事件後の京王線国領駅での様子(写真アフロ)

こんにちは。元警視庁刑事の榎本澄雄です。

2021年10月31日、日曜の午後8時ごろ、東京都調布市を走行中の京王線車内で、刃物による無差別刺傷・放火事件が起きました。報道によると17人が受傷し、72歳の男性が意識不明の重体。警視庁は現場にいた24歳の男性を殺人未遂で逮捕しました。犯人は取調べに対し「人を殺して死刑になりたかった。2人以上殺せば死刑になると思った。8月に起きた小田急線での事件を参考にした」などと供述しているそうです。

2021年10月15日にはペティナイフによるJR上野駅通り魔事件、2021年8月6日には牛刀による小田急線刺傷事件が発生しています。2018年6月9日には鉈による東海道新幹線車内殺傷事件が起こっています。

今回は鉄道会社としての危機管理、市民としてあるいは企業として従業員を守るためにどのような取り組みが必要か、以下のとおり「凶悪犯人から鉄道乗客の救出確率を上げる5つの提言」をいたします。

提言1 凶悪犯人のメタバース思考を垣間見る
提言2 鉄道無差別刺傷事件に注意すべき時期を予測する
提言3 鉄道・行政が警告を発すべきアナウンス
提言4 鉄道車内を観察して救出確率を上げる
提言5 メタバース思考から有事即応の身体性を取り戻す

提言1 凶悪犯人のメタバース思考を垣間見る

メタバースとは、インターネット上の仮想空間のことです。犯罪者、凶悪犯人にはさまざまなタイプがいます。京王線の事件、小田急線の事件、東海道新幹線の事件を見ると、犯人は現実世界に適応できず、仮想世界を夢見ているように見受けられます。彼らは社会で生きづらさを抱え、通常人には理解不能な独特のサイコ・ロジック(複雑な思考パターン)で意思決定しています。

現実世界で「何も成し遂げられなかった」(少なくとも、本人はそう思っている)人物が、「何事かを成し遂げよう」とした時に、「負け組が一瞬で(一瞬だけ)勝ち組になる方法」を考えた。「ゲームのように自分が圧倒的に勝利できる」メタバース(仮想空間)を環境設定したのが、一連の鉄道車内無差別刺傷事件の特徴だと私は思います。

進行する鉄道車内という密室の中で、男性の犯人は刃物を所持し、犯人が攻撃する被害者には何も武器を持っていない「無力な女性」や「高齢の男性」を選択しています。犯人が刺傷した被害者は、「社会の恨み辛みを投影した対象」であって、その人自身に面識があったり、怨恨の感情を抱いている訳ではありませんでした。

犯人が警棒やけん銃を所持する警察官と格闘して受傷したという報道は聞いていません。「社会的弱者の犯人」が、「物理的・身体的弱者の被害者」だけを選び、決して犯人が怪我をするような環境を選んでいないのです。このことからわかるのは、「犯行の容易さ」という一択です。

『犯罪者はどこに目をつけているか』清永賢二+清永奈穂=著(新潮社)では「狙われやすい六つのタイプ」が挙げられています。

1 襲うだけの価値がある者
2 無防備である者
3 体力がない者
4 心理的強度が弱い者
5 孤立している者
6 襲いやすい環境下にいる者

一般の犯罪者は「犯行の容易さ」以外に必ず「逃げやすさ」も考慮します。警察に捕まりたくない、刑務所に入りたくないからです。ところが、一連の鉄道車内無差別刺傷事件では「逃げやすさ」を考慮していないような言動があり、以下の3つの特徴があります。

1 無抵抗の弱者を傷つけたい
2 自分は肉体的な痛みを味わいたくない
3 現実社会で生きていけないから、警察に捕まることで間接的に自滅を望んでいる

京王線車内の無差別刺傷・放火事件では、犯人がハロウィーンに乗じて2019年公開の米国映画「ジョーカー」の主人公に扮装していたと報道されています。ジョーカーは、トランプで「最後の切り札」であり、道化師、トリックスターの象徴です。犯人のメタバース思考を垣間見ると、ノアール小説の主人公のように既存の秩序を撹乱するアンチヒーローになりたかったのでしょう。

京王線事件の犯人は、警察に捕まることを恐れていないため、電車内に防犯カメラがあっても犯行自体の抑止力にはならない可能性が考えられます。むしろ自分の映像を世間に見せつけるために犯行に及んだかのようです。人の「注目を集める」こと、自分が「映画の主人公になる」ことを考えて、「都心方面へ向かう新宿行きの上りの特急電車」を選んだのかもしれません。

提言2 鉄道無差別刺傷事件に注意すべき時期を予測する

2021年12月から2022年12月までの約1年間は「特に注意が必要な時期」だと私は予測しています。一般に年末は事件が起こりやすく、ここ数年間で同種事件が連続発生しているからです。鉄道殺傷事件がまた起こる可能性はあります。

私の経験上、対人関係のトラブルを起こしやすい人は、「季節の変わり目」「気候や気圧の変動」の影響を受けやすく、体調不良になってパニックやフラッシュバック、自傷・他害を起こしやすい傾向があります。また、彼らは年末年始や月末月初を含めた世の中的な「行事」「節目」にも影響を受けるので、このような時期には事件が起こりやすいと考えています。彼らにとって自傷・他害・パニックとは、自身の恨み辛みを解消するための自己治療なのです。

2021年10月31日、日曜の午後8時ごろに発生した京王線車内無差別刺傷・放火事件は、衆議院議員総選挙の投票日(投票時間が午後8時まで)で、ハロウィーンの夜に起きました。2021年8月6日、金曜の午後8時30分ごろに発生した小田急線刺傷事件は、東京オリンピックが8月8日に終わりを迎えようとする終盤の日に起きました。世間の注目を集める行事、イベントが東京都内で起こっており、警察の警戒警備もそのイベントがある地域や繁華街に集中しているので、そのイベント以外には人々の注意が向きにくい時期でした。

人の注目がイベントに集まる時期に、犯人が無差別刺傷を起こすことで、より一層自分自身に世間の注目を集めることが可能です。ですから今年(2021年)は、特にクリスマスと年末が要注意です。小田急線、京王線以外の都内鉄道各社は、より一層警戒警備に注力すべき時期と考えられます。

遠くない時期に、また事件が発生すると思った方が良いでしょう。重要なことは、私の予測が「当たる」「当たらない」ではなく、注意すべき時期を予測することで皆さん自身の行動変化を促すことです。

提言3 鉄道・行政が警告を発すべきアナウンス

本日(2021年11月1日)、所用があって私は都内の私鉄(京王線ではありません)に乗りました。前日(10月31日)に京王線車内無差別刺傷・放火事件が起こったばかりでしたが、駅も改札もホームも車内もいつもと変わらない日常でした。

変わっていたことは車内の乗客が読む新聞1面に京王線車内無差別刺傷・放火事件の見出しが載っていたことだけでした。特別な構内アナウンスもなく、車内アナウンスもありませんでした。駅やホームで特別の警戒警備をしている様子もありませんでした。

私は危機感を覚えました。前日に刺傷事件が起こったばかりで、鉄道各社も対応が間に合っていないのだとは思ったのですが、本当にそれで良いのでしょうか。少なくとも乗客が安心できるように、また犯罪者に警戒心を抱かせるように、特別な構内アナウンスや車内アナウンスをしていただきたかったと私は思いました。

数年前、私が中国上海へ渡航した際、地下鉄の駅入り口におそらく警察官の権限を持つであろう制服姿の職員がいて、簡単に乗客の手荷物検査をしていました。日本もかつては国鉄に鉄道公安職員がいましたが、国鉄が民営化される際にその役割は各都道府県警の鉄道警察隊に組み込まれました。

現在、鉄道警察隊は鉄道各所の警戒警備、警乗、職務質問や所持品検査に充分な人員を割り当てられていないと思います。鉄道会社が金属探知機で刃物を探したり、所持品検査を実施することも、乗客の人数と鉄道職員の人数を考えると、現実的には難しいでしょう。もちろん鉄道職員には警察官のような権限はありません。

ですから、各警察署の制服警察官には、駅構内や改札、ホーム、場合によっては車内において、形式的な職務質問ではなく、実質的な所持品検査を積極的にしていただきたいと願います。警察官の行動が犯行を「下見」する人物に発する警告となります。