防災専門図書館・企画展「福井地震から70年」、同館提供

<企画展福井地震>防災専門図書館

東京都千代田区平河町という都心にすっくと立つ日本都市センター会館。その8階に防災専門図書館がある。「防災・災害に関する唯一の専門図書館」をかかげる同図書館は、1956年に開設、蔵書約16万冊を誇る。災害関連の貴重な古文書も少なくない。(公社)全国市有物件災害共済会が運営し、年間約1700人の来館がある。

■防災専門図書館のURL
https://www.city-net.or.jp/library/

目下、企画展「震度7の連鎖:首都直下地震を考える ~福井地震から70年~」が開催中と聞き出向いてみた。

■震度7の連鎖:首都直下地震を考える ~福井地震から70年~
https://www.city-net.or.jp/library/archives/3265

企画展は、単なる蔵書・資料紹介に留まらず、都道府県別の地震頻度を図化したり、感震ブレーカーのデモ機実演など、災害を身近に感じさせようとする工夫が随所にある。地震の被害や防災対策を分かりやすく工夫して見せている。
参考までに企画展の<プレスリリース>を紹介する。

震度7の連鎖:首都直下地震を考える
~福井地震から70年~
震度7の始まりを知り、これまでの震度7を知る。そして…
防災・災害資料を専門に扱う「防災専門図書館」(東京都千代田区)では、
企画展「震度7の連鎖:首都直下地震を考える~福井地震から70年~」を、
2018年6月20日(水)~12月28日(金)まで開催しています。
▼図書館HP https://www.city-net.or.jp/library/archives/3265
■主旨
70年前の6月28日、福井平野でM7.1の大地震が発生した。この直下型地震によって家屋の倒壊率が90%を超えるなど、あまりの被害の大きさから「震度7」が創設された。
「震度7」はその後、阪神・淡路大震災で初めて適用され、以後、新潟県中越地震、東日本大震災、熊本地震で観測された。本企画展では、各地震の地域特性と被害状況(火災・土砂災害等)との関係を中心に展示し、都市型災害となる首都直下地震への備えを考える契機とする。
■福井地震[M7.1]:1948年6月28日17:13(当時は夏時間のため16:13)発生。
明瞭な断層は地表には現れなかったが、福井平野東縁断層帯西部が活動したとみられている。死者3,769人、家屋の全壊34,000棟。都市部では火災により4,100棟以上が焼失し、地震のわずか3年前の福井空襲と同じような焼け野原が広がった。
■イベントの見所
各地で発生している「震度7」の地震。それぞれの被害が分かる資料を、一堂に会して展示できるのは当館の蔵書ならでは。それ以外にも震度計測や耐震対策などをテーマに、首都直下地震の対応を考えるための資料も展示する。大阪府北部の地震も反映している。
≪見所一例≫・パネル:「震度5以上は何回?都道府県別地震頻度」
・写真:福井地震(GHQ撮影写真)、新潟県中越地震、熊本地震
・映像:福井地震(GHQ撮影)、東日本大震災、熊本地震ほか
・資料:各地震関連資料、首都直下地震関連資料
・感震ブレーカーのデモ体験、家具固定器具などの展示
■開催概要
主催:防災専門図書館
日時:2018年6月20日(水)~12月28日(金)
会場:東京都千代田区平河町2-4-1日本都市センター会館8階入館料:無料

期間中出向いてはいかがだろうか。

福井地震に対する内閣府の分析

福井地震をあらためて考えてみる。
「災害教訓の継承に関する専門調査会報告書、1948 福井地震 」(内閣府)は同地震を詳細に分析した優れたレポートであり、一部を引用する。

<福井地震災害の概要、複合災害>
この地震で、気象庁は震度7(激震、家屋の倒壊率30%以上、400ガル以上)を加えた。

昭和23年(1948)6月28日午後4時13分(当時サマータイムで午後5時13分)、福井平野を震源とするマグニチュード7.1の地震が発生した。地震動は強烈で、震源近傍では住家の全壊率100%の集落が多数出現し、3年前の福井空襲から復興途上にあった福井市でも全壊率は80%を超えるほどで、内陸で発生し都市を直撃した強い活断層地震である。内陸の地震は多いが、福井地震は被害が集中的に発生する都市直下型地震で、住家の全壊34,000棟を超えた。地震の直後から火災が多発し、福井市での2,407棟を含む4,100棟以上が焼失し、被害を拡大させた。人的被害では死者3,769人に及び、震度7(激震)を創設するきっかけとなった強い地震動は、鉄道、道路、河川堤防、橋梁、水道等の土木施設にも多大な被害が発生し、被災地の中央を東西に流下する九頭竜川では全ての橋梁が被災し、被災地への支援は北部を石川県側から、福井市を含む南部を県中南部と滋賀県側から救援する事態であった。さらに、災害としては、戦時下及びGHQ軍政下という社会状況で、昭和20年(1945)の福井空襲、昭和23年6月の福井地震、同7月の豪雨水害と、復興途上や被災直後に災害が引き続き発生し被害を拡大させるという複合災害の様相を呈した。

<福井地震の特徴>
福井地震は、陸域の浅い活断層地震の典型である。断層は左横ずれ断層と想定されているが、地表に断層を特定できず、震源過程の議論も未だ残っている。しかし、この地震をきっかけに、気象庁は震度7(激震、家屋の倒壊率30%以上、400ガル以上)を加えた。福井地震には前震と思われる記録が残されているが定かでは無い。本震後の余震は多く、1年間に983個観測され、日本で初めて地震計による余震観測が組織的に行われた。福井地震の断層パラメーターと震源過程についての4研究では、走向N10°〜20°Wの左横ずれが卓越した断層として、概ね一致した見解となっている。さらに、近年の微小地震観測データと活断層の分布からの解析では、福井平野周辺では東南東−西北西に圧縮軸をもつ横ずれ断層が卓越していること、したがって南北走向の断層面では、左横ずれ型でやや逆断層成分をもつ断層となると考えられることがわかってきた。

<福井地震の被害の特徴>
福井地震で家屋倒壊率が高く火災の影響も大きかったのは、昭和20年7月19日の空襲による被災後の簡素な建物が多数存在したからである、との解釈がある。しかし全壊率100%の農村集落等は空襲を免れていたし、当時の市街地写真やGHQの被災直後の建物調査から、福井地震当時の福井市では一部に仮設的住宅も存在していたが、多くは瓦屋根の恒久住宅に復興していたことは明らかである。その上、強い地震動で壊滅的に倒壊した木造家屋が街路を塞いで消防活動を阻害し、当時の低い消防力と断水による消火用水の不足とも相俟って、県下で4,400棟を超える地震火災となった。

戦後GHQの軍政下での地震で、災害救助法が初めて適用された大災害であったが、軍政部への月例報告として災害の総合報告がなされ、被災自治体の対応の遅れも軍政部主導の救援活動で補われた。しかし、治安維持のために全国初の公安条例を制定するなど戦後期の社会情勢を反映した特徴的な取り組みもあった。災害救助法の支援は衣料品・日用品の給付や医療で4分の3の予算が費やされたが、長期化する災害の影響(とくに被災者や被災企業の復旧復興への支援)に対して災害救助法では対応できないという問題点は、軍政部からも指摘されていたし、新聞でも主張されていた。

被災地の医療施設は壊滅的な状況となり、九頭竜川の北部と南部でそれぞれ緊急医療活動が展開された。緊急医療班が派遣され、重傷者は被災地以外に広域搬送がなされたが、戦時下で整えられていた緊急医療体制の取り組みや市民らの空襲時の緊急医療経験などが、医療者・市民・行政ともに、物資不足の中での医療活動を支えた。耐震規定の大きな改定は、十勝沖地震(1968)、宮城県沖地震(1978)の教訓で1981年の新耐震基準まで待たねばならなかった。

<福井地震からの都市復興の特徴>
市街地火災による被害を受けた6市町(福井市、森田・松岡・丸岡・春江・金津町)では、街路整備と土地区画整理事業による都市復興を行うこととなった。温泉観光都市の芦原町は火災で被災しなかったが街路整備のみの都市復興を実施した。福井市は1945年7月の空襲で市街地全域を焼失し、戦災復興都市計画を事業実施中に震災を被ったため、街路計画等の一部を変更したものの戦災復興都市計画をそのまま震災復興都市計画として、継続委的に事業遂行した「事前復興」の取り組みで、それが「奇跡的」と評される福井市の震災復興である。街路計画・土地区画整理事業に加え、下水道整備計画、公園・緑地計画、墓園計画などで、空襲と震災を被った福井市の市街地は一新された。

建物再建にあたっては、仮住まいの確保に釘・材木の提供やがれき整理への奨励金等の自力復興を誘導した。また、耐震防火建築技術講習会の開催にもかかわらず、被災住宅の再建では原則許可不要の取扱や簡単な届け出など、再建手続きの簡素化は迅速な恒久住宅再建をもたらしたが、一方では耐震性に乏しい旧態依然の建物再建となった。

福井市の復興過程について行政担当者の回想から、GHQの進駐に際し戦前の都市計画資料を処分した中で、密かに個人が保管した資料が戦災復興計画の立案を迅速にし、戦災復興の土地区画整理の仮換地指定が震災の2日前に完了したなど、復興の事前準備の必要性と、熊谷市長の強いリーダーシップの重要性が指摘された。

<福井地震と豪雨災害>
堤防沈下という福井地震の河川被害は、震災1カ月後の九頭竜川豪雨水害と、56年後の2004年足羽川豪雨災害を引き起こす原因の一つである。前者は、福井地震からの道路・橋梁の復旧を遅らせ、農村・農業に大きな被害をもたらし、地震と水害の複合災害となった。さらに山間地での地震動が斜面崩壊等の被害を拡大した可能性もある。後者は、沈下堤防の盛土による修復部分が削り取られ、そこから大規模破堤となった水害であった。前者の浸水地域は、現在は全域的に市街化し、再度同じ状況を来すと飛躍的な大被害となろう。複合災害への備えの重要性をつたえている。

<福井地震から学ぶ教訓>
 福井地震から学ぶ今日への災害教訓として、以下の10点をあげている。
(1)地震はどこにでも発生する、と考えなければならない。
(2)地震の予知はまだ出来ず、地震は不意打ちに発生するが、過去の地震災害に学び、その教訓を国民が共有しておくことが重要である。
(3)地震探査や微地形などを通して、地域や自分の“災害環境”を知ることが、防災対策の実践を促す。
(4)建造物の耐震改修の推進は、地震防災の基本である。
(5)木造密集市街地が存在する日本の都市では、地震火災の防御は重要な課題である。
(6)復興対策も事前に準備しておく「事前復興」の取り組みが重要である。
(7)「自助復興」への支援対策が、被災者の復興モチベーションを作り出す。
(8)復興にあたっては強いリーダーシップが重要である。
(9)地震と台風などの複合災害に対する取り組みとして、「対策の一体化」が必要である。
(10)断層の存在や地形・地盤など、地域の潜在的脆弱性(ハザード)に配慮した都市整備が、災害に強い都市づくりには不可欠である。
今日にも訴ええる重要な教訓である。

以下に、防災専門図書館に企画展の展示資料を紹介する。

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謝辞:防災専門図書館の皆様のご協力に心から感謝します。

参考文献:「報告書」(内閣府、1948 福井地震)、防災専門図書館文献、筑波大学附属図書館文献。

(つづく)