共通目標に向かって共通言語で動ける体制

世界を震撼させた9.11 同時多発テロは、高度化した近代社会において、災害が自然によってのみ引き起こされるものではないことを世に知らしめた。この事件を機に米国の危機管理は大きな発展を遂げた。想定外への対処、異なる組織間の連携、そして、成熟社会における復興のあり方…。京都大学防災研究所の林春男教授に日本が教訓とすべきことを聞いた。

ハリケーンや地震災害など自然災害も多い米国で、9.11 同時多発テロが危機管理体制を根底から見直す引き金となったのはなぜだろうか。

林教授は、日本で使われている「防災」という言葉の意味の変化に、その答えがあると考えている。

「防災は、かつては消防と同じ言葉のように使われていた。災害が起きるかどうかは神のみぞ知ることで、起きたらその時対処するしかないという考え方だった。ところが1970 年以降は、被害を抑止する(Mitigation)、軽減する(Preparedness)という概念が加わり、災害時の脆弱性(Vulnerability)を取り除いていくという考え方に変わった。そして9.11 は、地震など特定の災害だけではなく、様々な脅威に対しても備えていかなくてはいけないことを世界に知らしめた。この頃をきっかけに、防災は、災害の種類に関わらず、それに負けないという概念に変化を遂げようとしている」(林教授)。

様々な脅威に負けないとは、どのような体制を意味するのか。林教授は、そのキーワードにレジリエンス(Resilience)という言葉を挙げる。

レジリエンスとは、「弾性」「回復力」という意味で使われることが多い。災害時におけるレジリエンスは、形状記憶合金のように、何らかの外圧によって形が変化しても、元に戻ろうとするイメージに近いという。つまり、被災しても被災前の状態に戻っていく力だ。

では、地域や組織のレジリエンスを高めるのに必要なことは何か。林教授は、リスク評価と被害の予防、被害を受けた時の対応の3つをポイントとして提示する。

リスクの評価とは、地震や津波、洪水、火災、交通安全、新型インフルエンザ、あるいはテロなど、さまざまな脅威(ハザード)に対して、今、何が自分にとって最も備えなくてはならないリスクなのかを分析する作業。歴史や地形、科学的知識、現状の社会環境などからその順位を求める。

次に、想定した脅威による被害を予防するための対策を講じる。地震に対する建物の耐震化や津波対策はこれに含まれる。

そして最も重要になるのが、予想したもの以外の脅威が顕在化した時の対応、あるいは予想した脅威が想定した以上の被害をもたらした際の対応となる。その際、必要になるのが事業継続計画(BCP)だ。不測の脅威に遭遇しながらも、組織や社会が存続していていくためには、その組織、社会にとって最も重要な業務を日常的に洗い出し、そこだけは被災しないような対策を講じておくことが求められる。それ以外の業務については、具体的な復旧目標を定めて、それを達成するための施策・対策を立て活動を行う。そのためには、異なる部門や、異なる関係機関が共通の指揮命令に従い、共通の言語で共通認識を持ち、対応にあたれる全体の枠組みが必要になると林教授は説明する。

そんな新たな「参画型戦略計画」に基づく防災へのシフトが米国では9.11 をきっかけに始まったとする。

 

■米国の危機管理体制の変化
「建国以来、一度も外国の敵対勢力から致命的な攻撃を受けたことがないアメリカが、ニューヨークの真ん中であれだけ露骨にやられたことは、自然災害とはまったく違う深いインパクトを与えたのでしょう」林教授は、米国が従来の防災意識を変えた理由をこう推測する。

米議会は、多くの事前情報を得ながらも、テロを防げなかったことについて、国内の安全情報を扱う組織がバラバラに機能していたことを問題視し、これらの情報機関を統合して総勢20 万人以上にのぼる巨大組織「国土安全保障省(DHS)」を設立した。

図1は、林教授がまとめたDHS の概念図だ。入国管理を行う移民局(CIS)、港の警備にあたる国境・運輸保安局(BTS)、要人の警備(USSS)、沿岸警備(USCG)など、海外からの敵を守るため何重にも警戒態勢を固め、それでも最後に被害が出た時には、資金面も含めた対応を連邦緊急事態管理庁(FEMA)が行うことになっている。

ちなみに、FEMA は、1979 年に当時のジミー・カーター大統領が設立した組織。ちょうど1960 年代から1970 年代にハリケーンや地震災害が相次いだことから、それまで縦割りで分散していた連邦政府の部局を統一することで連邦政府の災害対応力を高めた。

■複数機関の連携
ただし、米国の9.11 に対する総合的な評価は、あれほどの想定外の事態に対して、結果的には、連邦政府、州政府、さらにはニューヨーク市が連携して対応できたという前向きなとらえ方をしていると林教授は考えている。その連携を支えたのが、ICS(Incident Command System)と呼ばれる危機管理システムだ。

ICS は、複数組織間の調整を目的に1970 年代にカリフォルニアの森林火災に対する消防組織が開発したもの。あらゆる緊急事案について共通に必要となる機能として、指揮調整(Command)、事案処理(Operation)、情報作戦(Planing)、資源管理(Logistics)、庶務財務(Finance/Admin)の5機能を定め、それぞれにどのような役職を置くか、その担当者が具体的にどのような行動をするのか、責任と権限、指揮命令系統などが、すべて統一された言葉や様式で決められている。いわば、危機対応に関する標準的な組織運営体制を定めた規格である。

ICS のもう1つの特徴が、災害対応活動を「目標による管理」という視点から評価・分析することを目的にしている点だ。対策本部の運営やマネジメントを分析することは、災害対応全体を管理して、かつ 不 十 分 な 点 を 明 ら か に す る こ と に つながる。そして、各人が業務を行う際も、目標を自ら設定し、自己統制のもとで仕事を管理する。組織経営のマネジメント論を災害対応に当てはめたものと言っていいのかもしれない。

林教授は、「ニューヨーク市でいえば、警察と消防で使われている無線システムが違うため、警察職員は早く避難することができて、消防隊員は逃げ遅れたなどの問題はあったが、概ねすべての組織がISC に基づいて行動をしており、その結果、9.11 でも異なる組織が迅速に連携を取りながら対応にあたれた」とする。

つまり、米国では、想定外の脅威に対しても、共通目標に向かって、共通言語に従い動ける体制が既に当時から構築されていたことになる。

こうした評価から米国では、2004 年にICS を根幹とした一元的な危機管理システムであるNIMS(National Incident Management System )を確立し、すべての連邦機関、州政府、地方政府、さらには民間企業に至るまでその導入を義務付けた。

ICS やNIMS は、日本の災害対策基本法や災害救助法のような概念を示したものとは違い、より細かな役割まで規格として示している。林教授は、「東日本大震災で活躍した自衛隊、海上保安庁、警察、消防はいずれも独自のコマンドシステムを持っている組織で、日本政府、自治体もICS のような標準化された規格を早期に導入すべき」と強調する。

 

■人材の重要性
9.11 以降、危機管理体制を見直してきた米国だが、2005 年にはハリケーンカトリーナが南東部を襲い、ルイジアナ州ニューオリンズなどを中心に約2500人の死者・行方不明者を出すという甚大な被害をもたらした。大統領の判断の遅れやFEMA の初動対応の遅れが問題視され、9.11 以降つくり上げてきた米国の危機管理体制は、またも大きな課題に直面することになった。

林教授によれば、DHS には軍事関係者が多く、もともと自然災害のプロフェッショナルを多く有していたFEMA は、DHS の誕生により、その組織下に吸収され、権限を大幅に縮小され、優秀な人材も少なくなっていた。林教授は「システム的な欠陥というよりは人材の重要さを示した教訓」と指摘する。

危機管理を支えるのは人材で、その人材を育成していくことが現場力を高めることにつながる。林教授は、まずは、学び(理解する)、習う(体験する)、そして試す(実践する)繰り返しが必要と説く。そのことにより、何をしていいのか分からなかった状態が、言えば分かるようになり、分かっていてもできなかった状態が、やればできるようになる。最後には日常化していない状態が、普段からできるようになるというわけだ。

ハリケーンカトリーナは、大きな課題と危機管理の難しさを浮き彫りにしたが、一方でニュ ー オリ ン ズ 市 の 災 害 対 策 本 部( EOC:Emergency Operation Center)では、災害対応に従事する機関が共通した情報を適時に共有し、統一された災害の状況認識を 持つ た め に 定 期 的 に 状 況 認 識 の統一 図(COP:Common Operational Picture)を作成し対応にあたるなど、ICS は更なる発展を遂げた。

林教授は、複数の異なる機関が連携する中で適切な意思決定ができるようにするには、判断材料となる被害情報や避難者情報などの災害情報を集約して、それを災害対応に従事する主体すべてが共有できる仕組みが必要とする。米国の危機管理は9.11、そしてハリケーンカトリーナ以降、状況認識の統一をいかに達成させるかということを磨き上げているとする。

■成熟社会の復興
9.11 から、もう1つ学ぶべきメッセージが成熟社会における復興のあり方だ。9.11 は人為的な災害であり、都市のCBD(Central Business District )が徹底的に壊滅を受けたという点では、東日本大震災と比較することはできない。しかし、災害復興が単に災害発生前の状態に戻すことを目指すのではなく、より快適で経済価値の高い街に再生していくことについては災害の種類にかかわらず共通していると言える。

林教授は、「物理的に見れば、ワールドトレードセンターの跡地は、9.11 記念博物館が完成するくらいで、この10 年間大きく建設が進んだとは言えない。しかし、復興していないのかと言えば、そうではなく、ローワーマンハッタンという地域をいかに再生するのかということについて、行政だけでなく、ニューヨークの旦那衆とも言える各参加主体が使命感を持っていろいろな積年の問題まで含めて解決しようとしているのが重要なメッセージ」と語る。

議論の中には、同じオフィス街にするのか、人が住みつける住宅開発も併せて行うのか、公共空間として保存するのかなど、各主体によりさまざまな意見があるが、地域の価値を高め、どれだけ投資対効果を得られるのかという共通認識のもと、スローではあるが着実にプロジェクトが進められているとする。
「復興という言葉は、何か物理的な再建をイメージさせるが、それがメインではないことを教えてくれたのが9.11。最終的にサスティナビリティ(持続可能性)の高い社会を実現させるのが、復興あるいは再生の本当に目指すべきところ」(林教授)。

■首都直下のビジョン
林教授は「日本が首都直下地震への対策を進める中で、9.11 は他人事ではない。終戦以来、大きな災害を経験していない首都東京はオフィススペースからいけば世界一で、これだけの地域の経済活動を支えていくには、単に個別企業が事業継続計画(BCP)を進めるのではなく、地域全体としての事業継続、いわばROCP(Regional Continuity of Operation)のようなものを併せて考えながら進めていく必要がある」と説く。それこそが新たな防災の概念であるレジリエンスの目指す姿だ。