2.3.人的被害の差異の考察
ここでは、人的被害総数に差異が発生する原因(条件)について、人的被害の主因である「津波」に着目し、地方自治体の想定が国のものを上回る場合と下回る場合とで考察する。

(1)「津波」の人的被害において、地方自治体の想定が国の想定を上回る場合
①東京、静岡、大阪および広島の想定について
「前提条件」において、「津波断層モデル」は国と同一であるが、「堤防・水門」で沈下・解放などにより一定機能しないことが条件に加えられているため、津波による浸水が増加する条件となっている。このため、「津波」の人的被害が国よりも多くなっていると考えられる。
※ただし、都の人的被害が国を上回る点については、詳細なデータを用いたことが要因と考えられる。

②岡山、徳島および香川の想定について「前提条件」において、「津波断層モデル」が、複数断層の重ね合せや国の想定よりも多量の浸水となる断層となっている。また、「堤防・水門」で破壊・耐震性不足などにより一定機能しないことが条件に加えられているため、津波による浸水が増加する条件となっている。このため、「津波」の人的被害が国よりも多くなっていると考えられる。

(2)「津波」の人的被害において、地方自治体の想定が国の想定を下回る場合(高知、宮崎)


(1)②と同様の条件であるため、基本的には「津波」の人的被害が国よりも多くなるが、両県では津波避難ビルへの避難による減災効果を見積もっている。このため、「津波」の人的被害が国よりも少なくなっていると考えられる。


(1)、(2)から、地方自治体と国の被害想定の差異は、以下の原因で発生すると考えられる。
・地方自治体では、津波に関して国よりも過酷な条件(多量の浸水となるや堤防・水門の機能不全など)を採用し、津波の浸水域は国の想定よりも広域に及ぶことが多い。
・一部の県では、津波避難ビルへの避難を前提に人的被害を推計しており、津波避難ビルへの避難について高い人的被害減災効果を見積もっている。

3.企業における地震・津波対策について
各都府県の結果は、国よりも広い範囲にわたって津波の浸水が想定されていることが多く、これを受けての企業の地震・津波対策の考え方を以下に示す。

(1)建物・設備の津波対策について
津波の想定浸水域に自社拠点が含まれ、建物・設備の津波対策の検討に直面している企業も多数あるだろう。一般的に、建物・設備の津波対策は、拠点の移転、代替拠点の設置、設備の移転・位置の嵩上げなど、多額の費用を必要とする。このため、拠点が浸水域に含まれている企業では、対策の検討を早い段階であきらめてしまうことがあるかもしれない。ただし、ここで注意したい点は、仮に南海トラフ地震が発生したとしても、公表された想定の浸水域は必ずしも再現されるわけではないということである。想定の浸水域は、様々な条件が組合せられた結果であり、地域によっては浸水を免れるかもしれない。従って、都府県の想定(※2)による浸水域に拠点がある場合は、浸水の可能性があることは念頭におきつつ、その時点で実施可能な対策や将来的に実施すべき対策(拠点の移転、代替拠点の設置、設備の移転・位置の嵩上げなど)を整理して、長期的な計画を立案することが望ましいと考える。

(2)従業員の避難について
①避難場所について
津波の想定浸水域を参考に、浸水域外を従業員の避難場所とする企業が多いと考えられるが、浸水域の境界近く(かつ、浸水域の境界からの標高差が小さい)を避難場所としている場合は再検討が必要である。想定浸水域は、想定以上の津波浸水の発生を否定するものではない。また、津波の第一波よりも第二波の方が広域にわたる浸水となる可能性がある。このため、人命第一の観点から、さらに避難場所を複数個所検討することや標高が高くて浸水がしにくい地域はどこであるのかを従業員に教育することが望ましい。一方、津波避難ビルを避難場所とする場合は、複数個所を避難場所とすることや夜間の入館方法を確認しておくことが必要となる。

②被害想定における定性的な情報の活用
被害想定は、人的被害総数や建物倒壊総数などの定量的な情報やどの地域が浸水域となるのか等、把握しやすい情報に目が行きがちであるが、被害想定の根拠となる定性的な情報も地震・津波対策における従業員への教育に活用することが望ましい。たとえば、都府県と国の人的被害総数が異なる要因として、堤防の沈下や損壊等がある。仮に津波が来襲しなかったとしても、堤防近くの地域では、堤防の沈下・損壊によって浸水することによって避難が必要となる可能性がある。このような情報を事前に十分従業員へ知らしめておくことがいざという際の臨機応変な行動につながる。

※2 拠点が所在する市町村から被害想定が公表されているのであれば、併せて参考にすることをお勧めする。

4.おわりに
本稿では、地方自治体と国とで想定している南海トラフ巨大地震の被害の差異について述べた。地方自治体では、津波の浸水域を広く想定していることが多く、企業においては、これらを参考にして地震・津波対策を検討するのが望ましい。

BCP(事業継続計画)を策定している企業の中には、地方自治体による被害想定によって自社拠点が津波の浸水域に含まれる可能性が示された企業もあるだろう。建物・設備の対策や避難計画など、BCM(事業継続マネジメント)としての運用の中でブラッシュアップを図っていくことが望まれる。

【参考文献/URL】
(1)日本経済新聞,2013年12月30日朝刊,南海トラフ被害想定の死者数10都府県、国より多く厳しく設定.
(2)内閣府防災情報のページ,http://www.bousai.go.jp
(3)東京都公式ホームページ,http://www.metro.tokyo.jp
(4)岐阜県庁ホームページ,http://www.pref.gifu.lg.jp
(5)静岡県公式ホームページ,http://www.pref.shizuoka.jp
(6)大阪府ホームページ,http://www.pref.osaka.lg.jp
(7)岡山県ホームページ,http://www.pref.okayama.jp
(8)広島県ホームページ,http://www.pref.hiroshima.lg.jp
(9)徳島県ホームページ,http://www.pref.tokushima.jp.
(10)香川県,http://www.pref.kagawa.jp
(11)愛媛県,http://www.pref.ehime.jp.
(12)高知県庁ホームページ,https://www.pref.kochi.lg.jp.
(13)熊本県,http://www.pref.kumamoto.jp.
(14)大分県ホームページ,http://www.pref.oita.jp.
(15)宮崎県,http://www.pref.miyazaki.lg.jp.

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転載元:株式会社インターリスク総研 InterRisk Report No.13-075

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