wat.soft.iwate-pu.ac.jp/, (アクセス日:2013-12-05)